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◆第15話 魔術の練習

 誕生日以降、私は国王陛下への挨拶の仕方やお茶会の注意点を教えてもらった。


 といっても、要約すると『丁寧な挨拶をした後は、とにかくお話を聞きましょう』だ。


 そして陛下への謁見はお父様と一緒に向かうそうだ。

 お母様は身重なので、謁見どころか王都に向かうこともお父様は大反対された。もちろん、私も。お母様は納得されていなかったけれど、反論できるだけの材料を持っていらっしゃらなかったので領地に残ることとなった。

 ただし「やるだけのことをやったらすぐに戻ってくるから!!」と、お父様はお父様でお母様のことを案じていらっしゃった。


 そして謁見後のお茶会については、基本的に会場には子供だけしかいないらしい。その間お父様は陛下と歓談予定があるらしいし、他の子どもたちはそもそも子供だけで来るそうだ。

 いまいちイメージは湧ききらないけれど、ひとまず謁見については自分から話さなければいけないわけでもないというなら、少し安心かも。とりあえず社会見学という気分で謁見には挑もうと思う。


 ちなみに、謁見はひと月後となった。

 気掛かりなことは早く終わらせたいけれど、ある程度余裕があって助かったとも思う。

 そして私はそれまでの間、作法を学ぶと同時に魔術を学ぶことになった。

 初めて魔術を学ぶ前日、私はディアナに明日から魔術の練習が始まる旨を伝えた。

 するとディアナは「私も参加する!」と言った。

 そしてその翌日、ルーナさんを伴って朝一番に屋敷にやってきた。しかも人型だった。

 これにはお父様もお母様も卒倒しそうになっていた。


「我が子がおぬし等の子に迷惑をかけてそうでな。一度挨拶をしておこうと思った訳じゃ」

「いえいえ、そんな……むしろ、大変光栄に思っております」

「いやいや、世辞はよい。ただ、坊が迷惑をかけたのであれば、我も一度訓練とやらを監督せねばと思ってな」


 そして、訓練は始まった。

 お父様は本当はお仕事で外出予定があったけれど、急病ということにして屋敷に留まられることになった。精霊様が来ているのにもてなさないで出て行くなど、あり得ないことらしい。かといって外部の人に『精霊がお二人も我が家に来ている』などと言えないから、そういう判断になったんだと思う。


「では……まず、エミリアは魔術を初めて使いますから、視覚で確認できるようにしましょう」


 そしてお母様が持ってきたのは水晶玉だった。その中には雲みたいなものが渦巻いている。


「ここに、力を込めると雲を動かすことができるの。まずは、好きに動かせるまで頑張りましょうか」


 そう言いながらお母様は水晶玉に手をふれた。すると雲がギュッと集められ、縦一直線になった。

 おお、動いた。


「慣れると直接手で触れなくてもできるようになります。その後は、実際に大気中の霊素を操るのだけれど……まずは、最初のことができてからね」


 その様子を見ていたルーナさんは感心したような声を出した。


「ずいぶん安全な方法じゃな。我らとはやり方が大きく違う」

「精霊様はどのような方法で?」

「我のときはまず崖から突き落とされた。力が使えねば死ぬかもしれんという状況で訓練する。ただ、なかなか地面が怖かったからな。ディアナのときは下が川の場所を選んだぞ」


 それを聞いたお父様の顔は青ざめた。たぶん私もひきつっている。


「さ、左様ですか」


 表面上の変化のないお母様も声は動揺していた。だが、ルーナさんに気にする素振りはない。


「まぁ、我らは人と違いその程度では実際には死なんからな」

「そうなのですね」

「ただ……この方法は面白そうじゃな」


 そう言ったルーナさんは水晶玉に触れた。雲はその場所から逃げるように反対側へと流れていく。


「母上、ずるい! 私もやる!」


 そうしてディアナも参戦し、私はしばらく傍観した。けれどそのうち二人は私の練習だったはずだということを思い出して、「はやくエミリアもやらないと!」と水晶玉の番を譲ってくれた。

 そして左右から私にアドバイスをくれるんだけど……あの、私はまだ今日初めて触る人だからね? 幼子に見えて三十歳超えのディアナやベテラン精霊のルーナさんとは違うからね……?

