◆第26話 招待の扉
そしていくつもの石を壊し、ディアナから「ここが最後の石だよ」といわれた石をローレンス殿下が封印したところで私たちの石対策は一度中断となった。
最後の石を壊さなかったのは、その石にももしかしたらこの状況を作った犯人の手がかりが残されているかもしれないからだ。
本当は魔力を大地に戻すためにも壊したほうがいいのだけれど、一箇所くらいであればディアナの魔力でも代えが効くということなので、持って帰るのに支障もない。
「よし、終わったね!」
そういったディアナは再び人型をとった。
そして、私に向かって両手でハイタッチを求めてきた。
当然私は全力でそれを受け入れる。
「お疲れ様っ!」
そして言葉と同時になかなかいい音がなった。
とはいえ手が小さいので、擬音語にするなら『ぺち』くらいのものなんだけど。
いつかもっとハイタッチらしい音がでるようになればいいなーーと思っていると、ディアナは同じようにローレンス殿下にハイタッチを求めていた。
ただし身長差から、殿下はやや屈み具合の体勢にはならざるを得ないのだが。
ローレンス殿下はディアナと手を合わせたものの、その行為の意味については首を傾げていた。
「これは、どういう動作なのかな……?」
「えっと、喜びを分かち合うときの動作です」
申し訳なさそうに尋ねられた殿下に、私は急いで返事をした。
詳しい説明なんてしたことがないのでこれで正解なのか少し迷うところだけれど、間違ってはいないはずだ。
するとローレンス殿下は少し迷われてから、ひとつ頷かれた。
そして私の方に掌を向けられる。
「え?」
「ほら、首を傾げていないで。こういうときの動作なんでしょう?」
「あ、はい」
そしてぺちっと両手を合わせてハイタッチ。
なるほど、たしかにいまの説明ならば私がしないのも不思議な話だ。
王子様とハイタッチをするというのはなかなか貴重な体験かもしれないと私はおもったけれど、あまりそのことについて深く考える余裕はなかった。
なぜならーー私のお腹は、いま、とても空いてしまっているのだ。
それはもう、未だかつてないほどのお腹の空き方だ。
「どうしたの?」
「あの、いえ」
「もしかして、疲れてしまったかな?」
「いえ、そんなことはないです! それにやっと『お掃除』が終わりましたから、最初の目的を果たしましょう!」
そう石を全て砕いたといっても、当初の目的は何一つ終わっていない。
むしろ、まだ始まってもいないのだ。
しかしローレンス殿下は首を横に振った。
「体調がよくないなら、無理はしないほうがいい。エミリアにはたくさん魔術を使ってもらっているし、無茶はさせられないよ」
「全然無理はしてません」
「無理をしてなくても、これ以上はだめだよ」
いえ、本当に無理はしていないんです。ただ、お腹が空きすぎているだけで。
けれどこのままではローレンス殿下が納得しないのは明白だ。正当な理由を伝えなければ聞けないが……何かあっただろうか?
「あ」
「どうしたの?」
「あの、いえ……。その、これだけの異変が起きている森に精霊さんが住んでいるなら、本当ならほかの精霊さんに助けをもとめたりしなかったのかなって」
一人で対処できるならそれも不要だと思うけれど、今回は全部残されている。
そこから考えられる懸念は二つ。
精霊がすでにこの森にいない、もしくは怪我か何かの原因で動けないということだ。
それを伝えると、ローレンス殿下とディアナは二人して難しい声を出した。
「確かに、心配だな」
「でも精霊って基本住処を変えることって少ないよ。だから引っ越してなさそうだけど……」
「私たちみたいに、しばらくお出かけ中かもしれないけど……けっこう草、枯れてたし」
私の言葉に、それぞれが考え込む。
壊さなきゃいけないときは余裕がなかったけれど、改めて考えるとおかしな話な気がする。
うん、やっぱりもう少し確認するまで帰るべきじゃない。
「じゃあ、ひとまず精霊の祠まで行ってみよう」
そう、ディアナが言ったときだった。
目の前に、急に扉が現れる。
私やローレンス殿下は思わず後ずさってしまった。
「なに、これ!」
「これ、精霊の道への入り口だ。上位精霊が、招待客を自分の所に招く為につかうの。すぐに到着できるよ」
つまり、どうやら精霊から招待してもらったということなんだろうけれど……え? いいの?
精霊に会いに来ているのでとてもうれしい事態ではあるものの、いきなり招待されたことには多少の戸惑いもある。
そもそも、面識のあるディアナだけが呼ばれた可能性もあるし。
……でも、ディアナは「じゃあ、行こうー」と、さも当然のように私たちを呼んでいる。
うん、悩むのはよそう。
ディアナがなついている相手なのだから、おそらく気難しい精霊ではないだろう。
「……私も行ってもいいのかな?」
「だめならたぶん扉を見せてくれないよ」
念押しするローレンス殿下をむしろ不思議に思うようにディアナは返事をした。
よし、たぶん問題ない。
決意を固めた私は、二人と一緒に扉をくぐった。