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◆第19話 小さな紳士

 少年に連れられ移動した先にはいくつかの長椅子が用意されていた。

 それらは噴水を眺められるように設置され、ちょうどルイス殿下や継妃様に背を向ける格好にはなる。

 椅子は何脚とあり、少し離れたところで噴水を見ながら談笑を楽しんでいる子供もいる。


「とりあえず、ここに座ろうか。君はお茶と果実水ならどちらが好みかな?」

「ええっと、果実水のほうが好きです」

「わかった。少し待っていてね」


 そうして近くの給仕に少年が声をかけると、ふたつのグラスが届けられる。


「オレンジとりんご、好きな方を選んでいいよ」

「先に私が選んでよろしいのですか?」


 もし欲しいものが重なっても、もう一度用意はしてもらえることだろう。けれど、あえて先に頼んでいるものを持ち帰らせるのも……などと私が躊躇っていると、少年は柔らかく笑った。


「私はどちらも好きだから選べないんだ。だから先に選んでくれると助かるよ」


 優しい……!

 この人、絶対お兄ちゃん属性があるよね。

 ルイス殿下より少しだけ大きいだけなのに、差がすごい。小さなジェントルマンだ。

 私は好意を無駄にするのも申し訳ないので、遠慮なくリンゴを選んだ。

 そして一口いただくと、とても美味しくて和んでしまった。


「しかし君は随分しっかりしているね。さっきのだって、ご令嬢方のこと、怖くなかったの?」

「怖いということはありませんでした。ただ……」

「ただ?」

「あの方たち、もう少しきちんと考えたらいいのにとは思いました。家の紋章を背負ってるときにする発言ではないです」


 あの二人の衣装にはそれぞれ紋章が刻まれていた。一人は帽子に、もう一人は扇につけていたチャームのようなものに、だ。

 形は覚えたので、あとで調べればどこの令嬢かはわかる。


「紋章までちゃんと見ていたんだ。しっかりしているね」

「あちらも見せるために装飾に取り入れているから見ることができたのだと思います」

「でも、怖くなかったとしても腹立たしかったでしょう。冷静だよ」


 内心はそこそこ怒っていたので、冷静と言われるのは少し後ろめたい。そもそも中身は小さな子供ではないわけだし。

 もちろん、言っても得にはならないことなので言えないけど。

 少年は一口オレンジジュースを飲んでから言葉を続けた。


「一応言っておくと、ご令嬢方みんながあんな高圧的な子ばかりじゃないからね。ただ、あそこにいたのは男女問わず第二王子に取り入ろうと必死な子ばかりだったけれど」

「ほかの方はどうなのでしょうか?」

「少なくとも表面上は穏やかじゃないかな」

「それって……逆に言えば腹芸ができる方、という可能性も?」


 そう私が尋ねると少年は吹き出した。


「きみ、本当に五歳? 面白いことを言うね」

「今の、面白かったのですか……?」

「いや、そうだね。逆にその年だからこそ遠慮なく聞けるんだよね。でも、腹芸って……」


 どうやら少年は腹芸という言葉がツボに入ってしまったらしい。普段使わない言葉だからだろうか? 貴族のツボ、いまいちわからないな……。


「そうそう、さっきのご令嬢方の紋章だけど、杖の絵が入っていたほうがソーカ家、もうひとりがサーザル家の令嬢だ。二人とも、没落し始めた家だから必死だね」

「没落?」

「どちらも魔術の名家だったんだけどね。その地位を武器に代々いろいろ悪さをしたから多額の懲罰金を課せられ、領地と貴族位の没収を食らっちゃったんだよ。二人とも継妃の友人の娘だからここにいるけれど、本来は貴族でもないし招待者リストにも名前はない」

「それって……陛下はご存知なのですか?」


 せっかく懲罰を与えて是正したのに、その子供が継妃や王子と近しい関係にあるのは望ましいことではないはずだ。……近しいと言っても、取り巻きの一番外側ではあるけれど。


「こっそりとお耳には入っている。ただ、お茶会は継妃主催の私的なものという扱いで公費を使ってるわけでもないからね」

「……でも、もやもやする人選です」

「第二王子も疑問を抱いてくれれば良かったんだけれど……彼はああやって周囲に囲まれることを何より好む。継妃も正妃がご存命で側妃だった頃は中立公平な方だったらしいんだけどね」


 ずいぶん詳しいと思うと同時に、この少年の言葉の選び方がかなり大人びているように私は感じた。お兄ちゃん属性を通り越している大人びた雰囲気だ。

 でも……。


「あの、大丈夫ですか? ここで、その話題って……」


 少年の言葉が漏れて継妃に伝われば、少年が不利益を被るのではないだろうか。

 しかし少年は穏やかに、かつ困ったように笑っていた。


「大丈夫。話しかけない限り、私のことは誰も気にしていないよ」

「そうなのですか?」

「うん。何せ私は役立たずで継承権のない第一王子のローレンスだから。この会だって、継妃は第二王子の人望を私に見せつけたいという思いから開催してるし」


 あっさりと言われたけど、それはとんでもない告白だ。

 名乗られないので名乗り忘れかとも思っていたけど……まさかの王子さま!