 ちなみにこの間、お母様とお父様はそれを微笑ましく見てらっしゃっていた。どうやら、精霊に対する緊張は解けたらしい。


 うん、だって……この状況だとどう考えても威厳がないもんね!


※※※


 当初お母様の見立てだと、この訓練は一年ほどで水晶玉から離れていても自由に扱えるようになるんじゃないかということだった。

 でも、練習を始めると十日ほどで水晶玉から手を離しても雲を操れそうというところまでやってきた。


「エミリアは魔力の扱いがとても上手ね」


 そうお母様に仰っていただけるのはとても嬉しかった。

 魔力量の多さと魔術の扱いのレベルについては比例しないらしく、お母様にとっても想定外だったらしい。魔力量があっても体に負担をかけすぎるのはよくないということで訓練は毎日一時間ほどだけど、そのときにはディアナもいつもルーナさんと一緒に来ていた。

 でも、最近のルーナさんは私の練習を見る目的でやってきているのではない。

 彼女の真なる目的は、お母様とのお茶会だ。


「今日はどのような『けーき』がある?」


 そう尋ねるのが最近のルーナさんの日課となっていた。お母様とお話ししながら甘味を食べるのが楽しいらしい。

 精霊は基本的に食事は不要なのだが、食べたら美味しかったということなのだろう。

 最初は来訪時には家にいなければと思っていたらしいお父様も、最近では普通に仕事に行っている。ルーナさんがざっくばらんな雰囲気であることと、こうも連日やってくるのなら、さすがに仕事をため込めないからだ。

 ただ、お父様は『私も極力お茶会に参加してわが子の成長を見守る会に混ざりたい』と心底悔しがられていた。なんですか、その会の名前! いつの間に結成されていたの!?


 そして遠隔操作ができるようになってから五日後、私は少しだけ風を操ることもできるようになった。できたとは言っても風はまだまだ小さく、手のひらで踊らせるようなことしかできなかったけれど。それでも確実に自然に発生した風ではなかった。


「エミリア、これはすごいことよ。まだ五歳なのに、本当に魔術を発現させるなんて」

「しかも良い風じゃ。無理なく、自然に身を任せておる」


 そうお母様とルーナさんは誉めてくださった。ディアナは「でしょ、でしょ!?」と、まるで自分のことのように得意げになってくれていた。

 私はこれには照れ笑いを浮かべたけれど……実際の所、少しだけ後ろめたかった。

 だって、これはディアナに乗ってお屋敷を抜け出していたことが役に立った気がするんだもん。

 お母様は『魔術はイメージを持つことが大事』と仰った。それも、自分が火や水と一体になるようなイメージだそう。

 だから私はディアナに乗ったときに感じる風のイメージを強く抱きつづけたらできるようになった、ということだ。

 一度魔術を発現させたことでコツがわかったおかげか、翌日には何もない空間に小さな氷の結晶を出現させることに成功した。

 私としてはあまりの小ささに驚いたけれど、お母様たちは別の意味で驚いていた。


「もう氷の魔術も会得したの……!? 二属性目をこんな短期間に覚えるなんて……」

「氷は我ら神兎族の一番得意とする分野。ディアナとの縁で使いやすいのかも知れんな」


 その言葉に再びディアナが大手柄だといわんばかりに胸を張る。

 でも、私としてはあまりに小さな氷だと少し恥ずかしいんだけどなぁ……。早くもう少し格好がつくように頑張らないと。

 そう決意する私の袖をディアナが引いた。


「ねぇねぇ。次は雪を作ろうよ」

「え……雪?」


 軽く舞うような雪と、今私が作り出した氷では様子がだいぶ違う。雪の結晶だと六角形だし……ふわふわさせるようなものって、うまく魔術で作れるのかな……?


