後編
あの魔女が訪ねてきた日を境に、バルトロはジーリャに会いに行くのを控えるようになりました。ジーリャに魔女の悪意が向くのを避けたかったのです。
魔女は失敗作であるバルトロが嫌いです。しかし簡単には殺さないのが魔女の悪い癖です。飽きるまでその失敗作が苦しむ姿を見ていたいのでしょう。
ジーリャは、バルトロがこなくなったことを寂しく思うと同時に心配していました。もしかしたら、魔物に襲われてどこかで倒れているかもしれません。ジーリャは、友人のことが気になって仕方ありません。
いてもたってもいられなくなったのでしょう。ジーリャは、長いローブを着て、警戒しながら森の奥に進みました。ドリスには留守番をお願いしました。
ジーリャは泉を越え、森の奥深くへと入っていきます。魔物の鳴く声も聞こえてきます。気づけば、辺りはだんだん暗くなってきました。ジーリャは、高鳴る心臓を抑えながら、感覚を頼りに進みます。
バルトロが住んでいた洞窟の近くまで来たジーリャでしたが、そこにはバルトロはいません。確かにバルトロがいた匂いはするのですが、そこにはもう誰もいないのです。
ジーリャは、足が震えてきました。まさか、バルトロはもういないのではないかと、不安が襲ってきます。自分が闘うのを止めて欲しいと願ったせいで、バルトロは殺されてしまったのかもしれません。
バルトロは心優しいと知っていました。ジーリャは、バルトロが傷を隠していたことも知っていました。バルトロは抵抗することもなく、闘いを止めたのです。
ジーリャがその場に泣き崩れると、草木がざわざわと騒ぎ始めました。ジーリャの背後に、長い影が忍び寄ります。ジーリャはそれに気づきませんでした。バルトロのことが悲しくて、超感覚はすっかり鈍ってしまいます。
その長い影は、そのままジーリャに飛びかかりました。ジーリャは、背中を大きな爪で引っ掛かれ、鋭利なその先端で内臓を貫かれました。
ジーリャは、真っ赤な血に包まれ、音もなくその場に倒れてしまいました。
その頃、ジーリャの家の近くに、バルトロが来ていました。前に借りたタオルを見つけたので、返しに来たのです。
しかし、ジーリャはいません。ドリスが胸を張っているだけです。
バルトロは、ドリスに聞いてみました。ドリスは、ジーリャが出かけたことを伝えます。いつの間にか、バルトロは鳥たちと会話ができるようになっていました。
着ていったというローブの話を聞き、バルトロは血の気が引きました。それは魔女のローブです。以前、ジーリャに魔女が第六感と一緒に贈りました。
バルトロは慌てて森を駆け抜けます。魔女のローブは魔物を引き寄せるのです。調教しているのですから、魔女はボスです。魔物は、ローブを目印にしているのです。
魔女であれば問題はありません。例え魔物の機嫌が悪くとも、ボスですから、とても強いのです。
しかしジーリャは魔女ではありません。襲われたら、ひとたまりもないでしょう。
バルトロは、祈るような気持ちで森の木々をかき分けます。荒々しい足取りは、森を荒らしているのと同然でしたが、今はそんなことは構ってはいられません。
ジーリャの無事だけを考えていました。
洞窟の近くに来ると、血の匂いがします。バルトロの表情が変わりました。とても険しく、苦しそうです。自分のことを責めているのでしょう。
魔女のローブが見えました。洞窟の前で、布切れのように倒れています。
「ジーリャ!」
バルトロはそう叫ぶと、赤くなっているジーリャを抱き上げます。ジーリャの瞳は閉じていて、呼吸はとても浅いです。息を吸うたびに、苦しそうな音がします。
バルトロは、だらんと垂れたジーリャの身体を大切に抱きかかえると、雄々しい咆哮を上げ、勢いよく駆けだしました。まるで野生の動物のような動きです。木々がバルトロを避けているように見えます。
バルトロの腕の中で、ジーリャはまだ生きています。
バルトロは、必死な想いで彼女の命のことだけを祈りました。彼女が襲われたことに、怒りと、後悔と、悲しみが襲ってきます。しかしバルトロは希望を捨てません。