 何か失礼なことを言ってしまっていなかったか、今更ながら私は思い返す。うん、大丈夫。遠慮なくりんごジュースをえらんだだけだ。


「やっぱり驚いた?」

「その聞き方、意地悪です」

「ごめんごめん、意地悪な人は嫌って言ってたね。でも、言うタイミングなかったし」


 いや、作らなかっただけだと思う。

 でも第二王子があんな状態で第一王子がこんな雰囲気なら、第一王子が王位を継承することはできないのだろうか? むしろ状況を憂いている様子なので、自ら継承権について名乗り出てもよさそうなのに。

 しかし少年にそのような考えはないようだ。


「ちなみに、私は可能であれば陛下にもう一人世継ぎ候補を作ってほしいかな。継妃様との間となれば継承候補は現在と変わらないだろうから、できれば側妃を娶っていただきたいところだけれど……」


 殿下があっさりと言うにはかなり重い、いや、重すぎる内容だと思う。


「あの、殿下。殿下はどうして……将来国王の座に就こうと思われないのですか?」

「どうして?」

「お話ししていて、思います。私だったら、ローレンス殿下に王様になって欲しいです」


 少なくとも第二王子より客観的で、少し達観しすぎてるかもしれないと思うくらいだ。

 それなのに自分が王位を継ぐという選択肢はとろうとしない。警戒されないように装おうとしている……というわけでもなさそうだし。

 私がじっと目を見ると、殿下は私の頭を撫でてくれた。


「ならないんじゃなくて、なれないんだ。私は魔術が使えないからね」

「それは、ほかの人が……たとえば私がお手伝いをするのでは足りないのですか?」

「ありがとう。でも、決まりだからね」


 王位継承に魔術が必要。

 そんなことは初めて聞いたけれど、それは絶対必要なことであるのだろうか?

 ただ……もし相当な努力で変えられることだとしても、なにも実績のない子供が主張しても無理なことなのかもしれない。


「私、魔術に詳しい子、知ってます。もしなにかわかったら、ご連絡します」

「城の魔術書でもわからなかったのに?」

「はい。だって、お城が知識を全部持っているとは限らないですよね?」


 確かに相当な研究がお城ではされているとは思うけど、絶対にそれが自分に合うっていう保証はないし。

 でも、ローレンス殿下にはあまりピンときた様子がなかった。もしかすると、それだけ魔術書が城には充実しているからかもしれない。

 けれど――それでも、ここがすべてではない。それをローレンス殿下には納得していただきたい。


「ほら、たとえば……殿下は摘みたての木イチゴ、食べたことあります?」

「ない、けど」

「ほら、こんなにいろんなものが集まる場所でも知らないものがありますでしょう? もしかしたら、殿下のすごく好きな味かもしれないのに、知らないことだってあるんです。もちろん、逆にものすごく嫌いな味かもしれませんが」


 私が堂々と言い切ると、殿下は虚を衝かれた表情を浮かべていた。そして何度も瞬きをなさっている。

 ……あれ? うまく伝えられてなかったかな?

 そう一瞬焦ったけれど、次の瞬間には殿下が肩を震わせていた。


「で、殿下……?」

「いや、ごめん。ちょっと私の視野が狭かったかなと自分で思って」


 なんとなく、伝わってはいたらしい。なら、よかった。

 でも、可能性があるとは言っても、私は魔術に詳しい訳じゃない。

 けれど調べるにあたり協力を願い出られる相手ならたくさんいる。


「ところで殿下は、ウサギはお好きですか?」

「ウサギ?」

「はい」

「実は実物は見たことないかな。飼っているの?」

「飼っているわけではないんですが……ウサギの友達がいるんです。よければ、会ってくださいませ」


 私がそう言うと、殿下は目を細められた。


「楽しみにしているよ」

「はい」

「でも、なかなか私がリブラ家の屋敷を訪ねることはできないからね。だから……もし、君が私に会ってもいいって思うときには城に来て、これを衛兵に見せればいい。私の許可があると伝わるから」


 それから渡されたのは小さな四角形の金細工が付いた玉飾りだった。玉の色は瑠璃色で、殿下の瞳と同じだ。金細工には多重の花弁が重なる花が描かれている。サザンカに近い花に見えた。

 そして……。


「高そう」


 この一言に尽きる。


「なくさないでね」


 そう言われたけれど、言われずともなくすとまずいことは見ただけでわかる。

 殿下にご挨拶するには必要だとしても、もう少し持っていても緊張しないものならよかったのにと思わざるを得なかった。



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