 そう戸惑う私にディアナは自身の胸を叩いた。


「できるよ、エミリアなら。イメージが湧かないなら、私が見せてあげる!」


 そう言ったディアナは右手を高く上げた。

 するとディアナを中心に風が巻き起こり、ふわふわと白い雪が舞い始めた。


「わぁ」


 その中心にいるディアナは雪ん子みたいだと私は驚いた。可愛い。とても絵になる。

 思わずルーナさんの方を見たら、ルーナさんもデレデレな表情だった。

 わかる、わかるよ!

 私が親でもその反応になるもん!


「さすが我の子。だが、ディアナはもう少し練習せねばならんな。お主、大した量も降らせておらぬのに、そろそろ限界がきておるじゃろう」


 ルーナさんがそう言うのと、ディアナの雪が収まるのはほぼ同時だった。

 ディアナの笑って誤魔化そうとする姿も可愛いのだけれど、ルーナさんはそれを見過ごすことはしなかった。


「お主もエミリアほど真面目に稽古しておれば、今頃はもっと活躍できただろうに」

「う……。で、でも! その結果エミリアに出会えたんだから、意味はあったよ! 真面目に」

「少しは反省を見せんか。お主よりエミリアのほうがよほど大人に見えるぞ」


 そんなルーナさんの言葉にもディアナはへこむ様子など一切見せなかった。

 ただし言い争いになれば勝てないと踏んでか、こちらに顔を向けた。


「私、雪合戦したいの! エミリアも雪が作れるようになったら一緒にやろうよ」

「雪合戦……?」


 雪合戦というのは、あの雪合戦だろうか?

 私が想像している雪の投げ合いなら令嬢がするものではないと思うのだが、どうなのだろうか? もちろん、構わないならやりたいけれど……。

 そう思ってお母様を見てみると、お母様はにこにことしていらっしゃった。


「エミリアは雪合戦は知らないわね」

「えっと」

「雪はわかるわね? 雪合戦は、雪を固めた固まりを作り、それを対戦者に投げて当てるスポーツなの。ルールにもよるけれど、顔や頭みたいに当てたら危ない箇所は避けた方がいいわ」


 そんなお母様の説明に私は驚いた。

 丁寧な説明だけど……お母様、随分お詳しいような……? お姫様こそ雪合戦なんて知らなさそうなのに。


「ほう、人間も雪玉で遊ぶのか」

「私は北国の出身ですので、雪合戦は身近な競技でした。私は参加ではなく観戦でしたが、国家行事として大会も行っておりました」


 な、なるほど。

 私が思っていたよりも本格的な雪合戦だ。

 ルーナさんも「なるほど。祭典があるとまでは考えておらなんだわ」と驚いている。

 私もびっくりだよ。

 でも、お母様が了承してくださるなら私も雪合戦はぜひともやりたい。だって雪だよ? はしゃぎたいよね?

 と、いうことで私のやる気とディアナの応援はますます熱を持った。

 雪を作り出す魔術はやはり難しい。

 けれど、これができるならほかの魔術も習得しやすくなりそうだとお母様は言ってくださった。


「難易度は高いけれど集中力を養うにはちょうどいいし、エミリアならきっとできるわ」


 そんなことを言われてしまったら、やっぱり頑張るしかないよね!