ジーリャは自分が助ける。自分の命に代えても。
バルトロが駆け込んだのは、森の奥にある大きな木の中でした。ここは森の果てです。魔物も魔女もここには来ません。ここは、精霊の木です。
「精霊の王よ…!」
バルトロは叫びます。周りにはまだ何もいません。
「どうかその姿を、私に見せてください!」
バルトロの悲痛な声が響きます。ジーリャの血は、バルトロの足元にまで垂れてきています。
すると、何もない木の空洞を、光が突如として満たします。精霊の王です。森のすべての命の味方です。バルトロの醜い姿にも、怯むことなく接してくれましたから、バルトロにとっての初めての救いでした。
「バルトロ、一体どうした?」
木の姿をした精霊は、その優しくもお茶目な顔を歪ませます。
「おお、これは酷い」
そしてジーリャに気づくと、慈悲深い目を閉じました。
「バルトロ、君は彼女を救いたいのだね?」
「はい。彼女は俺のせいでこんなことになった。俺のせいなんだ…!」
「バルトロ、落ち着きなさい」
精霊の王は、ジーリャをそっと見ると、その顔を撫でます。
「彼女は幸運だ。まだ、命はここにある」
「ジーリャは助かりますか!?」
バルトロは、今にも泣きそうな顔をしていました。
「助かるとも。……しかし」
「なんですか!?」
「彼女の命が助かれば、君は同時に命を落とす」
「…………」
精霊の王は、バルトロの瞳を見つめます。
「気づいているんだろう?君は、彼女を愛している」
「…………はい」
バルトロは、澱みのない瞳で答えました。
「彼女をここに連れてきた時、君がどれだけ彼女のことを愛しているのか、私には鮮明に見えたよ。しかし君には呪いがかかっている。彼女の命を助けるということは、君の愛も成立するということだ。つまりは、君は呪いによって死んでしまう」
精霊の王は、バルトロを慈しむように見ています。
「それでいいんです。俺は、ジーリャを助けたい。俺の命よりも大切なんだ」
「……そうか」
バルトロの覚悟の眼差しに、精霊の王はゆっくりと頷きます。そして、ジーリャをバルトロから受け取りました。
「君は、とても勇敢だ」
「そんなことはありません。彼女が、愛することを教えてくれたんです」
ジーリャに初めて言われた言葉に、バルトロは思わず照れたように笑いました。
「どうか、彼女が幸せでありますように」
バルトロの言葉とともに、ジーリャを温かい光が包み込みます。
それを見守るバルトロの表情は、とても穏やかなものでした。
ジーリャが目覚めると、そこは見たことのない木の中でした。ジーリャは、目をぱちぱちとさせます。おかしい。おかしいのです。
ジーリャは、辺りを見回しました。眩しい。眩しいのです。
「目覚めたかい?」
視界の中に、木の老人が現れました。精霊の王です。ジーリャは、また瞬きをします。
「おや、慣れませんか?」
精霊の王は、優しく微笑みます。しわしわの顔が、とても素敵です。
「わたし…見えてるの…?」
ようやく声が出ました。ジーリャは、これは現実なのかと疑いました。だって、世界が見えるのです。
「君は命を救われたんだ。その愛の大きさに、精霊たちは奇跡を起こした」
「……夢じゃないの?」
ジーリャは、これまで何度も想像してきました。この世界の形を。色なんて、初めて知りました。これは、一体何なんでしょうか。なんて美しいのでしょう。ジーリャは、思わず涙が出てきてしまいます。
視界がぼやけるなんて、初めての経験です。
「どうして私、精霊の木に…?」
ジーリャは精霊の木の話は知っています。しかし来たことはありません。
「君をここまで連れてきた者がいてね」
「一体、誰なの?お礼をしなくては…」
立ち上がろうとしたジーリャは、そこで気づきます。
「バルトロはどこ…?」
意識はほとんどありませんでした。それでも、その温かさは覚えていました。自分をここまで連れてきたのはバルトロです。またしても彼に救われたのです。
