◆第30話 害悪の除去(1)
そして、翌日。
朝食時、お父様は私に衝撃的なお言葉をくださった。
「朝食が終われば、エミリアも準備をしておいてね」
それを聞いた私は思わずパンを落としそうになった。
危ない、危ない……じゃなくて。
「私も行って構わないのですか?」
気にはなっていたけれど、『狩り』に誘われたのは私ではない。だから少し遠慮もあるのだけれど、お父様は軽く笑った。
「連れて行ってはいけないとは聞いていないしね。それに、言い出しっぺはエミリアだろう?」
「はい! ……あの、ディアナもいいですか?」
一緒に作戦を決行した仲間としては、是非とも一緒に行きたいと思う。
私の申し出にお父様は頷かれた。
「見つからなければ構わないよ」
「ありがとうございます!」
そうして朝食後は手早く準備を済ませて馬車に乗った。
馬車内でお父様はぽつりと呟かれた。
「実は私はいまだ殿下が何を狩る気なのか知らないよ。あえて知らされてないのだろうけれど」
「そうなのですか?」
「でも、とりあえず候補はいくつか絞れてはいる。今日の午前は王室会議があるからね。参加者は国王、継妃、第一王子、第二王子だ。普段は近況報告の場だけれど……呼ばれているのが今日なら、この辺りが関係しているんだろうなとは思う」
何をするのかわからないと言いつつ、お父様もマチルダ様やルイス殿下に対する何かだとは想像されているようだ。
でも、ローレンス殿下が何も仰っていないなら勝手に言わないほうがいいよね。そもそも、私もどういう結果が待っているのかはわからないのだ。
ただ、言えるのは。
「ローレンス殿下が立派に目標を狩られたらいいと思います」
「そうだね。無駄足にならないことを私も願っているよ」
お父様のローレンス殿下に対する当たりはやはり強めだけれど、後見になりたくないと言いつつも成功を願う言葉にツンデレさんだと思ってしまった。
**
お城に到着した後、お父様に連れられてやってきたのは応接室のひとつだった。お父様が持っていらっしゃる呼び出しの紙にはそこで会議終了まで待機して欲しいとの旨が書かれていたのだ。
案内をしてくれた文官は「どうしてこの時間に……?」と呼び出し時間を不思議そうに見ていらっしゃったけれど、それ以外は特に質問をするようなこともなかった。
ちなみにこの間、ディアナには気配を消してもらっていた。
バスケットを前みたいに持ってくることも考えたのだけれど、今日はお土産もないのでかえって目立っちゃいそうだったし、ディアナも眠くなさそうだったので小さなウサギ姿でちまちまと歩いてきてくれた。
応接室には大きな鏡が壁に立てかけてある。
「なるほど、これで様子を見て欲しいということかな」
「これで、ですか?」
「よく見ておいて」
そう言ってからお父様は鏡に触れた。
すると、そこには陛下、マチルダ様、ローレンス様、ルイス様が揃って机を囲んでいる様が映し出されていた。
「これはわざとこのために設置したものだね。対になる鏡があの部屋にもおいてあるはずだ」
テレビ電話のようだな魔道具だったのかと思いながら、ふと気がついた。
こういう道具が使えないからこそ、ローレンス殿下は王位継承の資格を持っていなかった。しかし今、こうして用意がされているということは……すくなくとも陛下にはもう魔術が使えるということはご報告されたんだろうな。
陛下はどういう反応をされたのか気になるな。
そう思っていると、鏡越しに陛下の声が聞こえた。
「今日はローレンスから大きな知らせがあると聞いている」
それは何気ない会話を始めるような、ごくごく普通の声だった。
しかし『ローレンス』の単語を聞いたマチルダ様はわずかに眉を動かした。
余計な時間を使わせるのではないとでも言いたげな様子にも見える。しかし普段からそういう風な様子なのだろう、ローレンス殿下には一切気にする様子は見られず、堂々となさっていた。
「はい。先日、幻夢の森に立ち入った挙げ句、禁術を使用し森を荒らす者が現れました」
「幻夢の森? なぜローレンス殿下はそのような場所に?」
眉を顰めたマチルダ様はローレンス殿下の言葉を遮るように質問を挟んだ。
