天才美少女女子高生!その名は緋色灯ちゃんです!!
彼女がそう言った時、時が止まったような気がした。
今、この子は何て言った?俺の事をヒーロー?いや、まさかそんな……
心の中で動揺する彼を灯はじっと見ていた。そこには、先ほどのような和やかな雰囲気は無く、真犯人を追い詰めた探偵のように射貫くような視線が彼に向けられていた。
彼は心の内を悟られないように笑顔を作って言葉を返す。
「あ、あははは。何かの間違いじゃ無いかな?俺みたいなアラサー男がヒーローだなんて、そんな」
「それ」
唐突に彼女は彼のポケットに入っている物を指さす。そこにあったのは先ほど灯から貰った缶ジュースだった。
「その缶ジュースさっき私があげたやつですよね?」
「ははは、まさか。これはさっき俺が自販機で買ったや――」
「その缶ジュース私の母方の実家がある県の限定品です。自販機ではまず売っていませんよ」
そう言われて彼はポケットに入っている缶ジュースを取り出しラベルを確認する。
『洋ナシの貴婦人がジュースになりました!』
これは……確かに自販機では見た事ないな。てか、こんな奇抜なデザインのジュースをお礼に選ぶなよ。美味そうだけど
彼がジュースから再び灯に視線を移すと、彼女は表情を変えず首をかしげて「ねっ?」と一言。そのどこか自信に満ちた様子に少しイラッとしたが
「あぁ、ごめん。間違えた。このジュースは通販で買った――」
「あと、私それに発信器しかけました。だから、貴方がここに来た事が分かったんですよ」
「そんな馬鹿な!僕のセンサーにはそんな反応は何も……って、あ」
「このバカ犬……」
相棒の大失態により、灯の完全勝利がここに確定する。
今まで表情を変えなかった彼女はとても嬉しそうな顔をして、右手で眼鏡の縁を整え
「どうやら当たりみたいですね」
勝ち誇った笑顔で彼を見る。
さすがにここまで完敗だともはや怒る気にもなれず頭をかき、ため息をついて彼女に言葉を投げた。
「はぁ、もう誤魔化すのは無理か……。で、何が目的なのかな?」
諦めた様子で灯に話しかけると、彼女は先ほどまでのふざけた態度を正し、真っ直ぐ彼の顔を見て言葉を返した。
「その前に自己紹介させて下さい。命の恩人に対して名前も名乗らないのは、さすがに無礼でした」
そう言って彼女は
シュルッ――
時代遅れと言われても可笑しくないレトロすぎる三つ編みを結っていたリボンとデザインセンス皆無の丸眼鏡を勢いよく外し、水に濡れた子犬の様に首を横にプルプルと振る。
そして、髪を手で整えた後再び彼に向き直った。
(うおっ……)
彼の女性のタイプは同い年か少し年上。男の誰もが好きと言われている女子高生など彼にとっては好みのタイプ以前に『手を出したら人生が終わる恐怖の対象』でしかなく、生意気にも評価するとしたら『普通の子かちょっと綺麗な子』くらいだった。
が、そんな彼でも目の前に現れた女の子を見た時、浮かんだ言葉はこれだった。
眼鏡と三つ編みを解いた、灯はまぎれもなく『美少女』だった。
無理やり拘束されていたボブカットの栗色の髪は解放されてふわりと膨らんで、月明かりに照らされキラキラとしていた。顔も年相応の幼さは残るが整っており、自信に満ち溢れた表情をしていた。特に目は透き通った硝子のように曇り一つ無く綺麗で彼女の心の強さを表しているようだった。
彼女はそのバランスの取れたスタイルを見てくれと言わんばかりに、胸に手を当て堂々と彼に名乗った。
「私の名前は緋色灯。年は十七。色才高校二年生です!ちなみにめちゃくちゃ頭が良いです。俗に言う天才です。だから、ナイトハウンドの名乗りに対抗してあえてこう言わせてもらいます」
「天才美少女女子高生!その名は緋色灯ちゃんです!!」
数時間前のナイトハウンドの名乗りと同じく、灯の声は深夜の公園に嫌というほど響いたが当の本人は大満足の様でムフーと鼻息が出ていた。
そして、そんな彼女を見て口から出た言葉は
「マジでJKかよ……。女子高生のコスプレしたちょっと痛い成人だったらまだ言い訳できたのに。どうしよう」
「そこですか!?」
彼は絶望した表情を隠すように両手で顔を覆い、深くため息をついた。
