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前編

 ある森の中。そこには、多くの魔物が生息し、魔女たちによってその魔物たちは町を襲わないように調教されていました。人々は魔女たちを称え、敬います。魔女たちの本心など知らないですから。でも、真実など知らなくても良かったのです。

 魔女たちは、人々に嘘は言っていませんでした。魔物たちを制御し、町を守る。確かにその通りでした。町がこれまで襲われたことはありません。

 しかし、魔物たちがいなくなることはありませんでした。いつまでたっても、共存を避けられません。それは何故でしょう。


 そう、魔女たちがいる限り、魔物はいなくならないのです。

 人々にいい顔をしている魔女たちは、救世主なんかではありません。

 彼女たちこそ、人々に恐怖を与える魔物たちを生み出しているのです。

 魔女たちは、自分たちの権力さえ手に入れば、本当のところ町などどうでもいいのです。魔物たちがその理由となるのであれば、魔女たちは、自らの立場のために、人々に恐怖を与える魔物を生み出し続けます。


 そんな魔女たちにも、失敗はあります。

 ある時、新たな魔物を作ろうと思った新米魔女は、見事に失敗してしまいます。

 生まれたのは、犬のような、はたまた狼のようにも見える顔を持った人間。全身はグレーと黒の毛で覆われ、筋肉質ですが、これでは魔物としては出来損ない。中途半端に人間の姿を持った魔物など、魔女たちにしてみれば貧相なのです。こんなのはただの失敗作。新米魔女は、失敗作を恥に思い、彼を未熟な魔法の練習台にすると、まだ幼い彼を捨ててしまいました。




 魔女たちの中にも、親切な魔女はいました。それがこの魔女、ピピィです。

 彼女は、今まさに、善行の帰り道です。

 この森で暮らす、ある少女に、贈り物をしてきました。

 まだ、歩くことを知らない齢の少女。彼女は、生まれつき目が全く見えないのです。両親と一緒にこの森で暮らしていますが、魔物の住処である森で暮らすには、目が見えないのはあまりにも不便でした。

 そこでピピィは、彼女に第六感を授けました。

 これがあれば、目が見えなくても、生活に苦労はしません。超感覚で、彼女はその瞳に何も映せなくとも、目が見えるのと同じように生活ができるのです。

 ピピィは、町と森の境界線を守る門番を務める家族に、彼女なりのお礼をしたのです。




 十数年が経ち、門番の少女も大きくなりました。

 彼女の名はジーリャ・リイス。リイス家は、代々門番としての役目を果たしてきました。ジーリャもそれに倣い、今日も門番として森で暮らしています。

 両親は、数年前から、母親の病気のために町で暮らしています。ジーリャは二人のためにも務めを果たします。それがジーリャにとっての恩返しなのです。


 ジーリャは今日も、泉に水を汲みに行きます。井戸は、この前魔物に壊されてしまいました。魔女が謝ってくれましたが、まだまだやんちゃな魔物のようです。

 泉までは、少し距離があります。ジーリャは、大きな木のバケツを抱えて、慣れた足取りで森を歩きます。勿論目は見えていません。しかし、ピピィのおかげで、不自由には思いませんでした。

 ただ、ジーリャも普通の少女です。いつも洋服を乾かしてくれる太陽や、しとしとと恵みをくれる雨。家の周りで囁いている木々や友達の小鳥たち。それらをこの目で見てみたいと願ってみることもあるでしょう。


 ジーリャは、とても心の美しい少女でした。この世の穢れを知らず、その見たことのない世界に恋い焦がれているのです。

 泉に着いたジーリャは、早速水を汲もうとします。だけど、何か違和感があります。

 ジーリャは、耳を澄ませました。ジーリャの耳は、とても冴えています。


バシャバシャ


 水の暴れる音がしています。ジーリャは少し心配になりました。何かが溺れています。

 そして、その不安をあおる音と一緒に、聞きなれた声が聞こえてきます。

 ぴぃぴぃと、可愛らしい甲高い声が。


「ドリス…?」


 ジーリャは呼びかけます。しかしその声は、ジーリャに反応している余裕はありません。


「ドリスなのね…!?」


 ジーリャの顔が青くなってきました。ジーリャの耳はとても良いのです。溺れているのは、友達のドリス。間違いありませんでした。鮮やかな黄緑色の可愛らしいまんまるとした鳥、それがドリスです。