精霊の王は、俯きます。バルトロはもういないのですから。
「精霊さん、本当にありがとう!私、もう行かなくてはならないの!」
ジーリャは、精霊の王にお辞儀をすると、急いで森の中を駆け回りました。緑の木々が、視界を覆います。その色に、ジーリャは感動を覚えました。しかし、足りないのです。
疲れ果てて、ジーリャは地面に座り込んでしまいました。まだ走りたいのに、足が動きません。慣れない視界にも疲れてしまいます。でも、だめなのです。欠けているのです。
ジーリャは、その場でまた泣き崩れました。
家に戻ると、ドリスが飛んできました。本当にきれいで可愛らしい鳥でした。ジーリャは、思わず頬ずりをします。
「ずっと会いたかった…!」
まだ涙は止まりません。ドリスは、その涙に優しく寄り添います。
それからしばらくしても、バルトロには会えませんでした。もう、どこにもいないのです。
しかしジーリャは諦めませんでした。絶対に探し出すのだと信じていました。ただ、ジーリャはバルトロの姿を知りません。見たことなどないのですから。
最近、森の外は物騒です。魔物たちが暴れているのです。ジーリャは、恐ろしい魔物の姿を初めて見ました。怖くて足がすくみましたが、すぐに逃げました。
魔女たちが、方針転換をしたようです。もうあの町には用がないと言っています。魔女たちは、富を吸い尽くすと、他の町へと移動します。それは数百年単位の出来事です。
魔女たちは魔物に森を荒らさせました。じきに町も襲うでしょう。
ジーリャは、精霊の王に言われ、森を出ることになりました。町の皆と逃げるようにと。
バルトロのことが頭をよぎったジーリャは、最後に森を探索します。これが最後です。もう、家も捨てなければいけませんから。
けれども、やっぱりバルトロはいません。ジーリャは、悲しそうな顔をして森を出ようとしました。最後に家を見に行きます。たくさんの思い出が詰まっているのですから。
家に着くと、そこはもう空っぽです。何もありません。ジーリャは、家の中に入りました。
あれ。
ジーリャの動きが止まりました。家の中に誰かいます。
近くにあった木の枝を武器に、ジーリャはその大きな影を見つめました。
「……バルトロ?」
ジーリャの声に、その大きな図体が振り返りました。獣のような顔をしています。犬のような耳に、グレーと黒の毛で覆われ、勇ましい目をしています。人間ではありません。それは、モンスターでした。
「…あなたなのね?」
ジーリャの目に、涙が光ります。バルトロは、ジーリャを見て、観念したような顔をしています。ジーリャは、世界を手に入れたのです。そこにはバルトロの姿も映っています。
「ジーリャ、すまない…」
思わず声が出ます。申し訳ない気持ちでいっぱいです。こんなモンスターな自分を、晒してしまうなんて。
バルトロの目に、後悔が滲みます。ちゃんと伝えておくべきだったと。
しかしジーリャは、迷うことなくバルトロに抱き着きます。バルトロの逞しくてふわふわな身体を抱きしめ、涙を流して笑うのです。
「どこにいたの?探していたんだから!」
バルトロは、びっくりしてジーリャを見下ろします。ジーリャに自分の姿は見えているはずです。それなのになぜ、彼女は抱きしめてくるのでしょう。
バルトロは、ジーリャをそっと離します。
「すまない。俺は…」
ジーリャの瞳を見ると、バルトロの目にも涙が浮かんできました。ずっと会いたかったのは同じです。
だけど、離れなくてはいけません。
「俺は魔女の呪いを受けている」
「呪い?一体どんな?」
バルトロは恥ずかしくて言えません。魔女は、呪いの魔法を失敗していました。まだ未熟でしたから。しかし、愛を知れば命は落とします。そう、何度でも。魔女は、バルトロにその姿のまま命を巡り続ける呪いをかけました。愛を知るたびに、バルトロは命を落とすのです。終わりのない地獄でした。
バルトロは今日まで、何度も命の苦しみを知りました。ジーリャを魔物から守ろうと、遠くで見守っていたのです。バルトロは死ぬたびに、ジーリャを愛してしまうのです。
