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◆第14話 仰天の報告会

 それから私はいつもと同じ時間くらいディアナと一緒にいた。

 そして彼女が帰ってしばらく経った頃、私の部屋にお母様がやってきた。

 私は早速お母様に契約のことをお話ししようとしたけれど、それより早くお母様は短い悲鳴を上げた。


「エミリア、その手はどうしたの……!?」

「え……っと、ね……?」


 私は契約をしたと伝えようとしたけれど、五歳の幼子が契約という言葉を使うのは少し難しすぎるような気がして一瞬ためらった。

 けれど動揺しているお母様にはそのようなことは伝わってはいなさそうだった。だからその間に私は一生懸命子供が伝えてもおかしくない言葉に言い換えようとした。


「ウサギの精霊さんと仲良くなって、力を貸してもらったり、私もウサギさんと同じ魔術を使えるようになる力をもらったの。ディアナっていうウサギさんなの」


 これで伝わるかな……?

 名付けのことは内緒といっていたので、そこをぼかしながらも私なりに一生懸命説明すると、お母様は手を口に当てて困惑している様子だった。


「大変なことになったわ……。ひとまず神兎様のお印が人目に触れないよう、お父様のお帰りまで手袋をして待ちましょう」


 そうしてお母様は私の部屋のタンスから、用意はされていたものの今まで使ったことがなかった手袋をとりだした。


「えっと、それはディアナと仲良しなことが、悪い人に漏れないようにするためですか?」

「そのお話は、どこから聞いたの?」

「ディアナのお母様です。すごく綺麗な神兎様なんですよ」


 私は説明しながら、お母様から手渡された手袋を装着した。

 なんだかぞわぞわして、アザに当たると気持ちが悪い。

 けれどお母様はアザを気にする私に構う余裕はなかったみたいだ。


「まさか、複数の精霊様にお目通りしているなんて……。しかも、加護の印までいただいて……」


 それは驚くと同時に、困惑しているようだった。

 加護の印というのは、たぶん契約で現れたこの印のことみたい。

 ディアナの雰囲気からは加護というイメージは湧かなかったけど、人間側が精霊を尊敬しているのがよくわかる呼び名だと思った。

 でも、そんな中でお母様が困惑しているのはルーナさんが『悪い人に狙われやすい』って言っていたことが関係していると思う。

 お母様、申し訳ない。

 私も迷惑をかけかねないと知ってたら一応相談したんだけど……でも、もう巻き戻せないなら仕方ないよね。

 せっかく力を使えるようになるんだから、迷惑をかける分、役に立てるようにならないと。


「お母様。私、精霊の魔力を使うのであれば、まず人間が使える魔術で鍛えた方がいいと教えていただいたんです」

「それは精霊様が仰ったの?」

「はい。ディアナも一緒に練習してくれると言ってくれています」


 私がそう言うと、お母様は優しく撫でてくださった。


「そう。精霊様と、本当に仲良くなったのね。人の使う魔術は、私もお父様も心得がありますから、きちんと学びましょうね。ただ……やっぱり、いくつかお約束は作らなくてはいけませんね」

「はい!」

「まずはお父様のお帰りを待ちましょう」


 いろいろまだ説明しなきゃいけないことはあると思うけれど、たしかにお父様も一緒にお話しした方が一度で話が済む。

 それに、いろいろ勝手に話を進めてたらお父様が拗ねたり呼び出しがあったことを恨んだりしそうだし!


***


 幸いにもお父様は夕日が完全に落ちる前に帰宅された。

 私はお母様と共にお迎えをしたけれど、お父様の表情は渋い。

 それは娘の誕生日なのに仕事が入ったから、というものではないような深刻さに見えるのだが……。


「お父様、もしかして、おなかが痛いのですか?」


 もしもそうなら、早く寝なければいけないかもしれない。

 夕飯にはいつも以上のご馳走が用意される予定だが、お父様の分明日まで保つだろうかと心配になった。

 けれど私の声にお父様は弾かれた。


「そんなことないよ。むしろ、痛いのは頭かな」

「頭?」

「そう、頭」


 しかし体調不良を訴えるような雰囲気でもない。

 だとすれば仕事でややこしい問題でも起きたのだろうか? しかしそうは思うものの、仕事の話であれば子供の私が聞くのは少し難しそうだ。五歳になった今も、まだお父様のお仕事について、深いところには触れさせてもらえない。