「今、助けるね…!」


 ジーリャは長いスカートを捲し上げ、泉に足を踏み入れました。冷たくて、思わず全身が震えます。

 しかしジーリャは全く引こうとはしませんでした。音を頼りに、ドリスのもとまで向かいます。もうじき足がつかなくなってしまいます、ジーリャは水をかこうと、手を広げました。足が浮き、ジーリャは懸命に水をかきわけようとします。


 すると。


「ひゃっ!?」


 ジーリャの足が、何かに掴まれました。大きくてごつごつとして岩のような手です。ジーリャが逃れようとすると、その手がジーリャの足を傷つけます。このままでは、ジーリャは泉の底に引っ張られてしまいます。

 ジーリャは、ドリスのいる方向に手を伸ばします。どうにか、ドリスだけでも助けてあげたい。それがジーリャの想いでした。しかし、ジーリャを引っ張る力は強く、ジーリャは呼吸ができなくなってしまいました。

 ドリスに向かって伸ばされた手は、そのまま泉の中へと沈んでしまいます。


-ドリス、ごめんなさい


 ジーリャが自分の無力さとともに意識を失いかけたその時、泉が大きく揺れました。ジーリャは、足を掴む手と暴れる泉に引っ張られ、たくさんの水を飲んでしまいました。

 意識が朦朧とする中で、ジーリャの耳に、魔物の呻き声が届きました。まるで何かに襲われているかのような悲鳴です。泉を揺らすその声は、とても苦しそうでした。

 同時に、荒々しい咆哮も聞こえてきます。ジーリャは、その恐ろしい声を遠くに残し、意識を失いました。



 そよそよと、優しい風が頬を撫でます。穏やかな陽だまりが、ジーリャの目を覚まさせました。


「…ドリス!」


 起き上がるや否や、ジーリャは友達の名前を呼びました。あの可愛いドリスは、一体どうなってしまったのだろうかと。

 すると、ジーリャの手元に、小さな温もりが近づいてきました。そう、ドリスです。ドリスは無事だったのです。


「ドリス!良かった!もう助からないかと…」


 そこで、ジーリャはハッとします。何故、自分はここで寝ていたのだろう。ここは泉の畔。服も髪も濡れているから、夢ではないはず。


「どうして…?」


 自分は死んでしまったはずだと、ジーリャは恐怖で震えます。ここは、天国なのかもしれません。


「そんな…!ドリス、ごめんなさい!」


 ジーリャは掌に乗せたドリスに顔を寄せました。ドリスは、首を傾げています。ジーリャが泣いていると、大きな影が陽だまりを覆いました。


「何を泣いている」


 その声に、ジーリャは顔を上げました。その顔は、とても警戒しているように見えます。咄嗟にドリスを抱きしめてしまいました。


「お前は死んでいないぞ」


 地を割るように低い声。心臓を揺らすその声は、聞くだけで動物たちが逃げ出しそうです。ジーリャは、ドリスを守るように抱いたまま、その声を見上げます。


「あなたは…?」


 ジーリャの警戒した瞳を見て、その声の主はため息を吐きました。


「知る必要なんてないだろう」


 その返事に、ジーリャは不満そうな顔をします。


「そんなことありません」


 ジーリャはドリスを抱えたまま立ち上がります。


「泉の中であなたの声を聞きました。あなたは私を助けてくれたのですか?」


 その言葉とジーリャの瞳に、声の主は少し驚いています。その勇ましい瞳を見開きました。


「お前、目が見えないのか?」

「はい。…どうして?」


 ジーリャは小首を傾げます。


「いや、耳がいいのかと…」


 声の主は、面を食らったように止まってしまいました。


「とにかく、助けていただいてありがとうございます。ドリスのことも」

