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◆第1話 転生先は大変なお家でした。

 赤ちゃんとなって転生してから、もうすぐ四ヶ月。

 毎日自堕落な生活をする……ことに飽きてしまった私は、完全に寝返りをマスターしました!

 思った以上に寝返りって高難易度の技だったんだね。どうやったら動けるのかを頭で理解していても、なかなか身体は追いつかなかったよ。


 でも、そのおかげで自分の部屋の状況がよくわかるようになった。

 いままでも乳母のナンシーに抱っこされ、ある程度は見れていたけれど……やっぱり自分で動いてみたい方向を見られるのはいいよね。思いつく限りの筋トレをしてよかったよ。筋トレっていってもただ手足をバタバタ動かす程度のものだったけど、きっと役には立ったはず。


 この調子だとお座りできるまでもう少しかな?


 でも、まだ自分で起き上がることはできないから、まずはその練習はしなきゃいけないかな。前世で赤ちゃんは自由でいいなと思っていたけれど、意外とやることが多くて大変だ。早くそうしたいって思うから忙しいだけかもしれないけれど。


 でも、そうやって改めて自室(らしき場所)を見て思う。


 私のお部屋、凄いよ。一体何畳あるんだろうね? お掃除が大変そうなくらい広いよ?

 お嬢様と呼ばれていたので、ある程度お金持ちの家なんだろうなとは最初から思っていた。でも、この状況を見る限り飛び抜けたお金持ちなんだと思う。だって……私の行動範囲なんて、まだベビーベッドの上だけなのに。

 そうして部屋のなかを見回していると、小さなノック音がしたあと、ゆっくりとドアが開いた。


「あら、今日もお昼寝はなさっていないのですか? エミリアお嬢様」

「あう」

「そろそろお風呂のお時間ですからね。もう少しだけお待ちくださいね」


 そう言いながら入ってきたナンシーは今日も穏やかな表情を浮かべている。

 私はこのナンシーが大好きだ。あとは、たまにおもちゃを差し入れてくれる執事のロバートも大好きだ。ものすごくクールなロマンスグレーのおじいちゃんなのに、いないないばぁもしてくれる。その時の変顔を見れば、ギャップに悶えずにはいられない。


 でも、だからといって順風満帆なわけではない。

 不安はある。ものすごく大きな不安が。


 だって、前世の意識が宿ってから今日の今日まで、私はまだ両親を一度も見ていないんですよ。

 家族との楽しい思い出も欲しいって思っていたのに、たった一度も見ていないんですよ!


 ナンシーが話してくれるので一応両親についての情報はもっている。

 ひとまず、両親は生存はしている。

 いつになったら会えるのかまったくわからないけれど、存在は教えてはもらっている。

 とりあえず、寝物語的に今までに家族を含め聞きかじった私の周囲の情報を整理しよう。


 まずこの国の身分は大きく王族・貴族・平民にわかれているらしい。貴族の家には爵位というものはないようだけれど、格というものはあるらしい。そのなかでも一番上の特別なグループには五つの家があり、『五将家』と呼ばれているそうだ。


 そして……その一つが、私が生まれたリブラ家らしい。

 リブラ家は一応国王陛下に臣従する立場であるものの非常に独立性が高く、実質的に国のような状態らしい。

 つまり私は普通のお嬢様でなく超級のお嬢様である。お部屋の広い理由はここにあるのだろう。ただ、やっぱり広すぎるお部屋は今の私に必要ないと思う気持ちに変わりはないけれど……!


 ただ、そうは言われても実感は薄い。だって、両親の姿を見たことがないからね。


 父は私が産まれる前に五将家としての仕事に行ったきり、まだ一度も帰宅してないそうだ。それを初めてそれを聞いた時は『え、ちょっと、それ本当に生きているの!?』と、震撼したけど、とりあえず生きてはいらっしゃるらしい。


 一方、母は外国の王室から輿入れしてきたと聞いている。


 え、つまり私、どこかの国王陛下の孫娘!? って驚いたけれど、母に会ってもらえていないのでその実感は本当にない。身体を悪くしてるとは聞いてないけれど……母の存在は謎に包まれている。


「エミリア様の瞳は、今日も旦那様と同じきれいな青色ですね」


 そうは言いますがナンシーさん、そのお父様を私は見たことないですよ!


「エミリア様の御髪は奥様と同じ銀色ですね」


 そのお母様も、見たことないですよ!

 せめて二人が不仲でなければいいのだけれど、仲が良ければ今みたいな状況じゃないと思うんだけど……。だって、二人の可愛い娘である私には会いに来てくれると思うよね……? 思ってもいいよね……?

