◆第21話 相棒到着
しかし、一つ困ったこともある。
ディアナに相談したいと思っても、ディアナは領地の付近でルーナさんと特訓をしている最中であるということだ。
一度領地に戻ってから再び王都に来ると日数がかかるし、一人では移動させていただくこともできないとなればお父様たちの負担にもなる。
でも、代案がなければ申し訳ないけど、それをお願いするほかない。
だって、国の未来がかかっているし!
でも……こんなことになる前に、陛下も少しは気付かなかったのかな。
「陛下はなぜマチルダ様をお迎えなさったのでしょうか?」
「もともとは公平中立な性格だったし、家柄もそんな感じなんだよ。ただルイス殿下誕生後から少しずつ変化し、ローレンス殿下が魔術を行使できないとわかってからは今の状態だ」
性格が変わったというのは、ローレンス殿下からも聞いていたけれど……有名なお話だったのか。そうならば、マチルダ様は相当な役者であったらしい。
しかし――現陛下は女運がないというのか、それとも見る目がなかったというのだろうか。
「陛下のお妃さまが最初から一人なら、今みたいな問題にはならなかったでしょうに」
「まぁ、正妃を迎えるにあたり同時に側妃も迎えることになったのは、陛下がまだ殿下であらせられた頃の話で、本人が選んだ訳でもないらしいけどね。むしろマチルダ様が正妃となりかけたところを、蹴ったくらいだ」
「蹴った……そのときの恨みが今の反動になっていたりは……?」
「わからないけれど、昔は謙虚な家ではあったよ。正妃への誘いも、最初は恐れ多いといっていたくらいだ。ただ、国母になる可能性が高まってから様子は変わったね」
そんなことを話しているうちに私たちは自宅に到着した。お父様と馬車を降りると、王都の屋敷の執事が慌てたように駆け寄ってきた。
「旦那様、お客様がいらしてるので急ぎ客間におこしください」
「客? そんな予定は聞いていなかったが……」
「また、先方はお子さまをお連れで、お嬢様のご友人とおっしゃってます」
私に王都の友人?
不思議に思いながらも私たちは客間へと向かい、そして優雅にくつろぐ美女と美幼女を見た。
「ディアナ、ルーナさん……なにしてるの?」
部屋の中には使用人が控え、二人はお茶を飲んでいた。
私の問いにルーナさんはとても余裕をみせながら答えてくれた。
「なに、特訓の合間に甘いものが欲しくなってな。シエロにごちそうになろうと邪魔をしたら、お前たちの心配をしておってな。代わりに王都まで見に来てやったわ。ただ、精霊だと目立つだろう? だから人型に化けて来たぞ」
「綺麗すぎて、それはそれで目立っています」
「ほう? 我が美しいのは仕方ないことだな」
……目立たないようにしようとしているのか、いないのか。
どちらにしても精霊だと思われないように気遣ってもらえているのはありがたいのだけど……でも様子見にここまでって、すごいな。気づかれたら大騒ぎになるかもしれないのに。
私が反応に困っている間にお父様は「ようこそおいでくださいました、精霊様」と歓迎なさっているけれど……正直、困惑なさっていると思う。
そんな脇からディアナが飛び出してきた。
「ねぇ、エミリア、エミリア。私も耳をちゃんと人の耳にできるようになったんだよ!」
「わ、すごい」
動揺でちゃんと見ていなかったけれど、確かに人の耳になっている。うさ耳も可愛いので少し残念な気持ちもあるが、あれで街中を歩かれては目立ちすぎる。
「……って、ディアナ、なんだかいつもと気配も違う?」
「そう! 姿だけ変えても精霊の気配を漂わせていたらすぐにバレちゃうからって、お母様と特訓したんだよ! より人間っぽくなったでしょう! ウサギっぽくもなれるんだよ?」
なるほど。
ディアナが王都に付いてくることにルーナさんが最初同意しなかったのは、そんな事情があったんだ。
私も昔はディアナをただのウサギだと思っていたくらい気配の違いに疎かったけれど、魔術を習った今はこの通り! ちゃんと気づくことができるんだよ。
もっとも、ディアナと出会った頃は『この世界のウサギはこんなものなんだ』なんて思っていたからという理由もあるんだけれど……。
「ねぇねぇエミリア。私、エミリアのお歌聞きたい」
「お歌? いいよ、じゃあお部屋に行こう」
私の返事にディアナは喜んで駆けてきた。
せっかくすごく可愛いのに、お部屋の中で走ったら令嬢姿が台無しになる……!
