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◆第27話 森の精霊

 扉をくぐれば、今までとは違った開けた場所に出た。

 イメージはとにかく緑色だ。

 そして、キラキラと輝く水晶のようなものも多く見られる。


「綺麗」


 宝石に囲まれたような感覚を覚えていると、クスクスと笑い声が聞こえてきた。

 声の方を振り返れば、これまた麗しい姿の男性の姿があった。髪色は薄緑と銀が混ざっているような雰囲気で珍しい。見た目は私のお父様より少し年上に見える。

 だが、その表情は少しいたずらっ子のようだった。


「ずいぶん素直なお子さまだな。お前がディアナに名を与えたお嬢さんか?」 


 その声を聞き、反射的に相手が精霊だということに気が付いた。


「初めまして。私、エミリアと申します」

「ああ、そう固くならなくていいよ。そっちの少年は? 珍しい気配の持ち主だね」

「私はローレンスと申します」

「そうか。二人とも、よく来たね。ああ、あとディアナも久しぶりだね」

「ちょっと、私だけついでみたい!」


 ディアナが不満をぶつけるけれど、相手に気にする様子はない。むしろ、わざとやっているようにも見える。


「まだ名乗っていなかったね。私はノア。大地の精霊だ。ちなみに姿は狼だ」

「狼、ですか?」

「おや、興味があるのか?」


 そう言うや否や、ノアさんは光に包まれて変化した。すると、ノアさんの髪と同じ色合いの狼が現れる。普通の狼と違うのは、額に宝石のようなものがついていることだ。


「わぁ。こっちも綺麗!」

「こっちも、か。私はすべての私の姿を気に入っているから、その言い方は気に入ったよ。ただ、今はこの姿は不便だから姿を変えるよ」


 そうして再び人間の姿に戻ったノアさんは、少し後ろに下がって何かを手に取り、私たちの方に投げられる。

 私は落とさないよう、慌ててそれを抱き込みながらうけとった。


「ずいぶん森を駆け回ってくれていただろう? 喉も乾いたと思うから、それを食べるといいよ」


 投げよこされたのは柑橘系の果物だった。

 確かに喉を潤すこともできるし、私のお腹も少し満たせる。


「いや、助かったよ。変な奴らが来たのは気づいたんだけど、私はしばらくここの空間から出られなくてね」

「空間? ここは……森の中、ですよね?」

「森の中だけど森の中ではない。まぁ、人間だけだと一人ではいってこれない世界の裏側かな」


 それはいわゆる次元が違うという話になるのだろうか?

 でも、出れないっていうのはどういうことなのかな。

 私が疑問符を浮かべている横で、ディアナが両手を勢いよく合わせ、音を立てた。


「あ、もしかして精霊が生まれるの?」

「えっ!?」

「そんなホイホイ生まれるものでもないーーって言いたいところだが、そういうことだ」


 そしてノアさんが見た方向にはひときわ大きな水晶玉が存在した。

 不思議なことに水晶玉の中には水のようなものが満ちているようで、さらにその中には小さな狼の子供が丸くなって眠っている。

 その狼はノアさんそっくりだ。


「精霊は水晶から生まれるのですか?」

「種族によるが、私も水晶から生まれたよ」


 勝手に胎生だと思っていたので、その様子には驚いた。

 でも水晶から生まれるなんて、精霊らしいと思いもした。

 だって、とても綺麗だもの。


「精霊の幼体は非常に繊細でね。順長に成長しているように見えてもいつ何が起こるか分からない。特にあの石にかかった呪いを私が微量でも受けてしまえば仔に悪影響を与えかねず、私がここから出ることもできなかった。精霊の道も特に私の影響が強い範囲ーーつまりは森の中しか使えないからね」