何度やっても変わりません。バルトロは、ジーリャを愛しているのですから。しかし、想いを伝えるわけにもいきません。だって、自分は死んでしまうのですから。
バルトロは、何も言いませんでした。
「魔女にお願いして、呪いを解いてもらえないかしら?」
「それは無理だ」
バルトロは、自分が失敗作であることを伝えました。魔女はバルトロが嫌いです。
「でも魔女にも親切な人はいるはず!私を助けてくれたみたいに」
ジーリャは、目を輝かせました。
「私、お願いしてくるわ!」
バルトロが止めようとしても聞きませんでした。ジーリャは、もう一度バルトロの瞳を見つめました。
「ようやく世界を見ることができた。夢見ていたよりもずっと素晴らしかった。そして今、一番見たかった光景を映しているの。私の瞳で」
ジーリャは、嬉しそうに笑います。
「私の映す世界に、あなたがいなくては折角の瞳も意味がないわ」
バルトロは、雷が打たれたようでした。きっとまた、死んでしまう。でも、ジーリャに苦しむところは見せたくない。バルトロは堪えました。八つ裂きになりそうなほど傷む身体を抑え、笑いました。
「君の瞳は、本当に美しい」
ジーリャは、バルトロを家に残し、魔女のもとへと向かいました。家の中でバルトロの息は途絶えました。もう何度目でしょうか。しかし今回は、特別に苦しかったことでしょう。
魔女の住処は崖にあります。石の崖を城にしているのです。
もう多くの魔女たちは飛び立ってしまいました。次の町へ向かうのでしょうか。
まだ中にいたのは、ジーリャも知っている魔女でした。ピピィです。ジーリャに贈り物をくれました。
「ピピィ!お願いがあるの」
ジーリャは、無垢な瞳でピピィを見ます。透明すぎるその心に、ピピィは驚いていました。
「お願いって何かしら?」
ピピィはローブを着たままにこにこと笑っています。とても温厚そうです。
「友達の呪いを解いて欲しいの!」
「あら、どんな呪いなの?」
ピピィは、笑顔のまま近づいてきます。
「それは分からないけど、とても苦しそうなの」
「そうなの…可哀想」
ピピィはジーリャの髪の毛を触ります。とても冷たい手でした。
「ピピィなら、呪いも解けるのかなって…」
「ええ。多分ね」
ジーリャは、その言葉に顔を輝かせました。しかし。
「でも嫌よ」
ピピィはハッキリと断りました。
「どうして?…ピピィは私を助けてくれたじゃない…」
「あなたのことは助けるわ。魔女に一番近い人間だから。そうしないと、町に噂が広まっちゃうでしょ」
「…どういうこと?」
ジーリャは、後ずさりをします。ピピィが怖い顔をしています。
「でも、あのモンスターは、助けるわけないでしょ。永遠に苦しめばいい」
「ピピィ?」
ピピィは、その無邪気な顔をジーリャに近づけます。
「あれは私の失敗作なんだ。あいつのせいで、私は魔女の中でいつも馬鹿にされてるんだ」
「……え?」
ジーリャに恐怖の色が浮かびます。ピピィが、酷く悪い魔女に見えます。
「どうして…?」
「私があいつをつくった。出来損ないの魔物さ」
そうです。バルトロを作った張本人は、ピピィなのです。ピピィはその失敗で、魔女のヒエラルキーを踏み外しました。いつまでも下っ端で、とてもやってられませんでした。能力は高いのに、周りにはいつまでも馬鹿にされているのです。
「でも、ピピィ、あなたは…」
「ああ、うるさいよ。人間のくせして、いつまでも喋ってるんじゃないよ」
ピピィは、ジーリャの口を塞ぎました。
「お前ももう森を出るんだろう?早くしないと、町ごと焼き尽くすぞ」
「…!」
ジーリャは震えています。ピピィの力は強いです。息ができません。
「さっさと失せろ」
ピピィはジーリャを吹き飛ばしました。せめてもの慈悲です。ここで殺しはしません。人を襲うのは魔物です。
「ピピィ!」
ジーリャは、震えた声で叫びました。美しい瞳から涙が溢れています。