 だから私は時折気分転換にほかの魔術を試してみつつ、雪の魔術の練習に励んだ。

 ただ、その気分転換をしていたときに気づいてしまったのだけれど、私はどうも火の魔術は苦手みたい。なんとなく、背中にぞくぞくするものが駆け上がるみたいな苦手な雰囲気が強い。

 そのことをディアナに言うと、ディアナは長く唸った。


「それは、私の精霊としての属性が真逆だからかも。契約で、エミリアにも影響が出ているの……かも?」

「そうなの?」


 断言とは少し遠い解説に私も首を傾げてしまった。

 何か魔術が使えるだけでもとても凄いことだから悲観はしないけれど、いまいちすっきりとしない回答だ。

 けれど私の反応を違う意味でとったのか、ディアナは慌てた。


「で、でもその通りなら水や風に関する魔術は類稀なる力になるはずだよ!」

「あ、うん。頑張るよ。雪も降らさなきゃだし」

「うんうん! エミリアって頑張りやさんだから、きっと世界一になれるよ!」

「そ、それは買いかぶりすぎかな……?」


 誉められるのは嬉しいし、使えて困ることはないけれど、そこまで大きな力は使えないと思うし、仮に使えたとしても困惑する。

 さすがにそんなに大きな力となると、使う場面が想像できないし。

 ちなみにその報告をお父様にすると「お外では絶対に内緒だよ、騎士団に勧誘されかねないからね。剣を学びたいなら私が教えるから、あえて騎士団に入らなくてもいいからね」と真剣におっしゃった。

 そしてその理由が「あんなところに行くと遠征に行くこともあるし、会える時間が減っちゃうじゃないか」ということだ。


 騎士になりたい訳じゃないけど、騎士団に入団できるような年齢になってもお父様から見れば私はいつまでも小さい子供なんだろうなぁと遠い目をしてしまった。

 これは将来の結婚が大変そうだ。肝心の相手がまだいないけどね。


 でも、そんなことを言いつつも一番の理由は『精霊の寵愛を受ける魔術の天才』なんて噂が広がることへの警戒だと思う。


 自分で言うのは恥ずかしいけれど、両親の贔屓目を引いても実際に早熟の傾向があるのは確かなのだろう。実際、お母様はただただ凄いというのではなく、見立てと実際の速度の違いに驚いてらっしゃるし。


 とはいえ、ディアナと一緒にいるためには魔術を鍛えるのは必要なこと。

 ならば、私はまず楽しみながら魔術を鍛えていくべきだ。

 そう思いながら私は今日の魔術の練習時間の終わりに、自分が作り出したお茶碗一杯程度の雪を固めて、半円型にしてお皿の上に置いた。


「エミリア、何をしているの?」

「ちょっとまっててね、あと葉っぱとか木の実がそのあたりに落ちているはず……」


 そう言いながら、私は庭から目的のものを集めてくる。

 そして半円の雪の固まりに丁寧に配置した。よし、できあがり!


「わぁ、かわいい!」

「雪で作ったウサギさんなの」

「ディアナと同じだ!」 


 歓声をあげるディアナは、お皿を持ちあげてルーナさんとお母様がいる方へと走っていった。


「確かに似ておるな」

「でしょでしょ? ありがとう、エミリア!」


 そこまではしゃがれると照れちゃうかな。

 でも、喜んでもらえたのがわかりやすいのは感謝かな。


「のう、エミリアよ。これを一回り大きく作れるか?」

「え? できます、たぶん」

「ならば作っておくれ。我とディアナを並べたい。我を少し大きめだぞ。できれば黒に染めたい」


 大まじめにルーナさんからオーダーを受けた私は急いで庭で飾りを追加で集めてきた。


「ディアナ、雪ちょうだい」

「えー? エミリア、まだ出せるんじゃない?」

「でも、ルーナさんはディアナが手伝ってくれたウサギさんの方が嬉しいと思う」


 その私の言葉にルーナの耳はぴくりと動いた!


「しっかたないなぁ。エミリアがバテているなら私も手伝ってあげる!」


 それはとてもわざとらしい言い方だったけれど、照れ隠しらしいことは顔を見ればわかった。


「まこと、可愛いものよ。できあがったものは我が永久冷凍で保存し宝とするぞ」


 ルーナさんの期待値は高い。

 永久冷凍というのはさすが精霊だと思うけど、作り直しができないなら気合いを入れて取りかかろうと私も強く決意した。


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