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骸は灰に、魂は故郷に……

 上位・蜥蜴種(ハイ・リザード)


 変化した怪物の姿を見てその単語を聞いた時、灯の中で最初に聞こえた言葉はこれだった。


『逃げなきゃ……』


 しかし、頭でそう考えていても体が動かなかった。体から生えた恐怖という根が足を固定してしまい、彼女は立ち上がることすらできなくなっていた。

 固まってしまった体の代わりに、頭はフル回転で稼働していたが思考がぐるぐると回るだけで解決策は全くと言って良いほど出てこなかった。


 ――さっきの戦いではナイトハウンドの方が圧倒的に有利だった。でも、今の怪物の強さは戦ったことなんて無い私でも分かる……さっきの比じゃない!相手にこんな奥の手があった今、いくらこの人が強くても一人でこんな怪物に勝つなんて無理だ。逃げなきゃ……。でも、どうやって?体が動かない。でも、私が動けなければ、この人も危険な目に合う。そんなの嫌だ。でも、まだ死にたくない。私、まだやらなきゃいけない事あるのに。嫌だ。怖い。死にたくない!どうしよう、どうしよう、どうしよう……


「クハハははは!恐怖のあまり声モ出なイカ?安心しロ。黒イ奴を始末しタあとは、女!貴様がデざートだ!二人まとメテ俺の胃袋二――」

「おい」


 圧倒的な力を前にして恐怖で動けなくなった灯のように怯える姿がヒーローから見られると思った蜥蜴男だったが、目の前に立つその男は怯えるどころか不遜な態度に一切の変化がなかった。

 その態度すら腹立たしかった怪物だったが、ヒーローの口から放たれた言葉は


「お前に最後のチャンスをやる。もう二度と人を傷つけないと誓って、大人しく逃げて元の世界に帰るなら命だけは取らない。でも、これ以上暴れるなら……」


「霊魂にして元の世界に返すぞ?」


 だった。その言葉に驚愕したのは怪物だけでない。灯ですら『えっ!?』と思い、目を丸くしてナイトハウンド見ていた。

 しかし、彼は去勢や冗談でその言葉を放ったわけではなく、本気で目の前の怪物に対し『逃げなければ、始末する』と言っている様子だった。

 怪物の感情は愉悦から一気に激しい憎悪と殺意が混じったものに変化し


「ヤッテミロォォ!!」


 そう言って地面を蹴ってナイトハウンドを殺そうと襲ってきた。


「馬鹿野郎……」

(えっ?)


 少し悲哀が混じったようなナイトハウンドの呟きが灯の耳に聞こえた次の瞬間、ヒーローも大地を蹴って怪物に真正面から向かっていく。


「イイ度胸だ!死ネ!」

 ブゥゥン!!

 空を切り裂く音が夜闇に響き、怪物が両手の爪でナイトハウンドの身を切り裂く映像が映り、ヒーローが死んだ――と思ったが


「ナっ!?」

 それは残像であり、次に怪物の目に映ったのは自身の懐に潜り込み拳を構えていた黒い死神の姿だった。


「葬拳」

 ズドム

「ガッ……」


 それは一瞬の出来事だった。

 肉に重たい何かが沈むような音がした時には、怪物の腹にナイトハウンドの拳が深くめり込んでいた。動きが止まり目のハイライトが消えていく怪物の口から、大量の赤黒い体液がどばどばと流れ落ちる。


