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未来の自分を知りたければ……

作者: 久賀 広一

今日、大晦日ということもあって、しばらく会っていなかった知人のところへ顔を出した。


その時、何度目かは忘れたが、仏教系の購読紙のコラムを読むように勧められたが、以前からちっとも目を通していなかったことを告げると、「いいことが書いてあるよ」とまた同じように言われた。


面白いものだが、その知人も、そのコラムの題名をまったく憶えていないのだ。

いつも、「ほら、あそこのすみに書いてある……」という説明で、内容を語られる。


購読のお金は彼が出してくれているから申し訳なく思うのだが、いつも消化しておきたいものでいっぱいいっぱいの僕は、なかなか自分が選んだ本なり、情報なりしか取り入れようとしない。


そして、その彼が文面を勧めてくるたびに、ある有名な画家の逸話を思い出すのである。



ーーかつて、ピカソは牛飼いの少年に訊ねた。


「君は、牛のつのが、耳の後ろにあるか、前にあるかを知っているか?」と。


その牛飼いの少年はすぐには答えられず、ピカソは「大抵の人が、 ものをよく見ることも、考えることもなく日々を過ごしている」というようなことを言ったらしい。


かなり皮肉な話で、本当にそんなやり取りがあったのかどうかは、知らない。

けれど、僕はこの逸話がずっと心に引っかかっていて、ある日気づいた。


「牛飼いの仕事をしている少年にとって、牛の角が耳の後ろにあるかどうかなんて、重要か?」と。


……もちろん、ピカソにとっては重要である。

なにしろ、彼は絵描きであり、よくものを観察せねばならない仕事をしている。


でも、牛飼いの少年にとって重要なのは、牛によい草を食べさせ、数を管理し、市場に肉を送り出すことである。


角が体のどこから生えていようかなんて、ほとんど関係ないのだ。


ピカソが、本当にそういうあざけりを言ったのかどうかは知らないし、実話はもっと含蓄のある話だったのかもしれない。


……でも、この逸話のように、「自分の方が知っているから」と簡単に人を上から見る人間はいる。

少年が働いて、仔牛の出産を助けたり、少しでも良い草を食べさせるために日々考えてこなしている努力を想像もせずに、自分が牛肉を食べて生きていることも忘れて、ただ「たいていの牛の角は、耳の後ろから生えている」ということを知ってさえいれば偉いのである。


本田宗一郎氏は、漫然と眺めているだけはなく、普段から興味をもって観察していなければ良い仕事はできない、というようなことを同じ題材で言われたようだが、それにしても、「君、自分の仕事のこの部分、理解してる? 俺は知ってるぜ、当たり前のことだろ?」

というような態度を取る人間は、この社会で少なくないように感じる。



僕の知人は、ほとんど購読紙を読んでいない僕でも知っているようなコラムの題名をいつまでも憶られない(憶える気がない)が、ある時、別の機会に学んで感銘を受けた『因果経』の話をしたら、


『過去の因を知らんと欲すれば、現在の果を見よ。

 未来の果を知らんと欲すれば、現在の因を見よ』


という言葉をすらすらと暗唱した。


(未来の自分を良くしたければ、現在の行いを改めねばならないと、僕は普段の行状を、思いきり反省させられてしまった)


人は、生活している限り、毎日何かを続けている。

人としてどうかーー意図的に他人を簡単に傷つけるーーという人間は別にして、やはり誰かを見下しての学びなどない。


窮屈なまでに、お綺麗に生きたい訳ではないが、42歳の後厄の最後の日に、またしみじみと酒を飲みながら、良い知人を持ったものだと一年を高慢に反省させられてしまった。











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― 新着の感想 ―
[一言]  こんばんは。戦国時代の大名やら,仏教やらTVでしょっちゅう放送されることをあわせてかんがえてみて 日本は天皇とそして庶民にはしるよしもない何かの根づよい 教え?・・・みたいなところを感じち…
[一言] 養老孟司 先生の本『バカの壁』で、ピーターバラカンが、『日本人は雑学のことを常識と考えているのではないか?』というようなくだりがあったことを思い出しました。 知っていればいい、というもので…
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