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◆第25話 森の異変

 やがて猛スピードで駆けるディアナのおかげで、森の入り口に到着した。

 その森は小高い山となっている場所で、不思議な雰囲気が漂っている。

 ふわふわと粉雪が舞うように青白い光が漂っている様は神秘的もしくは幻想的だった。

 森の深いところは山になっているが、この場所でも非日常的な光景が見られるのであれば、奥に行けば奥に行くほど素敵な光景が見られるのかもしれないと思ってしまった。

 しかしそうして森の様子を窺っていると、やがて兵士らしき人が歩いている姿を発見し、私は思わず息をのんだ。

 街中をディアナに乗って飛んできても誰にも見つからず、そして驚かれずにすんでいたことから、いまこの場でもディアナの認識阻害の力は存分に発揮されているのだと思う。

 それでも思いもよらない場面で人を見たのだから、驚かずにはいられなかった。

 あれ、でも視覚的には認識されていなくても、話し声は聞こえたりするのかな……?


「エミリア、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。お話ししても声は聞こえないよ」

「本当?」

「うん。私とひっついている間は大丈夫」


 ならば絶対離れられない。

 あと、ローレンス殿下にも絶対に離れられては困る。こんなところに王子様がいたら明らかに不自然だし、なにより私が連れ出したってことが見つかったら誘拐犯になるかもしれないし。


「ここは……『始まりの聖地』の一つだね」

「始まりの聖地、ですか?」


 重要そうな単語に聞こえるが、習ったことのない言葉でもある。一つということはいくつかほかにもあるのだろうけど、それらしいものには記憶がない。

 ディアナも聞いたことがなかったようで、不思議そうに耳を動かしていた。


「この国の魔術が生まれた場所の一つだと言われているんだ。あの兵士たちは見回りの兵だね。一応、ここは基本的には王家に生まれた者と許可された者以外の立ち入りは禁止されている。もっとも、それは魔術のゆえんよりも希少植物の多さからなんだけれど」

「ええっと……ほかにも見回りの人、たくさんいますか?」

「基本的にはそこまで大勢の人員は割いていないはずだよ。学術者や王家の人間にしか、許可は出ていないよ」


 その答えを聞いて私はほっとした。ひとまず安心できそうだ。

 王家の許可については、ローレンス殿下がダメと言わないのなら問題ないそうだ。

 けれど、私の安堵はあまり長くは続かなかった。

 それは森に入った途端、奇妙な空気に包まれてしまった気がしたからだ。


「なに、これ」

「エミリア? どうしたんだ?」


 戸惑たローレンス殿下は気配を感じないようだ。だとすると、魔術の何かが起こっているのだろうか?