「あなたは私に希望をくれた…!私はあなたに感謝している。それは変わらないわ…!あなたのあの優しい手を、私は覚えているもの。見ることはできなかったけど、今も同じ手をしていた…!」
ジーリャはピピィに立ち向かいます。
「今度は私が彼を救うの!私にしてくれたように…!」
ジーリャの背後に、真っ白な光が見えました。ピピィはそれを見て唖然としています。その光は魔法です。とても強力なものです。ジーリャは魔女ではないのに不思議です。
その光は、ピピィに向かって一直線に向かってきます。ジーリャの意思はもはや関係ありませんでした。光に刺されたピピィを見て、ジーリャは口を塞ぎました。
ピピィは愕然としました。この魔法は自分のものです。かつてジーリャにかけた魔法です。超感覚。第六感です。それが、自らを貫いたのです。
「ピピィ!?」
ジーリャは慌てて駆け寄りました。ピピィを傷つけたいはずがありません。ジーリャは涙が止まりませんでした。もう目は真っ赤です。
「まさか…なんてこと…」
ピピィは、自らの魔法の力に驚きました。あの時ジーリャに授けた加護の魔法が、こんな形で発動するなんて。そんなこと、ピピィは思いません。
あの善良な心を失った時、ピピィはジーリャにとっての脅威となっていたのです。魔法がそう判断したのです。
ピピィはそのまま溶けるように消えてしまいました。ジーリャは、その場にうずくまり、絶望しています。
ピピィを失いました。それに、もう魔女もいません。魔物たちは町を襲い、バルトロの呪いは解けません。
ジーリャは、光に包まれて、初めての喪失感を味わいました。
城を出ると、バルトロが待っていました。ジーリャは、申し訳なさでいっぱいです。
しかしバルトロは、ジーリャを優しく抱きしめます。ジーリャはその腕の中で思い切り泣きました。まだ涙は枯れないものです。
バルトロは、ジーリャの頭を撫でます。ジーリャはその温かさに、思わずほっとしてしまいます。
「ごめんなさい。私、あなたの親を殺してしまった…」
「…何を言っている?」
バルトロは、ジーリャの顔を覗き込みました。ぐしゃぐしゃの顔でしたが、バルトロを見ると、少し落ち着いてきたようです。
「ピピィがあなたをつくったのね。私を救ってくれた魔女だった…」
「……そうか」
バルトロは穏やかな瞳を向けます。全然怖くなんてありません。ジーリャは、その瞳が大好きでした。
「でも、もう消えてしまった…。あなたの呪いも、町も、魔物も、何も救えなかった…!」
ジーリャは、悔しそうにそう言います。とても苦しい顔をしています。
「ジーリャ」
バルトロは、ジーリャの頬を撫でました。ふかふかだけど、ごつごつしています。
「ジーリャは救ったよ」
「…何を?」
「魔物は消えた。町は大丈夫だ。最後の魔女を失い、魔物は生きる術をなくしたんだ」
「……え?」
ジーリャは驚いています。魔物は、魔女がいなければ命は成立しません。あの場に残っていたピピィは、魔物を動かすためにいたのです。しかし、ピピィはもういません。
「でも…そうしたら、あなたは?」
ジーリャの顔が青くなります。もしかして、バルトロも消えてしまうのではないかと。
「俺は失敗作だ。魔女の力はいらない」
バルトロは、失敗作ですから、命の繋がりは切られていました。
「そして、呪いも消えたんだ…主を失ったから」
「……本当?」
ジーリャの表情に光が戻ります。その表情が、バルトロにはとても眩しく思えました。
「ああ」
「よかった!」
ジーリャはバルトロを力いっぱい抱きしめました。バルトロの硬い身体が、少しだけ緩んだような気がします。
「君のおかげだ」
バルトロはジーリャを抱きしめ返します。折れないように、そーっと。
「ジーリャ、君に伝えたかったことがある」
そして、ずっと言えなかった言葉を口にしました。
「愛しているよ、ジーリャ。俺は君を愛してる」
ジーリャは何度も頷きました。毛がフカフカしていますから、頷くたびに頬を撫でてくすぐったいです。
だけど、ジーリャは幸せでした。
愛する人を、これからずっと瞳に映し続けていけるのですから。