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◆第23話 ローレンスの魔術

 案内されたローレンス殿下のお部屋は子供部屋らしからぬシンプルな部屋だった。


 必要なのだろうと考えられるものしかない。けれどそれは寂しいとか貧相とか、そういった類の感想を抱くものではない。洗練されているという言葉がぴったりだという印象だった。


「よく来てくれたね」


 そう仰ったローレンス殿下は窓近くにある大きな机のほうから入り口にいる私のところまで来てくれた。

 そして私の後ろに控えていた案内役の方に笑いかけた。


「ご苦労。下がってくれて構わないよ」

「畏まりました」


 そして案内役が退出したところで、殿下は手を差し出してくださった。


「大きい荷物、重いよね。私が持つよ」

「え、あの。重くはないです! それと、これ、ローレンス殿下へのお土産が……」


 そう言いながら私はバスケットの中に手を入れて缶を取り出し、ローレンス殿下がバスケットを受け取るために差し出してくださった手の上に置いた。


 受け取ったローレンス殿下は目を丸くされていた。


 あれ……?


 一瞬私も戸惑ったけれど、よく考えれば当然のことなのかもしれない。だって、直接立ったまま手の上にお土産を乗せて渡すなんて、普通は殿下相手にすることじゃない。そもそもお土産という言葉は間違っている……よね? 献上品という意識はあったはずなのに、焦った結果がいつもの言葉遣いだった。


 更に茶葉の缶を入れるには、抱えているバスケットが大きすぎる。なぜこんなものに入れているのかと思われてもおかしくはない。


「で、で、殿下! その、お持ちしたのはそれだけじゃなくて……」


 驚かせたと思いながらも、そこから修正していては時間がもったいない。そう思った私は自分でもびっくりするほど下手だと思う誤魔化し方をしながらバスケットを床に置いた。

 そしてバスケットの上に置いていた布を退け、両手でその中にいたディアナを持ち上げた。


「ウサギさんです」

「え?」

「先日、ローレンス殿下はウサギをご覧になったことがないとお聞きしました。なので、お友達を連れてきました」


 殿下の目は何度も瞬きを繰り返して驚いていらっしゃる。うん、当然だよね。

 でも……何かほかの反応がもらえなければ私も次の言葉を発しにくい。

 ディアナも驚いているけれど、状況を察知したらしく耳を動かして可愛いウサギアピールをしている。でも、このディアナの動きがなければ時が止まっていると錯覚したかもしれない。

 しかし、殿下は小さく吹き出してから、肩を震わせていた。

 なんとか堪えようとなさっていたけれど、堪え切れてはいなかった。


「ありがとう」

「いえ、その」

「ひとまず立ち話もなんだから、こちらへどうぞ。バスケットは私が運ぶね」


 ディアナを抱き上げたことで両手が塞がった私に代わり、殿下がバスケットを持ち上げてくださった。中身は空になっているから軽いはずだけれど、やっぱり荷物を持たせるのは気が引ける。とはいえ、取り返すこともできないのだけれど。

 私はディアナを抱き上げたまま殿下に案内していただき、私に運ばれていたディアナはじっとローレンス殿下を見ていた。


『ねえねえ、エミリア。この子が魔術を使えないっていってた子?』


 脳内に直接その質問が来た。

 ディアナが喋れるようになってから直接会話ばかりしていたので、脳内に直接響く声は久しぶりだ。そんなことを思いながら私が肯定の返事をしようとした瞬間、ローレンス殿下が突然振り返った。そして、その表情は驚愕に満ちている。


「いま……何か言った?」

「い、いいえ?」

「……そうだよね、きみの声とは違っていたもんね」


 違う声といえば、今の私にはディアナの声しか思い浮かばなかった。

 それ以外の声なんて、私も聞いていない。ディアナも耳を動かし、反応しているようだった。


『もしかして聞こえている?』


 そんなディアナの心の声に、やはりローレンス殿下も反応している。


「幻聴……?」


 その独り言は確実に殿下が声を聞いているということに他ならない。

 え、なんで?

 お父様やお母様にも聞こえていなかったので、てっきり他の人には聞こえないものなのだと私は思っていたけれどローレンス殿下は、間違いなくディアナの声を聴いていらっしゃる。

 驚いたのはディアナも同じだったみたいで、殿下の言葉に反応して耳を激しく動かした。そして挙句、抱えていた私から暴れて自力で飛び出し、なんと人間の姿へと変化した。

 ちょっと、ディアナ! 打ち合わせと違う!

