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◆第12話 名付けの秘密

「じゃあ、早速だけどお名前、言うね」


 私がそれを言おうとすると、ウサギさんが急に飛び上がってそれを遮った。


『ちょっと待って! その前に私と手を繋いで』

「手?」

『うん、両方ね!』


 ウサギさんの要望に従い、私は前に手を出した。

 ウサギさんはそこに前足を置く。お手だ、これ。


「これでいいの?」

『うん。それで、私の名前を教えて?』

「ウサギさんの名前は『ディアナ』かなって」

 」

 月といえばウサギだ。お団子とウサギさん、お餅つきにウサギさん。

 五年間この世界で生活した結果、すくなくともこの国にその文化があるとは思っていないけれど、できれば月に関連した名前がいい。


 そこで月の女神様からお名前を頂戴した。


『ディアナ。私は、ディアナ』


 その言葉と同時、周囲に急に風が巻き起こった……気がした。

 けれど実際には風など起きていない。カーテンも部屋の中にある本も、何も動いていない。

 それでも『何か』が起こったのは間違いないと思う。


「あの、何が起こ……」


 そう尋ねようとしたとき、私の目の前が急に回転した。

 いや、倒れたのは私かも。

 後頭部がガンガンする。でも、それより頭の前の方がズキズキするような……?


「やった! 成功! エミリア、自分の手を見てよ、右手!」

「手……?」


 体が重いような気がするので手を見るも億劫なのだが、あまりに楽しそうに急かされるので私はけっこう頑張って自分の手を見た。

 掌は何もかわっていないけど……右手の甲は……って、なにこれ!?

 私の手の甲には見たことがないアザができていた。

 ウサギがモチーフになったようなアザができている。

 しかも……その目の部分に該当する部分がなんだか宝石みたいな色がついているんだけど……?


「これで私とエミリアは契約したよ!」

「え」


 私は名前をつけただけのはず。契約ってなんだろ……?

 けれどその契約どうこうよりも、私はいまウサギさんの姿に驚いた。

 先ほどまで仔ウサギの顔をしていたはずが、少し成長したような……? そしてふわふわとした毛並みもグレードアップしている気がする。

 というか、今までは頭に響くような……思念のような会話だったはずなのに、今は音声として聞こえてるよね……? いったい、なにが起こったの?


「これはエミリアがディアナの名前をくれて契約してくれたからだよ! かっこいいでしょ! それに、たぶんこれで発音もできてるよ。ほかの人にも会話、できるようになったよ!」

「そういえば、声が音で聞こえるような……? あと、かっこいいのはかっこいいんだけど、どちらかといえば可愛くて……じゃなくて。契約って、なんのこと?」

「えーっと、それはね……」


 ただディアナの声が続くことはなかった。

 それは『何か』が勢い良く近づいてきたからだ。

 『何か』はとても怒っている。禍々しい気配がする。


 ただ動けない私は逃げる選択肢なんてない。


「我の可愛い娘に手を出した人間は、誰ぞ」


 それは、おどろおどろしい声だった。

 そしてその声は黒い霧の塊のような場所から聞こえてくる。

 それでも逃げられない私はかわいそうだと思うんだけど……私が本格的に怖がっていないのは、私と黒い霧の間にいるディアナがどうしようもないほどにブルブルと震えているからだろう。

 少し可哀想なくらいの緊張が伝わってくる。


「は、は、母上、私は無理に契約されたわけじゃなくて、むしろ私がお願いして……!」

「なに?」

「私が契約したのはこの子です!」


 そうしてディアナは私を紹介しようとしたんだろうけど……え、ディアナのお母さんって霧なの!?

 しかしディアナの言葉を受けた霧ことディアナのお母さん? は、次の瞬間に黒を基調とした服を着る、黒髪の綺麗な人に変化した。とても美人な人だったけれど、私をしっかりと見るなりその目を吊り上げた。


「娘よ。お前、自分の意思でこの娘と契約をしたといったな」

「は、はい」

「馬鹿者!! こやつは、まだ幼子ではないか! この娘が本当に契約を理解し了承したというのか!?」


 あれ? さっきは契約した相手に怒っていたはずのディアナのお母さんの怒りはディアナに向いている。でも、よくよく思えばディアナはもともとディアナのお母さんが来た時からかなり怯えていた。

 もしかして……自分が怒られることがわかっていた?


「あの……それよりも契約って、なぁに?」

「やはり契約について説明をしておらなんだな!? デメリットだけではなく何も説明していないとは……我が子ながら呆れるわ!」

「いえ、その……私は怒っていないので、何かこまりそうなことがあれば教えてもらえると嬉しいです。だって、その契約? って、もう終わっちゃったんですよね?」


 それなら今更どうこう言っても仕方がない。

 むしろディアナには両親の仲直りに一役買ってもらった実績があるので、少しくらい説明が遅くなる程度なら受け入れても問題は無いと思う。ほら、今のところ変化といえばアザが出来たことと……あとは倒れたことも関係しているのかな?

