◆第20話 令嬢の見解
玉飾りをもらった後、私はお父様と合流した。そして、いそいそと帰るのだけど……お父様にすぐ気付かれるくらい私は難しい表情をしていたようだった。
「何か嫌なことがあったのか? 難癖をつけられたなら、私が社会的に終わらせて……」
「あの、違います。決して」
物騒な言葉が聞こえてきたので、私は被せるようにそう言った。
お父様、どれだけ心配してくださっていたのですか。しかしこれだと少し意地悪をされたという話でも大袈裟にとらえられかねない。それだと、大変だ。
だから私は黙ることにした。
大したことでもないし、実害もないし、むしろ現状を知るきっかけになったのだからよかったとさえ思う。
「じゃあ、どういう雰囲気だったんだ?」
「雰囲気ですか」
本当は帰ってからゆっくり話したかったけれど、お父様が気になさっているなら馬車の中でもいいかなと思った。どうせ外に声が聞こえることもないしね。
「私、今日のお茶会でマチルダ様、ローレンス殿下、ルイス殿下とそれぞれお話をさせていただきました」
「……まあ、話さざるを得ないよね」
「お父様、率直にお尋ねいたします。お父様は両王子殿下のことを、どこまでご存知でしょうか?」
その言葉にお父様は少し驚かれたようだった。
……うん、五歳児が使う言葉にしては難しすぎたよね。
お父様は今までそれでも『うちの娘天才!』みたいに流してくれることは多々あったけれど、内容が王子に対する批評のような言い方になれば違和感も抱いたのだと思う。
けれど、お父様は少し目を細められただけで尋ねることはせず、私に大人に対して話すように仰った。
「ローレンス第一王子は学問、武術ともに長けている反面魔術が未だ発動できず、王位継承権を得ることが叶わない。ルイス第二王子は癇癪を起こしやすく問題はあるが、魔力量は豊富でマチルダ様が必要以上に誇っていると噂を聞いている」
「直接お話しなさったことはございますか?」
「あいにく両殿下ともに公式の場にお出ましになる年齢ではなくてね」
たしかに子供が人前に姿を現す機会なんて、限られていてもおかしくない。
しかしだからこそこの時期に継妃はルイスこそ後継者にふさわしいと周囲に宣伝するためお茶会を開いているのかもしれない。
ローレンスも招いてはいるものの、一切彼に構うことがなかった様子からもルイスこそふさわしいと示そうとしているのかもしれない。
けれど。
「私はルイス王子がこのまま国王として即位された場合、国が衰退するのではないかと懸念いたします」
「その言葉の意味をしっかり理解しているかい?」
「はい。第二王子は周囲の取り巻きにおだてられ、とてもご満足そうでした。ですが人を見下すような振る舞いをなさっている節があり、さらにはマチルダ様も咎めておられません」
「具体的に何か言われたの?」
「励め、と。そうすれば使ってやらんこともない、と」
私がそう言うと、お父様は笑みを浮かべた。
「よし、今から我が領土は独立でもしようか。昔からのよしみで付き合ってやっているが、今、どちらが有利な立場にあるのか知らせる良い機会だ」
「あの、お父様。相手はまだ子供です。陛下が仰ったわけではこざいません」
「わかってるし半分は冗談だよ。でも、腹立たしいだろう。私の可愛い娘になんたることを言うんだよとね」
お父様はそう言って口を尖らせる。
そこは今の本題じゃないんだけれど……ひとつ、この機に聞いておかなければいけないこともある。
「半分本気ということは、本気になれば叶うのですか?」
「まあね。この国が近年他国……とりわけ西の帝国に対して有利に交渉できるのは魔術大国の象徴ともされる、世界で最も高純度の魔結晶を輸出しているからだ。最高純度の魔結晶を精製している土地は伏せられているけれど……実はうちだよ」
「だとすると……もしもリブラ家が怒ってそれを作らなくなったら国外だけではなく国内にも影響が……?」
「正解。質の高い魔石の採掘だけならともかく、精製技術は代えが効かない。だから、国の重要な部分が機能しなくなる」
……さらりと言われてるけど、これ、かなりの機密だよね? 子供がうっかり外部に漏らしてしまったら大変なことになるお話だよね……?
それだけお父様に信頼いただいているということなのだろうけど……内心動揺する私にお父様は言葉を続けた。
「さて、我が家の状況はこの通りだ。この話を聞いて、私の可愛い娘は何をしたい、何ができると考えるかな?」
……これは、お父様は私に物事を考えるだけの力があるとお考えくださり、なおかつ今の話を聞いて可否を判断できると期待してくださっている。
でも、正直これだけの情報でなにができるかどうかなんてわからない。だって、私がやりたいことに我が家の優位性なんて関係ないのだもの。
「私はローレンス殿下に王位を継いでいただけるよう、立ち回りたいです」
「また、さらっと難しいことを言うね。国王になる前提条件は魔術を行使することは必須だから、そればかりはリブラ家としてもできることはないよ」
「魔術を他の人が代わりに行使するのでは、ことたりないのですよね」
理由は聞いていないけれど、ローレンス殿下がそれでは無理だと言っていた。
私が間髪を容れずそう尋ねると、お父様は頷かれた。
「その通りだよ。この国は公務上でも当たり前のように魔術を使う。たとえば、遠方の地域と連絡をとるのも、城にある大きな鏡に姿を映してやりとりをする」
それは知らなかったことだ。
うちでもそんなものは見たことないんだけど……?