 ……なんという間の悪さだろう。

 でも、何とかできてよかったと思う。

 それに精霊の仔が生まれるなら、初めて見てもらう森は綺麗な方がいい。悪い石は片づけられたのでもう安心だ。

 再び同じようなものが置かれないように、まだ調べることも必要かもしれないけど……うん、それは帰ってから相談だ。


「ああ、そうだ。手間をかけたんだ、礼は別に用意しよう。何が欲しい?」

「え。あの、果物をいただきましたが」

「それは礼に入らん。そもそも、ディアナがお前たちを連れてきたんだったな? 私に用があるんじゃないか? 遠慮なく言ってみろ」


 たしかにお願いにきたのだが、急かされると逆になんだか話しにくい。

 それに、急すぎる。

 そしてペースの主導権がノアさんにあるので、なんとなく話しにくい。

 でも、そんな文句を言っている場合でないことは私もよくわかっているつもりだ。

 むしろ、話をさせてもらえるだけチャンスと言っても差し支えないはずだ。

 そこで私はまずローレンス殿下に視線を送った。

 ローレンス殿下は私を見て頷く。

 どうやら意志の疎通はできたらしい。

 ローレンス殿下は一歩前へと出られた。


「無理を承知で申し上げます。ですが、私が魔術を行使できるよう、ご助力願えませんか」

「魔術? お前は石の封印をしていたはずだが……ああ、そうか。人間が使っている道具に向く魔術ではないな」


 ノアさんは人間の事情もよく知っているらしい。納得したと言わんばかりのノアさんは言葉を続けた。


「ただ、私がノア様に御納得いただける見返りを差し上げることができるかわかりません」

「いや、見返りは求めていない。お前たちの先ほどの行動も見返り目的ではなかっただろう? ただ、力を貸すと言ってもよくわからん。お前は何のために力を求めている?」


 その答えを聞くため、私もローレンス殿下を見つめた。私はまだ殿下から本当に求めている望みを、はっきりと聞いていない。

 ローレンス殿下はノアさんに、向かってはっきりと発言した。


「私は将来国を治めることを望んでおります」

「国? ああ、そういえばそこの都の王子にローレンスというのがいたな。お前か?」

「はい」


 ノアさんは腕を組み、長い息をついた。

 しかし、それからにやりと笑った。


「面倒なことを夢見る奴だな。それで、お前はどれほどの力を望んでいるんだ? 私の力は人の域を軽く超えているぞ?」


 からかい調子でローレンス殿下に尋ねる様子は、試しているようにも聞こえた。しかしローレンス殿下にはたじろぐ様子はなく、堂々となさっていた。


「人間が認識できる、最低限の力で構いません。国王選定のスタートラインに立つことができれば、あとは私の能力の問題です」

「それだけか? 欲がないな」

「希望はその通りですが、私自身は欲まみれです。本来なら、規定を覆すだけの実績を示せば済むことを願い出ているのですから。ただ……私には新しい法則を作るだけの時間が足りません」


 それは、ルイス殿下が立太子してしまうことを考えてだろう。

 しかしローレンス殿下も齢一桁の子供であるというのに、しっかりしすぎているのではないか。このまま成長なされば、きっと賢王になられることだろう。

 ノアさんは肩を竦めた。


「まあ、そのくらいは問題はない。すぐに力は貸してやろう」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。私もお前たちは気に入ったからな。そっちのエミリアも、お前を王にしたいからこそ一緒に来ているんだろう? ならば二人への礼となるし問題ない」


 私も大きく、そして何度も頷いた。

 逆に他に何か他に礼をしたいなどと言われてもまったくなにも思いつかない。

 それを見たノアさんは気をさらに良くしたらしい。


「スタートラインに立てないのなら、私が立たせてやろう。要は人間の道具を使いたいだけなら、これで叶うだろう」


 そう言いながら、彼はローレンス殿下の額に指を当てた。

 するとローレンス殿下は淡い光に包まれた。


「少し私の力を分け与えた」

「あ、ありがとうございます……!」


 光はすぐに収まったけれど、ちゃんとローレンス殿下の中に魔力は留まったようだった。なんとなくディアナに似た雰囲気が微かに感じられる。たぶん、それが精霊の魔力だ。


「ところでローレンス。お前にひとつ頼みたいことがあるが、構わないか? そのかわり、いま譲った魔力がもしも消えればいつでも補充しよう。まあ、十年は事足りると思うが、足りなくなればいつでも私を訪ねるといい。なくなる前でも補充はしてやろう」

「も、もちろんです。なんなりとお申し付けください」

「ならば遠慮なく言おう。実は我が子はもうひと月もせんうちに生まれると思う。その名前をつけてやってもらえんか?」

「え?」


 その依頼はローレンス殿下にとっては想定外だっただろう。

 むしろ私やディアナにとっても想定外だ。しかしノアさんは口にしたことでより名案だと思ったようで、機嫌がどんどんよくなっているように感じられる。


「名前の付け方がわからなくてな。何をつけてやっていいのか迷いに迷っているが、しっくりこなくてな」

「私が、御子の……? よろしいのですか?」


 精霊にとっての名付けがどれほど重要なのか、おそらくローレンス殿下は理解していない。けれど、名前を付けること自体が大事なことだという認識はあるから戸惑っているのだろう。だって、一生付き合うものだもの。