 そんな中でお母様がお父様に申し出た。


「旦那様、お疲れのところ大変申し訳ございませんが、少しお話ししたいことがございます」

「大丈夫だよ、私も話がしたいんだ。むしろ話すことで頭痛なんて治ると思うから。食事まで親子でゆっくり過ごそうか」


**


 お父様の提案で、私たちは私室に向かった。

 お父様のお部屋のソファは座り心地がとてもいい。思わず飛び跳ねたくなる品質だけど、ここでは我慢。今はそういうタイミングではないし、人目があれば例え家族の前であってもはしたないのは理解できる。


「さて、シエロ。いったい何があったんだ?」

「先に私からお話しさせていただいて構わないのですか」

「もちろん。君から先に申し出があったんだし」


 そうお父様は言い、お母様を促した。

 お母様は私の方を見た。あれ、これってもしかして……?


「私からお父様に申しあげてもよろしいのですか?」


 てっきりお母様がご説明されると思っていたので、私は少し驚いた。


「では、エミリア。手袋を」

「はい、お母様」


 お母様に促されて私は久しぶりに直接空気に手を触れさせた。ああ、なんだかすっきりした気がするかも。でも、ゆっくりとはしていられない。私はお父様に向かって手の甲を見せた。

 お父様は目を見開かれた。


「エミリア、これは……神兎様の?」

「はい。あのね、お父様。私はディアナの……、精霊様にお名前を付けてお友達になりました」


 そう説明すると、お父様はしばらく固まっていたものの、その後満面の笑みを浮かべた。


「さすが、エミリアだな。精霊様にまで好かれるとは。しかも神兎様か……。赤ん坊の頃から、ずっと見守ってくださっていたんだな」


 納得して腕を組んだお父様は、お母様を見る。


「この子が利用されないよう、私たちは気を配らねばならない。加えてシエロには魔術を用いた護身術を教えてやってもらわねばならないね。将来的には私の剣技も教えたいが……いかんせん、まだ身体に負荷がかかりすぎる」

「それで、大丈夫でしょうか」

「心配する気持ちはわかるし、私もそう思うけれど……そもそも私たちだって大概な身分だけれど、幼少期からお忍びをしていただろう? シエロも話してくれたじゃないか」


 それで納得してよいのか悪いのかわからないけれど、両親揃って当たり前のようにお忍びをしていたなら、将来私も行動範囲も広く持つことができそうだ。ありがたい。

 ……なんて、すでにお忍びを何度も決行している私が言ってもいいのか迷うけれど。


「驚かれないのですか、旦那様は」

「いや、驚いてはいるよ。ただ、私たちの行き違いを正してくれたときもそうだったし、昔から花をこの子に持ってきてくれていたのも精霊様だろう。あのころからこの子が寵愛をいただいていたのだと、改めて思ったけど……シエロも気付いていたんじゃないのかな?」


 お母様を見ると、お母様はなんとも言い難い空気を醸し出している。……忘れてたとか、かな? いや、どちらかというとそこまで冷静に考える余裕がなかったってことかな?


「でも……そうだね。大丈夫っていうのも、エミリア自身が注意しなければ危険なこともたくさんあると思うんだ。だから、まずはこのことはよほどのことがない限り、家族以外に話してはいけないよ。大人っぽいエミリアなら、できるかな?」


 本当の五歳児を相手にするには、少し難しい注文かもしれない。話すつもりがなくてもうっかりってこともありえるし。

 でも、私ならできる。

 だって、私も安全安心で暮らしたいし!


「大丈夫です。お父様、お母様。私、お約束は守れますから」


 手袋さえしていればわかることがないなら、ちょっと気持ち悪いけど我慢できないほどでもない。

 私がしっかりと答えると、お父様ががくりと崩れた。

 お、お父様……?