「あの森は立ち入りが制限されています。ローレンス殿下には確かに資格があるものの、いずれ王室を離れる身。あまり近づくのは好ましくないと思いますが」
すでに次の王位は自分の息子だとマチルダ様は思っているのだろう。
そもそも陛下も若いのでそれは相当先のことになると思うし、陛下にも失礼になるんじゃないかと思うけれど……すでにマチルダ様にとって国母の座は自分のものになっているのかもしれない。
しかし相変わらずローレンス殿下は冷静だった。
「必要があってのことです。後程ご説明いたしますが、今はお待ちいただいても構いませんか?」
「有耶無耶になさろうとしているのではないですか」
「マチルダ、やめろ。お前が話の腰を折れば長引く。聞くことを忘れるほどお前の頭も悪くはないだろう。それに禁術が使用されたとなれば、ただごとではない」
陛下は強い口調でマチルダ様を止めた。
おそらくマチルダ様は言い返せるのなら言い返したと思う。けれど、返すことができる正論は思いつかなかったようで口をつぐんだ。
それを確認したのち、ローレンス殿下は再度口を開いた。
「禁術は周囲の魔力を魔石に吸わせるものです。禁術により魔石は本来の上限以上の魔力を宿すことができますが、魔石は対象ーー人や草花や木々、それらから生命が失われるまで魔力を吸います。その無効化した魔石がこちらです」
そしてローレンス殿下が机に置いたのは白くなり封印された魔石だった。
魔石には禁術の陣が刻まれている。
「無効化したとローレンス殿下は仰いましたが、どういう方法を? 偽物を封印した魔石のように仰っているだけではないのですか? 適当に功績を作ろうとしても王位は転がりこむことはありませんよ」
「マチルダ様がそう思われるのも仕方がないことかもしれません。ですが、これは本物です。私が封印を施しました」
その言葉に息を呑んだのは鏡の向こうの面々だけではなかった。
お父様も私の隣で面食らっていた。
「エミリア。ローレンス殿下は……まさか封印の魔術が使えるのか?」
「はい。ご本人も無自覚でしたが、ずっと使用されていたと……ね? ディアナ」
「うん。ローレンス、ずーっと使ってたよ。やっと制御できるようになったみたいだけど」
それを聞いたお父様は苦笑していた。
「実に希少だ。けれど……そんなことを信じたくない者がそこにいるな」
そうして再び画面の中を注視する。
するとマチルダ様が荒々しく立ち上がった。
「何をふざけたことを! 封印をした? 魔術が使えないあなたが、どうしてそのようなことをしたと言えるの? でたらめばかりで無駄な時間を使わないで頂戴」
「マチルダ様、落ち着いてください。信じられないと仰るのでしたら、私に向かって魔術を放ってみてください。封印の属性の魔術で抑えて見せましょう」
あまりに静かにローレンス殿下が仰ったからか、マチルダ様はすぐに反応できなかったようだ。しかしそれを聞いたルイス殿下は飛び跳ねた。
「兄上がよいと仰ったのです。怪我をすれば兄上のせいですよ!」
そしてルイス殿下から放たれたのは火の玉だった。
決して大きいとも強いとも言えないものだが、当たれば危ない程度のものではある。かといってよければ火事になりかねない。
が、ローレンス殿下はそれを真正面から右手一つで受け止めた。
炎は何事もなかったかのように消えてしまった。
そのことにマチルダ様とルイス殿下の目は見開かれた。
「おわかりいただけましたか?」
「ローレンス、あまり煽るな。ルイス、お前は冷静になれ。マチルダも子供相手に喧嘩腰とは情けない」
陛下は事前に報告を受けていたからだろうか、大きな反応は示されなかった。
けれど、ほんのわずかに楽しげな気持ちが伝わってくる気がした。
「話を戻します。禁術についてどうしても信用ならないと仰るなら封印を解くことも可能です。しかし、そのことよりも……私が現在問題だと思っているのは、これを設置した者たちについてです」
「その様子だと、すでに犯人は見つけたようだな」
「はい。その手掛かりは台座にありました」
そうローレンス殿下は仰ったのち、机の上に台座の一部であった銀色の鎖を置かれた。