 しかしノアさんがその程度の質問で取り下げるわけもなかった。


「魔力量も豊富なお前なら問題もないだろう」

「魔力の量と名付けに関係が……?」

「ああ、いや、こっちの話だ。とにかく任せるぞ」


 そう言われて、ローレンス殿下が拒否できるわけもない。

 けれど、ディアナは難しい顔をした。


「ねえ、ノア。そんないきなり……生まれた時から名前があっていいの?」

「ああ、お前はなかなか名前もらえなかったもんなー? うらやましいか?」

「い、今は名前あるからいいの!」


 ディアナはいきなり精霊の仔が成体になることに戸惑いがあるようだけれど、ノアさんにはまったくない。これも精霊ごとの教育方針の違いもあるのかもしれない。


「……わかりました、私でよろしければ、是非」

「助かるよ。よし、じゃあ、どのような名前をつけたらいいと思う?」

「あ、あの! 今すぐですか!?」

「ああ。何を驚いて……ああ、そうか。人間は性別で名前を変えていたか? 仔の性別は雄になる。とはいえ誕生は半ば分身のようなものであるから、性別に人間ほどの意味はないがな」

「……畏まりました。御子は男児でいらっしゃるのですね」


 ローレンス殿下はきっと『違う、そこじゃない』と思ったと思う。

 けれど、ノアさんに説明することは諦めたようだった。諦めたというより、常識が異なることを受け入れたというべきか。実に柔軟な対応だと思う。

 ローレンス殿下は水晶玉に近づいた。

 そしてじっと精霊の仔を見たあと、ゆっくりと水晶玉を撫でた。


「君の名前はジェイドだよ。会える日を楽しみにしてる」


 その時、じんわりと水晶玉から淡い光が漏れた。


「喜んでいるな」

「本当ですか?」

「ああ。見れば分かるだろう?」


 そうノアさんは言ったけれど、たぶん今のは契約をしたってことだと思うんだけど。いろいろ経験させたいという親心からの契約……なのかな? ディアナみたいに勝手に契約してきちゃう子も身近にいるから心配している……とか?

 でも楽しそうなノアさんを見ると、そこまで深く考えていないようにも見えるのだけれど。


「きっとお前のことをジェイドも好きになる。生まれたら色々教えてやってくれ」

「それはもちろん。御子とお会いする時を楽しみにしております」

「御子じゃなくてジェイドと呼んでやれ。それより、あまり遅くなるのもよくない。ディアナ、しっかり送り届けるんだぞ」

「お任せなの。じゃあ、帰ろう」


 そして扉から飛び出したディアナに続き、ローレンス殿下も一礼してからその場を後にする。私も一緒に出たいところだけど、一応誰もいなくなったところで振り返った。


「よろしかったのですか?」


 名付けは契約だ。

 ジェイドは生まれた時から、初めての契約者が決められていたことになる。もちろん喜んでいたとのことだから問題ないとは思うけれど、それをしたのはノアさんがより強い守護をローレンス殿下に与えようとなさったからではないだろうか?

 私の問いかけにノアさんは人差し指を唇に当てて笑った。


「内緒にしておいてくれな。反応が楽しみだ。名づけを行ったというのに、疲れた様子一つ見せない辺り、あいつも大物だからな。きっとジェイドも大物になる」


 私が尋ねたいことの大半をノアさんは把握していた。

 ……あとで私もローレンス殿下にいろいろ尋ねられることにならなければいいのだけれど……まあ、いいか。だって、ローレンス殿下に不利益はないみたいだし。

 あれ? でも、ローレンス殿下、名付けをしても魔力が減っているとか大変だとか、そんな様子はなかったな?


「ローレンスは相当な魔力の持ち主だ。対象が生まれる前で名付けの必要魔力が少なかったとしても、あそこまでケロっとしている者はそういない」

「はい。私、名付けた時はふらふらになっちゃいました」

「お前もローレンスの年になれば身体も大きくなり、余裕であっただろうがな」


 ノアさんにそんなことを言われて、私は思わず目を輝かせてしまった。

 余裕になると言うことは……魔力が増えると言うことだよね? それって、術がいろいろ使えると言うことだから……楽しみ!


「早く行ってやれ。遅いと心配をかけかねんぞ。お前が最年少だからな」

「はい。ありがとうございます」

「ああ、またエミリアも遊びに来るといい」


 私はもう一度一礼してから扉を潜った。

 するとウサギ姿でスタンバイしているディアナと一緒にローレンス殿下が待っていてくださった。


「じゃあ、帰ろうか」


 そして差し出された手は私の両脇の下に入り、再び私はローレンス殿下にディアナに乗せてもらった。

 うん、この抱っこをされるのは嫌ではないのだけれど、やっぱり早く二人乗りサイズでも自分で乗れるようになりたいな、と思ってしまった。だって、なんとなく恥ずかしくはあるからね!



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