灯は「大丈夫ですよ。私、貴方を脅してどうこうしようとかそんな気でここに来た訳ではないですから」と割とシャレにならない台詞を言いながら、彼をなだめていた。
「もう!いい加減めそめそしないで下さい。貴方は私を何度も救ってくれたヒーローなんですよ?さあ、私の自己紹介は済みました。今度は貴方の名前を教えてください」
「いや、君。俺の名前の前に話をだね――」
最初、彼女に自分の名前を教える気なんてサラサラなかった。
灯はきちんと自身の名を明かしたとはいえ、所詮今日会ったばかりの女子高生。誤魔化して逃げてしまう事も嘘をついてその場を取り繕う事も簡単にできる。ズルい大人が使うような手で癪だったが。
それに自分の名を伏せる正当な理由もあった。
影のヒーローが名を明かすということは、その本人だけでなく名を知ってしまったその人にも危険が及ぶ可能性があるという事だ。ここまでストーカーされ顔も知られてしまったとはいえ、せめて名前だけでも隠すことができれば、彼女に被害が及ぶ危険性はずっと低くなる。
そんなことは自分の後ろで突き刺すような視線を送る相棒のワンコに言われなくてもわかっている事だった。
(あぁ、わかっているよ。クロスケ。この子に俺の名を教えることでどんな危険が生まれてしまうかってことくらい)
でも、それでも目の前の少女。緋色灯が
何かに懇願しているような今にも泣きだしそうな表情で。
それでも、その視線だけは外すまいとあまりにも真っ直ぐな目で自分を見るので
「はぁ……」
彼は小さくため息をつき
「結」
自分の名を名乗った。
「結?」
結が自分の名前を言った後、灯はすぐにその名を復唱する。彼は静かに首を縦に振り自己紹介を続けた。
「あぁ、俺の名前は黒護結。年はアラサーって事で勘弁してくれ。あと、ついでにこれも紹介しておく」
「俺の副業はヒーローだ」
「黒護結……。副業でヒーロー」
「あぁ」
結の言葉をポツポツと繰り返す灯。
その言葉を忘れないように、その身に刻んだ彼女は
「ぷっ、何ですかそれ。あれだけ凄い力があるなら、ヒーローを生業すれば良いのに」
どこか張りつめていた様子だった彼女は、小さく吹き出すと笑顔になってクスクスと笑いだした。
「まぁ、収入面だけで見ると完全にこっちの方が上だが、今の仕事も割と好きなんだ。故にヒーローは副業って事にしている。もっとも、どっちの仕事も手を抜く気は無いがな」
「ふふふ、なんかカッコいいですね。黒護さん」
笑顔で灯にそう言われ、思わず顔が赤くなる。突然、美少女に褒められるとは思ってもみなかったので、頬をポリポリかきながら灯の顔から逃げるように視線を逸らした。
逃がした視線の先にいた相棒の黒柴を見ると、伏せの姿勢のままジト目で結を見ており大きな欠伸をしたあと、顔を背けてふて寝した。このクソ犬……と思いつつも、再び灯に向き直った結は彼女に問いかけた。
「さて、緋色さん。もう一回聞くけど、ここまでして俺の正体を明かそうとした目的を教えて欲しい」
結とクロスケが最も灯に聞きたかった事。
なにゆえ、彼女は事もあろうに助けたヒーローをストーカーし接触してきたのか。
彼女は結からそう問われて、少し前にしたような自信たっぷりな笑顔をつくる。
その顔を見て、結とクロスケはどこか嫌な予感がした。
「私の目的……というか、望みはたった一つですよ」
望みがある。彼女ははっきりとそう言った。
結はここから彼女の話を聞くのが少しだけ怖くなった。
灯と少し話して感じたことだが、彼女の印象は悪くなかった。無茶苦茶すぎる点を除いて。
しかし、ヒーローの正体を突き止め交渉してくるなど、どう考えても良い内容が想像できない。
金銭的要求。自分の名誉の為に利用。
彼女のような子からそんな言葉が出てくるのはとても残念だ。だが、それでもどんな事があっても年上の人間として毅然とした態度で彼女の望みを断ろうとしていた。
そして、彼女は静かに自分の望みを口にする。
「私の望みは――」
「……はい?」
灯の言葉を聞いた時、そこに毅然とした態度の年上の男はおらず、代わりにいたのは口を開けて唖然とするワンコと間抜けな顔をして女子高生を見るアラサー男がいた。
そんな彼とワンコに対して、灯は再び胸に手を当て自信満々に自分の望みを答えた。
「私、貴方達ヒーローのサポートがしたいです!!」