「発信場所にも傍受場所にもとても大きな設備が必要だけど、拠点とされているところには必ずある。我が家だと地下にあるんだけど……もっと簡易な、声だけを伝える簡易版の水晶玉も存在する。簡易版であっても貴族でも簡単には所持できないほど価値があるけれど、国王ともなれば使えないと話にならない。これはあくまで一例で、その他日常的な仕事すべてに他人の手を借りなければならないとなると問題も生じる」
「それもそうかもしれませんし、法律には従わなければなりませんが……問題ある人が王様になってしまえば本末転倒です」
ローレンスとは異なり魔術が使えるといっても、ルイス殿下であればせっかく得た情報でも正確に理解するのは難しい気がする。もちろん彼はまだまだ子供なので教育次第で矯正される可能性もあるが、今日の様子を見る限りルイス殿下を諫める人など期待できない。
「一応、陛下も現時点ではルイス殿下を立太子なさるつもりはないはずだ。ただ、ローレンス殿下が魔術を発現する可能性を考えて待っておられるわけじゃない。どちらかといえば新たな側妃をお考えだろう。ただ、最適だと思われる相手が見つかっておらず、機が熟すのをお待ちなだけだ」
「……ローレンス殿下も陛下には側妃をお迎えいただき、新たな世継ぎ候補の誕生を望んでいらっしゃいました」
「十歳の王子が口にする言葉としては、ずいぶんとしっかりしてらっしゃるじゃないか。それは本心のようだったの?」
「はい。今のままであれば、いずれルイス殿下を補佐できるように今から励まなくてはいけないとも仰っていました。ですが……それは、魔術が使用できないからこそそう思われているだけだと思うのです」
できないからこそ、できることを頑張る。
それは簡単にできることではないと思う。
悔しかったり悲しかったり、そんな思いを抱いていると前を向くのは難しいと思う。ローレンス殿下が悲しんでいないと断言するわけではないけれど、すくなくとも自分にできることをしようとしている姿はとても立派だ。
「お父様も先ほど仰っていました。ローレンス殿下がこれから魔術を発現される可能性もあると。ならば、本当に諦めるべきなのか、まず取り組んではと思うのです」
「けれど、宮廷魔術師の指導も受けていらっしゃる。陛下だって、将来性が見込める王子であれば放っていなかったと思うが」
「はい。でも、陛下が命じられる相手は人間だけでしょう?」
そう私が尋ねると、お父様は目を見開いた。
「もしかして……精霊様?」
「はい。もちろんディアナの了承を得られたらの話になりますが」
「たしかに精霊様であれば、なにかお気付きになることはあるかもしれない。けれど精霊のことをローレンス殿下に話すつもりなのか?」
「殿下にはこっそりお会いしていただくつもりです。ほかの人に気づかれるようなことはしませんし、口外しないとお約束していただきます」
人任せな自覚はあるけれど、なにもできないわけではない。
その上でもしもそれでも無理だった場合はローレンス殿下を傷つけてしまうかもしれないけれど、挑戦する価値はあるはずだ。
だって、ローレンス殿下もお礼を言ってくださった。
「……あくまでも内密に、だよ。リブラ家があまり王家に近づこうとしていると誤解を与えたくないし、その状況でローレンス殿下が魔術を習得できなければ窮地に立つ可能性もある。下手をすると王家を乗っ取ろうとしているなんて言いがかりをつけられ、戦に発展しかねない」
「はい。心に留めておきます」
「それにしても、私の娘はお人好しだね」
肩をすくめてそう言われた私は首を傾げた。
お人好し? 私はお人好しではない気がするんだけどな。
ローレンス殿下を勝手に応援したいと思ったり、国の未来を案じた行動はどちらかというと自己満足や安泰を動機にしているような気がするし。
それに……。
「私はお父様のほうがお人好しだと思います」
「それはどうして?」
「だって、独立できると言いながらしないのは、領地以外に住む多くの王国民のためなのでしょう?」
陛下の命を拒否することもできると言ったり、独立もできると言ったりしても実際にしないのは、それで困る国民がいるからだろう。
「まあね。うちの領土が栄えるのは前提だけど、それだけじゃ寂しいからね」
そうしてお父様は軽く息を吐いた。
それは照れくささや気恥ずかしさを誤魔化そうとしている、かわいらしい様子だった。