「いや、いい…。お前たちを襲った泉の魔物は俺も嫌いだからな」

「泉の魔物…?」

「この泉に最近棲みついた魔物だ。お前のことを食おうとしていた。人間の肉に興味があるのだろう」

「なんてこと…!」


 ジーリャの顔面は蒼白しています。ドリスは、ジーリャを見上げて心配そうにしています。


「最近の魔物は躾がなっていないな。お前も早く町に戻れ」

「いいえ、私は…」


 ジーリャは、気まずそうな声を出します。


「境界線の門番なので…」

「…何?」


 声の主は、ジーリャのことを憐れむように見ました。よく利く鼻が、ジーリャを観察しています。


「お前が門番だと?一人で森に住んでいるという?」

「はい。ジーリャといいます」


 ジーリャは、ドリスを肩に移すと、一歩前に出ました。


「あなたの方こそ、とても勇敢ですけど、戻られた方がいいのでは…?」


 そして、手を伸ばしました。声の主は、すかさずそれを避けます。とても焦っているようです。


「いや、俺は…」


 しかし、ジーリャは避けようとした声の主の腕をつかみます。


「怪我をされているでしょう?」


 ジーリャの掴んだ腕は、黒ずんだ血が流れていました。


「あら…?」


 そしてジーリャは気づきました。その腕は、何かが違うと。

 声の主は、慌てて腕を離します。ジーリャは、一度息を呑みこむと、こう尋ねました。


「あなたは、モンスター?」


 そうです。この森には、魔物がいます。しかし、それとは別にもう一体、得体の知れないモンスターが潜んでいると、町では噂になっています。

 全身毛むくじゃらで、やや小さめの立ち耳。顔は犬か狼のそれで、ブラックマスク。がっしりとした骨格と筋肉だらけの身体は大きく、怪力。鋭い目は、いつも何かを狙っているようです。

 人間のようで、人間ではない。魔物のようで、魔物にはなりきれなかった。

 そんな彼のことを、町の皆はモンスターと呼んでいました。恐ろしくて、醜くて、おぞましい。

 まさにそのモンスターと呼ばれる男が、ジーリャの前に立っています。


「……怪我は手当てをしないと」


 ジーリャは、にっこりと笑いました。ジーリャにその恐ろしい姿は見えていません。恩人である彼を助けないと。それだけを考えているようです。

 モンスターは、その純真無垢な笑顔に、瞬きを止めました。


「お名前、教えていただけますか?モンスターでは、名前とは言えないでしょう?」

「…………バルトロ」


 バルトロは、再びジーリャに手を引かれます。


「バルトロさん、ありがとうございました。今度は私が、手当させてください」


 ジーリャは、バケツに水を汲むと、バルトロの手を引いて家まで帰りました。




 ジーリャの家は、森と町の狭間にあります。森の中ですが、森の奥深くというわけではないのです。

 バルトロの手当てを済ませると、ジーリャは慣れた手つきで包帯を巻きます。ジーリャもよく怪我をするので、包帯を巻くことくらいは得意です。


「これで終わりました」


 ジーリャは、バルトロに笑いかけます。淡い色の髪の毛が、ふわふわとカールをしています。ようやく髪の毛が渇いてきたようです。


「ジーリャは、一人でここに住んでいるのだな」


 バルトロは、家の中を見回します。こじんまりとしているログハウスです。暖炉の火がぱちぱちと音を立てていて、家の中は温かいですが、夜になると真っ暗になるでしょう。


「両親は町にいるの。だから私がここに」


 ジーリャは、バルトロに温かいお茶を出します。ティーカップです。バルトロには飲めない大きさでした。それでもバルトロは、舌を使ってどうにかして飲もうとします。折角もてなしてくれたのです。


