◆第31話 害悪の除去(2)
鎖は単体で見ても綺麗で、それだけを見たならとても禁術に使われていたものだとは見えないだろう。
「この鎖は魔石を設置した台座に利用されていたものです。台座には陣が彫られ、魔術の搾取を促進していたようです。鎖は、台座から魔石が動かないようにしていたのでしょう」
「その鎖が特定への手掛かりになったのだな?」
「はい。この鎖と台座は同じ金属から作られています。そして、いくら魔石が魔力を吸っても台座や鎖が腐らないよう、これらは魔力を含まない無魔金属を材料としています。私よりマチルダ様のほうがお詳しいかと思いますが」
そして話をふられたマチルダ様は目を吊り上げた。
「確かに私の故郷では無魔金属を特産品としております。けれど、まさかローレンス殿下はそれだけで私が犯人だと仰るの?」
「そのようなことは申し上げておりません。私は純粋に無魔金属にお詳しいのではないかと思ったまでです。そもそも、無魔金属は一カ所でしかとれないものではないことは私も存じ上げておりますから」
もちろんローレンス殿下の本心がその言葉通りだとは限らない。
むしろ、確実に『少し様子を見てみたかった』という考えがあったのではないかと思う。
しかしどのような思いで尋ねたかは関係なく、マチルダ様の反応はあまりよいものではなかったと思う。『犯人』という言葉は少し突飛だ。
「それはこの場ですべきことではなく、事前に確認なさるべき事柄でしょう。今は陛下の御前です。そのような無駄な時間を奪うべきではありません」
鎖に対しては肯定も否定もせず、マチルダ様はローレンス殿下に言った。
その様子に私はイラっとしたけれど、ローレンス殿下は違った。
「いいえ。私もある程度の確信をもったからこそ、ここで発言しております。お尋ねしたのも念のため程度です」
そう仰ったローレンス殿下は陛下に一礼された。
それを受けて陛下から発せられた言葉は短い。
「続きを」
それでローレンス殿下にとっては十分だ。
しかし、その言葉にマチルダ様は納得されない。
「お言葉ですが陛下。これはローレンス殿下が仕組んだ茶番では?」
「茶番?」
「はい。封印の魔術を使えることは事実だと認識しました。ですが、なぜこのような場で? 本来であれば然るべき者に調べさせることが正しいのでは? それにもかかわらず、この場で自らが調べたことを公表しようとするなど――」
「その程度で茶番などと判断したのか? 一体、ローレンスに何の得がある」
「ローレンス殿下が封印の魔術行使なさるのは理解しました。ですが、生活上では一切の魔術を使ってらっしゃらない。ならば、相も変わらず魔道具は使えず、王位継承の資格を有しない。それ故に私たちを貶め、王太子の座をと図ったのでは?」
ローレンス殿下の説明を遮って話すマチルダ様の話こそ、妄想の産物だ。この状況に私は腹立たしさが押さえきれない。
だって、ローレンス殿下はもう魔術が使える。それでも使えることを隠されていたのは、目立たないように真実を探すためのはずだ。
それも説明すれば済むことなのかもしれないけれど、この調子ではマチルダ様が再び口を挟むのは必至だろう。
しかしそんなことを続けていれば、時間が無駄に経過してしまう。国王である陛下がとどまる時間には限りがあるはずだ。
それなのにこんな妨害が連続してしまうなんて……ローレンス殿下の説明を終わらせることができるの……?
私は思わずお父様を見上げた。
「お父さ……」
「ちょっと、あの女なんなの! 腹が立つ!! なんなの!」
私は言いかけた言葉を思わず飲み込んだ。
憤慨したディアナの声は荒々しい。私とお父様が目を丸くしてもディアナは気付く様子もない。
「さっきから適当なことばかりいって! 話を聞かないからわかんないだけじゃない!」
「ちょ、ちょっとディアナ、落ち着いて」?