私はそう思って慌てて止めようとしたけれど、その時にはルーナさんの雷が落とされていた。
「ディアナ。お主、歩き方を再度訓練したいらしいな? そんな優雅さのない歩き方があるか!」
「早く行こう、エミリア!」
「わっ、ひっぱるのダメ!」
逃げたらあとで余計にルーナさんに怒られるかもしれないのにと私は思ったけれど、ディアナらしいといえばディアナらしいなんて思ってしまった。
そしてお部屋にはすぐに到着する。
「じゃあ、お歌、歌おう。ディアナも一緒に歌う?」
「うーん、でもお歌はあとでいいの」
「え?」
歌が聞きたいからと来たのではなかったのか。
そう私が首を傾げると、ディアナの眉が寄る。
「私ね、エミリアと契約しているからなーんとなくだけど、難しいことを考えていたらわかるの」
「そうなの?」
「そうなの。あ、エミリアが私からそんなのを感じないのは私が難しいことを考えてないからじゃないよ! ほら、たとえば……。……。いや、それはいらないし! 考えてるから!」
いや、そのようなことは追求していないんだけど……。
けれどディアナがあまり深く考えないほうであっても、私は気にしない。だって逆に私が鈍感なだけかもしれないし……。
「それで、何考えてるの? お話聞くよ?」
「聞いてもらうというか……実は、お手伝いをお願いしたいことがあるんだけれど……」
なんていうか、自分から切り出す前に聞き出されるとかえって話しにくい。
でも、心配してもらっているなら素直にまずは話すべきだ。
そう思った私はどう話そうか組み立てながら返事をしたけれど、その言葉を聴いただけでディアナが目を輝かせた。
「いいよ! 私、何をするの?」
「え、その、ディアナ? あのね、先にお願いの内容を聞かなくていいの?」
「だってエミリアのお願いでしょ? ディアナができるなら叶えてあげたいもん」
ニコッと元気よく笑いながらそう言われてしまった私は、思わず感動した。
うん、これで平常心でいるとか絶対に無理!
「それにエミリアはディアナができなくても怒らないでしょ?」
「それはもちろん!」
「なら平気! 何をするの? 楽しいこと?」
「楽しいかどうかは……ちょっと。あのね、一人魔術が使えない方がいるんだけど、私はその方に魔術が使えるようになってほしいの」
「ふんふん」
「その方のご両親は魔術が使えるんだって。だから使える可能性もまだあると思うんだけど……ディアナなら原因ってわかるかな?」
そんな私の質問を受けたディアナは、得意げに腕を組んだ。
「まずはお姉さんが見てあげる!」
「ありがとう!」
「でもわかるかわかんないかは、見てみないとわかんないかも。だってディアナ、魔術はそこそこ知ってるけど人間の魔術に詳しいわけじゃないし」
「えっとね、その方は人間の魔術は色々試されてるらしいから、むしろ違う目が欲しいの」
そう私が言えば、ディアナは任せなさいと言わんばかりの勢いで自身の胸を叩いた。
「それならディアナの出番でしかないね。まっかせて! エミリアと一緒に行って、その場でその子の状況を見たらあとで何が原因か、わかったら教えるよ」
「よろしくね。その、お礼もできることはするから」
「じゃあ、お歌を歌おう。今度、ピクニックしながら! 私、美味しいジャムサンドが食べたいの」
「わかった。約束ね」
こうなれば、私もジャム作りから参加させてもらわなければいけない。
感謝感激雨霰の気持ちをジャムに込めるよ。
「ディアナが来てくれてよかった。ありがと。魔術のお話もそうだけど、お城も見て欲しかったし」
「あ、お城は私前にもみたことあったんだよ。すごく大きい建物だよね」
「そうなの?」
でも、好奇心旺盛なディアナならこの距離の移動を過去に済ませていても不思議ではない。それに、ルーナさんも一瞬で移動できるみたいだし。
「ねえねえ、もし私が来てなかったら、エミリアは帰ってから私にお話ししてくれるつもりだった?」
「うん。うまく絵がかけなかったら、魔術で氷柱を作ってから、風の魔術で削っていったりとかも考えてたんだけど……」
「え、なにそれ! すごい、それで一緒にお城も作ろう! あ、それだとその魔術をこれから使えるようになる予定の子も一緒のほうがいいかな?」
そうしてディアナが言ってくれるので、このままいい方向に進むんじゃないかと言う自信も湧いてくる。
どうなるかはまだわからないけれど、うまくいきますように。
そう私は心から願った。