「門番の務めは果たさないと」

「しかし一人では危険ではないか?」

「大丈夫です。目は見えませんが、魔女が贈り物をくれたので」

「贈り物…?」


 バルトロの耳がぴくっと動きます。


「目が見えなくても、感覚が研ぎ澄まされているので、普通に暮らせるのですよ」

「……そうか」


 バルトロは、お茶を飲みました。少し熱かったので、びっくりしてしまいましたが。


「見えなくとも不自由しないのはいいことだ」

「ええ。感謝しています」


 ジーリャは、また柔らかく微笑んだ。


「魔物たちも、襲ってくることはありませんし。魔女がよく躾てくれているの。だから、泉の魔物には驚いた。まだ、慣れていないのかしら」


 ジーリャは、考え込みました。ジーリャは魔女のことを信用しています。自分を助けてくれるのですから。


「バルトロは、森に住んでいるの?」


 考えるのを止めたジーリャは、バルトロに尋ねます。


「住むところなどない。だから、森にいるだけだ」

「…そんな」


 ジーリャは、バルトロの言葉に悲しい顔をしました。


「バルトロはとても優しいのに、どうしてみんな怖がるのかしら…?」

「みんなは、間違ってはいない」


 バルトロは、ジーリャの見えない瞳を見つめます。そこに映るのは、おぞましい自分の姿です。


「俺はこれでいいんだ」

「…そんなの哀しい」


 しかしジーリャは、バルトロの毛で覆われた険しい手を優しく包み込みます。


「私は、あなたのことを、怖いとは思わないわ。ねぇ、私、バルトロのお友達になりたい」

「…何?」

「私も森でいつも一人なの。友達はいるけれど、こうやって会話はできないでしょう?」


 ジーリャの言葉に、窓枠に止まっていたドリスが鳴きました。


「ごめんごめん。ドリスは一番の親友だよ?」


 そして小声で、バルトロにこう囁きました。


「けど、私歌が下手だから、一緒には歌えないの」


 くすっと笑うジーリャに、バルトロは思わず目を細めます。ジーリャは、バルトロにしてみれば身体は細く、筋力もそこまでありません。とても柔らかい人間なのです。

 こんな少女一人を、この魔物だらけの森に放置しておくわけにはいきません。バルトロに、初めて保護欲というものが湧きました。


「いいだろう。友達になろう」


 ジーリャはまた嬉しそうに笑います。バルトロも、ぎこちなく笑ってみせました。




 それからジーリャとバルトロは、よく一緒に過ごすようになりました。

 バルトロは、壊れた井戸を直し、ジーリャはボロボロになっていたバルトロの服を直しました。友達の鳥たちも、すっかりバルトロに懐いています。バルトロは、ジーリャと過ごすうちに、自然と笑うことを覚えていきました。何より、ジーリャが傍にいることが嬉しかったのです。

 バルトロは、ジーリャには悪いと思いながらも、その見えない瞳に感謝していました。姿が見えていないからこそ、ジーリャは一緒にいてくれる。友達でいてくれるのだと、そう思っていましたから。


 もしジーリャに見られてしまったら、きっと怯えてしまいます。

 バルトロは、水に映る自分の姿を恨みました。なんて姿。こんな姿、絶対に見られたくはない。バルトロは、隣にいるジーリャを見て、俯いてしまいました。

 ジーリャはとても無邪気です。自分のいる世界にいつも思いを馳せています。見えることはないと分かっていても、夢見ることはやめられません。


 いつか、あの空を見上げるのだと、ジーリャはにっこりと笑います。

 その笑顔を見ていると、バルトロは、彼女に色を見せてあげたいと思うのです。森は、色に溢れています。ジーリャであれば、その一つ一つに名前を付けるでしょう。

 彼女の付ける名前を、知りたいとも思ってしまうのです。

 バルトロは、見て欲しくないという気持ちと、彼女の映す世界を知りたいという気持ちで潰れてしまいそうでした。


 一方のジーリャにも、少し気になることがありました。

 バルトロは、怪我をしていることが多いのです。血の匂いもします。とても痛そうで、ジーリャは手当てをする度に心を痛めていました。

 ある雪の降る日に、ジーリャはバルトロを家に招待しました。寒さを凌ぐだけではなく、ケーキを一緒に焼くのです。バルトロは、その口のせいか、ジーリャと同じものはあまり食べられませんでした。だからこそ、ジーリャは一緒に食べられるものを作りたかったのです。

 ふかふかのケーキが焼けると、寝ていたドリスもその甘い匂いに目を覚ましました。


「バルトロ、上出来ね」


 ジーリャはケーキの香りに夢見心地です。バルトロは、初めて見るケーキに驚いた顔をしています。とても美味しそうに見えたのでしょう。

 二人は、暖炉の前で一緒にケーキを食べました。想定以上の味がしました。ジーリャは、頬が溶けそうなほど嬉しそうでした。


「バルトロ、聞いてもいい?」

「なんだ?」


 バルトロがケーキに満足していると、ジーリャはおずおずとした様子で声を出しました。


「よく怪我をしているのは、魔物と喧嘩をしているの?」


 ジーリャは、悲しい顔をしています。バルトロは、申し訳なくなりました。


「そうだ。魔物はみんな、俺のことが嫌いだ」

「いじめられているの?」

「そうじゃない。俺が無視できないだけだ」

「……」


 ジーリャは、お皿を置くと、バルトロに寄り添いました。ふかふかとした深い胸元に、ジーリャは身体を預けています。


「バルトロ、痛いよね?……私、何もできなくてごめんなさい」


 ジーリャは泣いています。バルトロは、びっくりして身体が固まってしまいました。お皿を持ち上げたまま、どうしたらいいのか分かりません。


「私に力があれば、バルトロは傷つかなくて済むのかな?」

「ジーリャにそんな怪力があったら、みんな驚く」


 バルトロは、しどろもどろにそう言いました。


「ジーリャが悲しむことはない。俺は闘うことになれている。俺はボロボロになったって平気だ」

「そんなことない。ここにいると、バルトロの心臓の音がよく聞こえる。懸命に刻むこの音が、あなたなんだって思うと、とても落ち着くの。穏やかで、優しい音。バルトロ、私は、あなたが傷つくことのない世界を望むわ。あなたの苦しみは、私には分からない。けれど、少しでも分かち合いたいの」