「うちの娘、素直で可愛い。可愛すぎて……なんで王家への披露目で連れて行かないといけないかと思うと辛すぎる」

「……え?」

「旦那様? 王家への披露目というのは、どのようなお話でしょうか」


 私とお母様の声を聞いたお父様は膝をついたまま深いため息をついた。


「……実は、エミリアも五歳になったのだから一度城につれてきてはどうかと国王から打診があった。今日の呼び出しは、その書簡の受け取りだった」


 頭が痛いってお父様が仰ってた……そしてお話ししなくちゃならないことがあるって言ってたのは、まさかそのことだったの!?

 お父様のお言葉に驚いたのは私だけじゃない。


「五歳になったといっても……たった五歳でございますよ? それなのに謁見ということでしょうか? 謁見どころか、城で行われているという子供のお茶会ですら十歳以下の子供はいないと聞いていますが……」


 十歳っていったら……私の肉体年齢の倍の子供たちばかり……!

 それだとかなり浮いてしまうのではないかと私は思った。私もマナー等は習い始めているところだけれど、五歳と十歳では教わっていることも違うと思う。

 私が受けている教育ではまだ、公の場に出るようなレベルではない。

 というか、私はまだ幼年学校にすら入学していない未就学児だし!


「私も信じがたいが、ここにその催促の手紙があるんだ。リブラの姫君を見たいそうだよ。近年王家に姫が生まれたことはなかったから、との建前だ」


 なるほど……なんて納得はできないけど! 王家に姫君がいないから見てみたいって、全然理由になってない。王都にもほかに女の子の赤ちゃんだっていると思うし。

 お父様は長い溜息をつかれた。


「断れない話ではない。だが、断ったとき、この子を見たいという理由で領地に来られたら心底面倒だ。護衛をさくのもそうだが、相手にするのが心底面倒くさい」

「確かに面倒でございますね」

「ああ。おおかた政略結婚を見越して王子共に会わせたいんだろうが……うちの可愛い娘をあんな所にやるわけないんだがな。お世話になった王女殿下も輿入れされて、いらっしゃらないし」


 ぶつぶつと文句を呟くお父様の言葉に私は目を丸くした。


 政 略 結 婚 ?


 その単語自体、馴染みがないものだ。

 しかも、五歳でって……そんなものなの!? 

 いや、そういう制度の存在は知っているけれど、自分の身に降りかかるのは想定外もいいところだ。


「まあ、嫁にはやらんということは当然として、一度は諦めて行くことになるだろう。幸い陛下自体には貸しがあるから王命だろうが拒否できないことはないが、こちらに来られては面倒だし、一度顔を合わせる程度のことで拒否権を行使したことが外に漏れれば、いらぬ憶測を呼ぶ。二度目はないとするにしても、一度は我慢しなければならないだろう」


 お父様はそう真顔で言ったけど……え、我が家は王家の命令を拒否できるレベルだったの?

 ふんわりと『立派なお家なんですよ』とは聞いていたけれど、そこまでの権力があるとは思っていなかった。

 でも、そんな家の娘なら……たとえ五歳であっても、たとえ少しマナーを失敗した程度であっても、後ろ指を指されて笑われかねないよね……? そんなことで家に迷惑をかけるわけにもいかないし……ってなったら、失敗なんて絶対にできないところじゃない!


「翌日には子供の茶会にもと誘いを受けたが、エミリアも大人びた子だ。問題は起きないだろう。ただ、変なのに目を付けられないかは心配だが……」


 いえ、お父様。

 娘はむしろマナーのほうが心配です。

 で、でも、たぶん大丈夫だよね……? そう思ってもいいよね……?


 何かをしなければいけないのであればハードルは高いけれど、何も問題を起こさないだけならきっとなんとかなる。なにせ、中身は五歳ではないのだ。一応周囲の空気を読むという芸当だってできる。王様への謁見も一人でって訳じゃないだろうしね。

 そうは思うものの、その日までにいろいろ基礎は叩き込まれないといけないなと、私は思わざるを得なかった。



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