 私がそんなことを思っていると、ナンシーが軽やかに言った。


「明日は旦那様がお戻りになられるそうですよ。初めてお父様にお会いされることになりますね」

「あうっ!?」


 受けた衝撃のせいで、私は今までにない声を出してしまった。

 ナンシーもそれには驚いていたみたいだけど、すぐに笑った。


「あらあら、さすがはお嬢様ですね。ちゃんとおわかりくださったのですね」

「あうあう(本当に?)?」

「奥様と一緒にお出迎えいたしましょうね」

「あうっ!?」


 さらなる衝撃も強大であった。

 しかしナンシーはその後、少し心配そうな表情を見せたあと、窓の外を見て小さく呟いた。


「きっと……今度こそ、仲良く過ごしてくださいますから」


 なんですか、その不安な予言。

 それ、今まで仲悪いですっていうのと同義ですよね?

 そう思わずにはいられなかった。



**



 そして、翌日。

 広間に連れてこられた私は初めてお母様をこの目で見た。

 お母様はとても綺麗な人だった。目元は涼しげで、背筋が伸びていて、背も高い。ただ、無表情だったので少し冷たい印象だった。そして、思ったよりも若い。二十歳前である気がする。


「ナンシー。そちらがエミリアですか」

「はい。お嬢様でございます」


 声も凛としていたんだけど……それ、娘を見て尋ねる質問ではないんじゃないですかね。そう思うと私も引き攣る。ほかにこの屋敷に赤ちゃんっていないでしょうに。


「お嬢様をお抱きになられますか」

「いいえ、結構よ」


 お母様は即答なさった。そしてそれも冷たい声に聞こえた。

 こんなに愛らしいサイズの子供なのに抱き上げないなんて、本当にこの人が私のお母さんなのかな。ほら、ナンシーも困ってるじゃない。

 けれどお母様は私もナンシーのほうも二度目は見なかった。


「ナンシー。悪いけれど、その花瓶に生けてある花の色を変えて欲しいの。エミリアはそのソファの上に置いていて構わないから、変えてきてくれる?」


 うわぁ、抱き上げないのに、そんなことだけ言ってきた!

 我が子よりお花が大事ですか。……いや、これはもしかしたらお母様はそもそも私を産みたくなかった可能性さえある気がする。そうだとすると、なんだか申し訳なくなるな。

 そうだとすると、恨み言なんて言わず感謝しかいっちゃダメな気もしてくる。

 ナンシーは私を遠慮がちにソファに置いた。そして再びお母様に尋ねる。


「畏まりました、すぐにご用意いたします。何色にいたしますか」

「黄色か青か、どちらか――いえ、両方作ってから持ってきてちょうだい。急がなくてもいいから、私の満足するものを頼みます」


 私が初めて見るお母様は、我儘を言う人だと感じてしまった。愛想も悪い。高飛車な言い方は、ザ・お嬢様だ。いや、実際にはお姫様だったんだけど。相当甘やかされて育ったのかな…?

 きっと、私がこの振る舞いを見習ってしまえば周囲から反感を買った挙句に将来幽閉とか斬首とか酷い目に遭うんだよね。うん、知ってる。

 そんなことを私が思っている間にナンシーが部屋をでた。

 そしてドアが閉まり、私とお母様だけの二人だけの空間になる。

 正直、かなりいたたまれない。

 お母様にとっても不快かもしれないけれど、これなら私も自室で一人座りする練習でもしていたかった。ここでそんなことをしようものなら、どんな目で見られるかわからないし……。

 お父様もこんな雰囲気の人でギスギスした家族なら嫌だなと思っていると、突然声がかかった。


「エミリア」

「あい!」


 返事というよりは驚いて反射的に声を出してしまったという方が正しいが、私はそれくらい突然呼ばれたことに驚いた。だって、お母様、先程までは私に興味を持っている素振りなんて一切なかったじゃないですか。

 けれどお母様は次の瞬間には私に近づいてきた。

 な、本当に何でしょうか……! 顔が近いんですけど!

 そしてお母様は再び口を開いて言葉を発した。


「ああ……アーサー様と同じ、すてきな瞳の色……」

「あう?」

「目元も優しいあの方にそっくり」

「ああう……?」


 ……あれ、なに、この慈しみの声。

 相変わらず表情筋は微動だにしていないけれど、明らかに好意に満ちた声だった。

 お母様は優しい手つきで私の頭を撫でた。


「あの方に私は相応しくないけれど、あの方があなたを抱き上げた後は、一度でいいので抱き上げさせてくださいね」


 え? 娘の私に敬語……?

 何だか、お母様のキャラが変わってませんか……?

 というより、お母様は表情筋が動かないだけの人……? 相応しくないってどういうこと? お父様に遠慮して私に近づいていないということ??


 たくさんの疑問を浮かべる私を撫でる手がとまったのは、ナンシーが帰ってくる足音が聞こえたその時からだった。


 お母様は元の位置に座るとしれっとナンシーが退出する前と同じ体勢で、「ああ、青いお花のほうがいいわ。黄色いものは私の部屋に飾って頂戴」と言っていた。


 でも、私はここで気付いた。


 もしかして二つ用意するように言ったのは、人目を避け私とお話をするためだったのではないか。

 けれどもしそれが正解なら、なぜお母様は人目を気にしているのかわからない。

 キーワードとしてはお父様との関係がありそうだけれど……とにかく謎は深まるばかりだった。



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