 ジーリャは、優しい声でそう言いました。穢れを知らないその想いに、バルトロは胸が痛みました。


「ジーリャ、君はそのままでいてくれ…」


 バルトロは、お皿を置いて、ジーリャを抱きしめました。少しでも力を入れたら壊れてしまいそうです。


「君が苦しむというのなら、俺はもう闘うのを止める。だからどうか、君は自分のことを願ってくれ」


 バルトロの声は、相変わらず低くて恐ろしいです。しかしジーリャには、そうは聞こえません。とても優しくて暖かい音が降り注いでくるだけなのです




 バルトロが闘うことを止めてから、魔物たちはからかうようにバルトロに攻撃をしてきます。

 しかしバルトロは、どんなにボロボロにされても、何を言われても、やり返そうとはしませんでした。ジーリャは闘いを望みません。ジーリャが悲しむことはしたくないのです。

 バルトロは、手当も自分でするようになりました。ジーリャに傷ついているところを知られたくはないからです。ジーリャは、もしかしたら気づいていたかもしれません。第六感は侮れませんから。


 それでもジーリャは、バルトロの想いを汲んで、いつものように温かく迎えるだけなのでした。

 ある日、バルトロは森の奥の洞窟で目を覚ましました。ここは、バルトロの仮の住まいです。今日は、大雨が降っています。ジーリャの家は大丈夫でしょうか。

 バルトロが洞窟を出ようとすると、入り口に誰かが立っています。バルトロは警戒して近づきました。


「やぁバルトロ。最近、大人しいようじゃないか」


 魔女です。バルトロを失敗作と呼んだあの魔女です。いかにも魔女らしいローブを着て、ニヤリと笑っています。


「何しに来た」

「そんな警戒するんじゃないよ。生みの親に失礼だとは思わないのかい?」

「捨てたくせに、そんなことを気にするのか」


 バルトロは魔女を睨みつけます。


「まぁ生意気だこと…。そんなことより、お前、最近門番の娘と仲がいいようだな?」

「なに…?」


 バルトロの耳がピクリと動きました。


「図星かい?おかしな奴だな」


 魔女はケタケタと笑っています。バルトロに友達ができたことが可笑しいようです。


「お前、あの娘のこと好きなんだろう」

「…何を言う」

「また図星かい?まぁ可笑しなこと!」


 魔女はますます甲高く笑いました。バルトロの耳が塞がっていきます。


「まさかお前が恋を知るだなんて!こんな滑稽なことがあるか?今日は笑うだけで疲れて寝れてしまいそうだ!」

「…彼女のことは馬鹿にするな」

「何を言う。お前に好かれるなんぞ、それだけで恥ではないか!」


 バルトロは何も言い返せません。ジーリャは、そんな子ではありませんが、本当のところ、バルトロも怖かったのです。彼女の目が見えないのをいいことに、自分が思い上がっていただけかもしれませんから。


「まぁそれはいいとして、私は今日、親切にも話をしに来てやったぞ」

「どんな話だ?」

「お前が娘に恋をしているようだからな。お前にかけた呪いを教えてあげよう」


 魔女は恩着せがましい顔をしています。


「お前には、ある呪い魔法をかけた。なんとまぁ、お前には意味のないものだと思ってはいたが…」

「早く話せ」

「お前が愛を知れば、そのままお前は死ぬ。そんな呪いだ」


 魔女は堪え切れずにまた笑いだしました。バルトロは、そんな魔女をただただ見つめています。


「だからお前は、あの娘を愛してしまえば死ぬんだよ。愚かな子だね」

「ご親切にどうも」


 バルトロは、魔女に向かってそう吐きだしました。


「しかし問題はない。彼女は俺を愛さない。仮に俺が彼女を愛したとしても、俺が死んだところで支障はない」

「そうかい。随分と冷めているね」

「あんたの思った通りにはならない。俺は、どっちにしろ一人で死ぬ。あんたは俺を苦しめたくてたまらないようだが、それもここまでだな」


 バルトロが魔女に襲い掛かろうとすると、魔女はすぐに空へと飛び立ちました。


「そこで永遠に苦しんでいればいい。所詮は失敗作なんだ」


 魔女の言葉だけが、泣き虫の空に響き渡ります。






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