 でも、そんなわたしのことをディアナのお母さんは残念そうな表情で見る。


「最悪、死ぬ」

「え」

「人間、しかもそなたは幼子だ。死ぬかもしれん」


 ちょっと待って、ちょっと待って!

 よくわからないけどそれってちょっとまずいどころじゃないよね!?


「そなた、今、そこに寝転がっているのも力が入らんからだろう。契約で生命力をごっそりと持っていかれておる」

「うわあああ!?」


 なんて怖いことが起こってるの!? 私、単に名前をつけただけなのに!

 そして私は顔を青くしながら飛び起きた。


「……そなた、なぜ動ける」

「び、びっくりしたから……です?」

「いや、本来子供の生命力では今起き上がることなど困難なはずだ。……まあ、いずれにしても動けるならば死にはせんだろうが」


 あ、死なないんだ。よかった。

 でも、まだまだ不都合なことも起こるのかもしれない。


「死なんにしても契約の話はせねばならんな」

「お、お願いします」

「娘。お前が説明せい。原因はお前だ」


 そして、ディアナのお母さんはディアナの方を見た。

 ディアナの耳はものすごく垂れ下がっているようだった。


「えっとね、契約っていうのはエミリアが私の力を使えるようになって、私はエミリアの力を使えるようにすることなの」

「それで、どうして私が死にそうになるの?」

「私たち精霊の幼子は名前を貰うと進化できるの。私はディアナの名を得て、体が保有できる魔力の容量が大きくなった。でも、いわゆる貯蔵庫が大きくなっても魔力が入っていない。だから、名付け主から魔力をもらうんだけど……」

「だいたい人間には魔力が足りぬ。だから生命力をごっそりいただく場合もあるんだが……お主、相当魔力を持っておるな? 魔力が足りたお陰で、衝撃を受ける程度で済んだのだろう」


 そんなことを言われても、私に自覚はまったくない。むしろ魔力があるなんて初めて知った。


「普通は魔力を持つ者でも幼子であれば足らんはずだ。そなたの親は相当魔力が高そうじゃな」


 それを聞き、私もなんとなく理解した。

 リブラ家の当主であるお父様に、他国のお姫様だったお母様。

 私が使うところを見たことがなかったとはいえ、特別な素養を持っていても不思議ではない。う、運がよかった……。


「……あぁ、おまえの母親はこの屋敷にいるな。確かに強い」

「わかるんですか?」

「ああ。耳はよいからな」


 そう言うと、ディアナのお母さんはぴょこんと黒いウサギ耳を出した。人間の耳も見えてるけど、本来の耳はこれなのか……!


「あの、一応言っておくけど……私もエミリアなら大丈夫ってちゃんと計算してたよ?」

「何を言う。そちがきちんと計算できるようになっておれば、我がすでに名付けておるわ」

「だって、成体に早くなりたかったんだもん!」

「……ってことは、私はお母様の楽しみを奪ってしまったんですか?」


 それなら申し訳ないことをした。

 そう思ってもすでに後の祭りだ。

 しかしディアナのお母さんは軽く首を振った。


「気にするな。そなたの責ではないし、そもそも名などまだ考えてもおらなんだ。名への思い入れは人間と少し異なるのだ。あと申し遅れたが、私はルーナと言う。よろしくな、エミリア?」

「ルーナさま」

「ルーナでよい」

「じゃあ……ルーナさん? でしょうか?」


 構わないと言われても年長者を呼び捨てるのには抵抗がある。

 私の言葉にルーナさんは肩をすくめた。

 これが彼女の許容範囲ギリギリなのだろう。


「しかし、そなたが娘の契約者となるなら魔力は鍛えなければならぬな。娘の力を使うのであれば、魔力を多量に保持していなければ無理であるからな。使わないのであれば、要らんことだが」

「ええっと……それはどうするんですか?」

「どうするもこうするも、魔術を使わねば魔力は上がらん」

「魔術……私も使えるんですか!?」


 いや、魔力があるのであれば使えて当然かもしれないけれど!

 でもでも、両親以外もお屋敷の人が魔術を使っているのは見たことがない。


「いや、知らぬ。人間は魔力を持っていても使えない者もいるというからな。だが、娘との契約をしても死ななんだことから使える可能性はある」

「そ、そうなんですか……?」

「契約を勝手に行ったのは我が娘だ。娘はエミリアが魔術を使えるよう、責任を持ってしっかりと補佐せよ」


 ルーナさんの言葉にディアナは何度も頷いていた。


「私もエミリアと遊びたいから、名前をお願いして契約したんだもん! 任せてよ!」


 その言葉は力強いのだが、契約の説明がなかったディアナが本当に教えてくれるのかなと少々不安だ。


「……まあ、進捗が悪ければ我も見に来る。娘の責は私の監督責任でもあるからな」


 それは、なんともありがたい。


「よろしくお願いいたします」


 でも、まだディアナがどんな力を使えるのかどうかわからないんだけど。

 まぁ、それは魔術の訓練が始まってからでもいいか。

 きっと魔術の訓練は一朝一夕で終わる訓練ではなさそうなのだから。

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