「どうしてエミリアは落ち着いているの! あの人のせいでローレンスが大変なのに!」
なぜと問われれば、自分より冷静さを欠いた者を目の前にしてしまったがためだろう。私も今までは凄くイライラしていたけれど、今はむしろディアナの叫びを心配する気持ちのほうが大きい。
だって、今、この部屋にいるのは本当は私とお父様だけのはずだもの。あまり騒いで外に騒ぎが聞こえるのもよくない。部外者がここにいるのはおかしいし、万がいちにも精霊がいると知られれば、王族会議どころじゃなくなってローレンス殿下の邪魔になりかねない。それだと、マチルダ様と同じ妨害になってしまう。
でも、どうしたらディアナは落ち着くの……!?
しかしそんな私の混乱は、私とディアナの頭に大きな手が置かれたことでいったん止まった。
「二人とも、大丈夫だよ。このくらいことをローレンス殿下も想定していないわけではないだろう」
そう言いながら頭を撫でてくれるお父様の言うとおりだ。
マチルダ様のことなんて、一度会っただけの私よりよほどローレンス殿下のほうがご存じだ。ここで私が証人として出向いた所で、子供が騙されているだけとあり得ないことを主張するだけだろう。
ローレンス殿下が私に協力を仰がなかった以上、考えもあるはずだ。
でも……。
「でも! どうしてローレンスが酷いことを言われないといけないの!」
私が言いたいことはディアナが代弁してくれた。
「これがローレンスにしかできないことなら分かるよ? でも、これなら私だってローレンスのお手伝いできる! 私がローレンスの言ってることが正しいって証言できる!」
私とは違いディアナは精霊だ。精霊が見たといえば、そう簡単には反論できない。ローレンス殿下がディアナに証言を頼まなかったのは、精霊への敬意と遠慮があったと思う。
でも……だからといって、私もディアナにローレンス殿下のもとへ向かって欲しいとは言えない。
「ねぇ、ディアナ。お話しするのは、喧嘩腰にならない?」
「売られた喧嘩は買うよ」
「それなら、やっぱりディアナは行っちゃだめだよ」
こんなところで怒りを爆発させれば、確実にややこしいことになってしまう。
しかし否定した私をディアナは強く睨んだ。
けれど、私も私の意見は変えない。
「ディアナが怒り任せに言えば、きっと人間は信じるよ。でも、ローレンス殿下が調べたことや、これから言おうとしていることも、全部ディアナに教えてもらっただけだと思われちゃうかもしれない」
それは、よくない。
せっかく殿下の力を示そうとしているときに、より力があるものが喧嘩腰に出ていくとなれば、せっかくの舞台を潰すようなものだ。
「ディアナが、ローレンス殿下のお話を聞いてもらえるようにお話ししてくれれば……いいと思うんだけど……」
「そんなのよくわからない」
「わからないなら、なおのことだめだよ。ローレンス殿下の邪魔になりかねない」
私だって助けられるなら助けたい。
けれど、中途半端な手出しは迷惑をかけるだけだ。
ディアナはぐっと手を握り込んだ。
「でも、エミリアもこの状況はダメだと思ってるんだよね?」
「うん。私も、怒っているよ」
「じゃあ、私は喧嘩しない。でも、行く。だけど、私の声のかわりはエミリアが言って」
「……どういうこと?」
「私はあそこに行くの。ローレンスの気配を辿ればすぐにつく。でも、喧嘩しちゃうから喋らない。代わりにエミリアが喧嘩しない方法で、私の代わりにあの女に話を聞けって言って! 口は貸すから!」
「そんなことができるの?」
「契約してるからできる。強く念じてくれたら、伝わるから!」
それは……人形劇や腹話術みたいな気持ちで喋ればいいのかな……? 私に演劇の経験はない。だからよくわからないけれど、とりあえず契約というものには凄いことができるオプションがついているのだなと思ってしまった。
予め考えていた訳でもないこと上手く言う自信はない。
けれど私がここで断ればディアナが突撃しかねないし、なにより私もマチルダ様には怒っている。
ならば、やるしかない。