 それまで大人しくしていたウサギが突然暴れれば、当然殿下も驚きなさる。

 しかし喜びの表情を隠さないディアナにそんなものは関係がなかった。


「ねえ、あなたのお名前は? 精霊に会うのは初めて?」

「ちょっと、ディアナ……!」

「だって、珍しいんだもの! エミリアからは魔力がない子って聞いていたけど、魔力を隠している今の私の声ですら聞こえていたんだよ? ぜーったいこの子には魔力あるよ」


 興奮しているディアナに私の焦りは届かない。

 私は再度呼びかけようとしたけれど、私の呼びかけより早く、ローレンス殿下が声を発した。


「詳しい話を聞かせてもらえますか?」

「いいよ! だって、私はそのために来たんだよね?」


 そう言うや否やディアナは駆け出し、遠慮なくソファーに飛び乗って座った。

 そして遅れて殿下と私もソファーに座る。


「私、ディアナ! あなたは?」

「私はローレンスと申します」

「ローレンスね、覚えたよ」

「も、申し訳ございません、殿下。お気づきかもしれませんが、ディアナは精霊です」

「気にしないで。それより……先程ディアナ様は精霊様のことを仰っていましたが、もしかしてあなたは精霊様でしょうか? 不思議な気配のウサギだと思ったのですが……」

「そうだよ。私はエミリアに名前をもらった精霊なの。名前をもらったお陰で今はウサギの姿も人の姿もとれるんだよ」


 そう誇らしげにディアナが言うので、私は少しだけ恥ずかしくなった。

 もちろん名前が恥ずかしいなんて思っていないけれど、こう、堂々と持ち上げられている感じがあるのは恥ずかしい……!


「とても綺麗なお名前ですね」

「そうでしょ? 自慢なの」

「しかしエミリアの立場もありますし、あまり触れ回らないほうがいいかもしれません。困ったことになってはいけませんからね。私が悪人であれば、困ることになるかもしれませんよ」


 ローレンス殿下は精霊を前にして少し困惑なさっているけれど、それでも落ち着き、大変ありがたいことにディアナに注意までしてくれていた。

 それを聞いたディアナも「あ」と声を出していた。どうやら、以前言われたことを思い出したらしい。けれど、すぐににこりと笑った。


「大丈夫。私も相手は選んでるし、エミリアが私に任せたいって思った人と会うだけだから、変な人じゃないもん」


 確かにそのつもりではあるが、果たしてそれで大丈夫なのだろうか。

 信頼されているのに不安になるというのは、実に妙な気分になる。


「それで、ローレンスは魔術を使いたいんだよね?」

「はい」

「でも、ローレンスはもう魔術を使ってるよ?」


 ディアナは首を傾げているけれど、私たちにその意味はわからない。

 使えているなら、ローレンス殿下も困っていない。

 でも、ディアナだって適当なことを言うとは思えない。


「どういうことなの?」

「ローレンスの属性はとても特殊。たぶん、封印じゃないかな? どんな魔術を使っても、簡単には私の声なんて聞こえないはずだったもん。それを聞き取るっていうのは、無意識のうちに認識障害を取っ払っているってことだから……この調子なら、いずれ難しい術も使えるようになると思うよ? でも、人間でその属性って、聞くのは初めて。精霊でも滅多にいないはずなのにすごいね」


 ディアナは珍しい機会に遭遇したからか、テンションがとても高い。

 でも、それほど希少な属性ならば、一般的な魔術教養で術が発動できなかったローレンス殿下に魔術の才がないと誤解されても仕方がなかったのかもしれない。知らなければ、その可能性も考えられないもんね。

 だけど……魔力があるなら、どうしてローレンス殿下は魔術を使えなかったんだろう?


「ディアナ様、私はこれまで魔術行使を必要とする道具を使うことができておりません。私に本当に魔力があるのでしょうか」

「うーん。人間の道具のことはよくわからないけど、それは属性のせいじゃないかな。封印の力は基本的に魔力を封じる力だもん。使うんじゃなくて、使えないようにする力なの」


 その通りなら合点はいくが、よくない状況だ。

 魔力があると示そうとしたところで、道具が使えないなら使えていないと見なされても不思議ではない。


「ねぇ、ディアナ。ローレンス殿下は頑張ったらほかの力も使えたり、道具が使えるようになったりする?」

「うーん。ちょっとでも適性があればできなくないけど、封印は特殊。だから、本人の力だけじゃ難しいの。だからこのままだと何とも言えないの」

「じゃあ、ほかの力があればできるの?」

「必ずってことじゃないけど、できるかも、しれない……?」


 首をひねりながら言うディアナからは決して確実な手段ではないのだと伝わってくる。

 でも希望が持てるなら今はその方法を試すしかない。だって、何もしなければゼロなんだもの。


「ディアナ、そのほうほ…」

「その方法を教えていただくことはできないでしょうか」


 私の声に重なったローレンス殿下の声は、私の声より大きかった。

 その表情には一点の曇りもなく、ただ前だけを見据えている。

 そしてローレンス殿下は、先ほど私と声が重なったことに気づいていないように思われた。だって今までのローレンス殿下なら、気づけばすぐに謝罪されそうだから。

 でも、私も謝罪が欲しいわけではないのでむしろこの様子は嬉しいと思った。

 だって、ローレンス殿下も本当はすごく使えるようになりたかったんだって思えるし。


「えっと、絶対にできるとは言わないけど、そんなに難しくはないんだよ」

「どうしたらよいのでしょうか」

「精霊と契約すればいいよ。そうしたら、精霊が使える魔術は使えるようになるはずなの」


 それは今の世の中ではおそらく簡単という部類に入らないのではないか、と、思ってしまった。



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