 何も言わないディアナも緊張している気がする。


「なんだか、空気が変」


 ローレンス殿下にどう伝えるべきか迷ったけれど、結局うまくは伝えられなかった。

 なにせ、感じたことのない空気だ。


「変?」

「はい。ぞわぞわする」

「なんだか嫌な予感がする。ちょっと近づくよ」


 そう言うやいなやディアナは駆けだした。まるで木々が避けるかのような走り方だった。でも、それをじっくりと観察する余裕は今の私にはなかった。

 やがて、少しひらけた場所に出た。

 そこには周囲の雰囲気にそぐわない、厳重に金属の檻に囲われ、鍵をかけられた石が鎮座していた。

 石の色は真っ黒で、周囲の草花は枯れている。少し離れた場所であっても、萎れていたり元気がないように見えた。

 私とローレンス殿下はディアナから降りた。

 そしてディアナも人型をとった。


「これは、なに……?」

「周囲の魔力を食らっているように見えるかな」

「魔力を食うって……そのせいで、周囲のお花たちが枯れているの?」


 私も魔力を使いすぎてふらふらになったことはある。

 ここに石が置かれて続けていたら、草花は常に魔力を取られているということになるから、枯れるのもわかる気がする。


「それなら、石を壊さなきゃ」


 誰が設置したのか分からないけれど、兵士を派遣し森を保護しようとしている国が置いたものでもないはずだ。


「でも、この石硬そう。私に壊せるかな?」

「壊せないことはないんだけど……森の中にあるの、ここだけじゃないの。たくさんあると、厳しいよ」

「え、そんなにたくさん……?」


 この場所だけでも悪い空気を漂わせているのに、たくさんあると言うのは信じたくない。けれど、ディアナは真面目な表情で頷いた。


「エミリアとローレンスに私の目、貸してあげる」


 そう言うと、急に視界が切り替わった。

 そして次々に画面が切り替わるけれど、いずれの場面にも同じ石が映っている。


「ぜ、全部壊さなきゃ」

「そうなんだけど……ひとつを壊すのにもすごく魔力が持っていかれちゃうの。だって、この石が魔力を吸うんだもん。壊すなら、限界突破するまで魔力飲まさないと」

「魔石をお腹いっぱいにして、破裂させるっていうこと?」

「そういうこと」


 数も数だ。それが容易でないことは想像できる。

 私が頑張っても限界があるのかもしれない。

 一人でできるところまでやってから応援を呼ぶのか、先に応援を呼ぶべきか。

 それとも、差し当たりこの場所だけでも一つ壊していたほうがいいのだろうか? 私がそう考えてるのと同じく、ディアナも悩んでいた。


「ここは、お母様に……いや、でも、お母様でも大変……って、ちょっと待って。ローレンスの力を使えば、私とエミリアでなんとかなるかも」

「「え?」」


 思わぬ言葉に私とローレンス殿下の声が重なった。


「ローレンスがこの石を封印すれば私やエミリアの魔力が石に吸われることがないから、壊せるかも?」

「私が、封印を……? それはどうすれば……」

「たぶん、普段からローレンスは無意識に力を使ってるの。だから、さわるだけでも平気……だと思うけど、どうだろう?」


 成功すれば嬉しい提案だけれど、不安な一言がついている。

 禍々しい石に触れてローレンス殿下に害を及ぼすわけにはいかない。

 迷っていたけれど、それを聞けば大人に相談するべきだと私は思った。


「一度、戻りましょう」


 その提案にディアナも納得してくれようとしていた。

 けれど、その前にローレンス殿下が口を挟んだ。


「いや、私はやるよ。やらなければいけないと思う。王都に戻る間に設置者に回収されれば困るし、森も痛いだろう」


 その言葉に迷いはない。

 私は目を瞬かせた。


「大丈夫ですか……?」

「たぶんね。できるかは分からないけれど、そんなに怖いとは思わないんだ」


 それが強がりなのか本気なのか、私には分からなかった。

 けれど、その意思に揺るぎがなさそうなことは理解した。

 それでも私は少し不安に思っていたけれど、ディアナの切り替えは早かった。


「わかった。でも、いきなり石を鷲掴みにはしないでね。少しずつね」

「わかりました」

「あの、殿下。ご無理はなさらないでくださいね」

「無理はしないよ。大丈夫」


 ディアナと私にそれぞれ返事をしたローレンス殿下は石に触れた。

 すると次の瞬間、石が急激に発光した。

 その光は余り長くは続かなかった。

 そして収まったときに目にしたのは、白くなった石だった。


「終わっ、た……?」


 周囲を巡っていた不穏な空気は解消している。

 だから完了したのだとは思うけれど、一瞬のことだったので私もよくわからないといったところが正解だ。


「ひとまず終わってるね。私の見立ては正しかったね!」


 私とは対照的にディアナはやけに自信満々だった。

 ただ、驚いているのは私だけではなかった。


「本当に……私がやったのか?」

「えっと、殿下……?」


 たしかに私も完了したかどうかがわからないくらいなので強くは言えないけれど、ディアナが完了しているっていうのなら殿下がしたことだけは間違い無いと思う。

 そもそも、ローレンス殿下しか石に触れていないのだ。


「殿下はもう少し自信を持たれたほうがいいと思いますよ。私にもディアナにもできないことですもん! 殿下以外にした人はいません!」


 ただ、そう強く言いながらも私もローレンス殿下が自分を信じられなかった理由がわからないわけでもない。だって魔術が使えたことがないのに、いきなりこんな石を封印しちゃったんだもん。本当に自分がやったのかって疑わしくなっても仕方がないよね。

 ……そう思うと、私の言い方ってちょっと失礼だったかもしれない。


「まあまあ。ひとまずローレンスが封印してくれたおかげで、壊せるよ。エミリア、一緒に石を壊そう」

「あ、えっと……どうやるの?」

「砕いちゃうの」


 実にわかりやすい答えだけれど、その方法を私は聞いたつもりだったんだけどな……? でも、魔力を吸う力が封印がされたっていうなら魔術で壊すんだよね。そもそも物理的な破壊方法だと、私とディアナじゃ役に立たないと思うし。

 私が使えるのは風と水の魔術だ。

 それなら……。


「私はエミリアの力を増幅させるよ。だからエミリア、お任せするね」

「じゃあ……いくね!」


 そして私はできるだけ鋭い風……鎌の刃をイメージして、魔術を石に叩きつけた。

 石に魔術が二、三回当たったところで石にはひびが入った。そしてもう二回当たると砕け散った。

 石が砕けるとキラキラとした粒子が周囲に飛散する。それは土に触れると溶けるように消えていった。


「魔力が還元されていくの。これで魔力を含んだ土壌が新しい草木を育てるよ」


 それはとてもキラキラと輝いていて、綺麗な光景だった。

 けれどこの綺麗な光景は禍々しいものがあったからこそ見えると思えば、非常に複雑な心地になる。


「……ディアナ様。このようなものが、まだまだあるのですね」

「うん。ローレンスも大丈夫そうだし、エミリアも大丈夫だよね? 私が案内するから、どんどん潰して行こう」


 そしてディアナは大きなウサギの姿に変化する。


「ディアナ様、この石があった台座は無害ですよね」

「うん。それは平気」

「最後でかまいません、ひとつだけでも持って帰りたいのですが……叶いますか?」


 それを聞いた私も、たしかに台座の持ち帰りは大事だと思った。

 だって、これを設置した者の手掛かりになるかもしれないし。わからないかもしれないけれど、証拠になるかもしれないなら全部置いていくわけにもいかない。


「あとでエミリアとローレンスを送ったあとで運ぶならできるよ。一つずつなら全然できるし! ただ……」

「ただ?」

「終わったら、美味しいお菓子が食べたいの」


 少し上目遣いのディアナは、とても期待を込めているようだった。

 私とローレンス殿下は思わず顔を見合わせ、そして笑った。


「それならば、私が出来る限りのものを用意させていただきます。エミリアと一緒に、ぜひ再び城へお越しください」

「ほんと? やった!」


 殿下の提案を受けたディアナは大喜びをしているけれど……あれ? お菓子って、出来る限りのものまでなると大がかりになりすぎない? 大丈夫?

 継承順位の問題では不利とされているとはいえ、ローレンス殿下も王子様。だからとんでもない量が用意されたり……しない、よね?

 たくさん用意されすぎるのは申し訳ないと思っている間にも、やる気をさらに出したディアナによって私たちは石の場所に案内され、そして次々と石を破壊していくことになった。



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