「……」


 ズッ……

 ナイトハウンドは何も言わず怪物の体からその拳を引き抜くと


 ドスッ

 怪物は膝から地面に落ち


 バタン……

 その体躯は地面に崩れ落ちた。




「勝った……の?」


 一瞬で決着がついたその死闘の結果を灯はすぐに受け入れる事ができなかった。

 蜥蜴男は最初に自分を襲った時よりも間違いなく凶悪で強大な力を得ていた。その姿を一瞥しただけで、恐怖で体は動かなくなった。

 断言できるが、上位・蜥蜴種は人類に多大な被害をもたらすほどの強敵だった。


 しかし、それでもヒーローは勝った。しかも、たった一撃で。


 あまりにも早く、そして、あっけない戦いの幕引きに疑問を抱いたのは灯だけではなかった。


「何故ダ……」


 地面に崩れた怪物の口から弱弱しい声で言葉が紡がれた。先ほどまでその一言一句が恐怖の象徴だったのに、今はその鱗片すら見当たらなかった。


「俺は……強クナッタ。コノ世界で『英雄』と呼ばレル奴らを倒せル程に。コノ世界デ俺はモット強くナって俺を馬鹿ニしてきた奴ラを見返シテ――」

「俺の方が強かった。この戦いの結末はその事実だけで成ったものだ」


 怪物が声の方に視線を移すと、地面に片膝をつき自分の顔を見る黒い仮面の戦士の姿があった。


「それにこの世界はお前の力を誇示する場でも、餌場でもない。誰かを傷つければいつかその報復を受けることもある。それはお前の世界でも一緒のはずだ」


 自分の命を奪った戦士。しかし、彼には先ほどのよう明確な敵意は無く、凪になった海の様に穏やかな空気が纏われていた。それを受け蜥蜴男の殺意や憎しみも何故か少しずつ消えていった。


「自分を馬鹿にした奴を見返したいという気持ちは誰にだってある。だがそれは凶行に及んで良い理由にはならない。お前のその仕返しは明らかに間違っている」

「そうダナ……。お前の言う通リいつカこうイう日が来ルのは必然だったカモしれン」

「あぁ、そうだ。だから俺はお前を倒した事も悔いては無いし、お前の受けてきた境遇を想像して同情もしない。だから、さっきと同じように事実だけ述べる」


 そう言ってナイトハウンドはスッと立ち上がり、月明かりを背に堂々とそしてハッキリと怪物に告げた。

 自分と死闘を繰り広げ、そして、勝利を勝ち取った上位・蜥蜴種に向けて


「お前は強かった。特に最後の双撃は見事だった」


 そう言った。その言葉を聞いて怪物は驚いたように目を開き、そして、その瞳から一筋の雫が流れ落ちた。


「ソウカ……。貴様程の戦士にソウ言わレルのでアレバ――」



「俺ノ今までノ戦イは無駄では無カッタ」



 そう呟き怪物は満足そうな表情を浮かべ静かに目を閉じた。

 その骸はゆっくりと灰になっていき、夜風に吹かれて消えていく。


「骸は灰に、魂は故郷に……」


 そう告げナイトハウンドは握り続けていた拳をそっと開く。その拳から小さな光、蝋燭に灯った火のような淡く優しい光が天に昇って消えていった。


 灯はその美しくもどこか悲しい光景をずっと見ていた。




「……」


 怪物の骸が夜風に吹かれ全て消えるまで、その黒い戦士はずっと空を見上げていた。

 灯もそんな彼の姿から目が離せず、じっと見続けていた。


「……さて」


 何かに満足したような声を発し、ヒーローはくるりと回り灯の方に向かって歩き始めた。

 ハッとなり立ち上がってお礼を言おうと慌てるが足に全然力が入らずあたふたしていると


 ヒョイ

「きゃあ!」


 灯の体はまたもナイトハウンドに抱きかかえられ宙に浮く。

 見知らぬ人に二度もお姫様抱っこされた羞恥心で彼女の顔は真っ赤になっていた。


「乱暴でごめん。あとちょっと跳ぶから、怖くなったら俺の体にしっかり捕まってくれ」

「えっ?それってどういう……」


 灯が言葉を言い終える前にナイトハウンド足に力を込め


「せー、のっ!!」

「へっ?きゃぁぁぁぁぁー!」


 大地を蹴って空高く跳んだ。あまりにも突然の出来事に灯の羞恥心もどこかに飛んで行き、彼の体に両腕でしっかりと掴まる。ナイトハウンドは彼女に思いっきり掴まれてもそれを意にも介さず、高く跳んでは着地、高く跳んでは着地を繰り返し、二人は街灯の明かりしかなかった夜道を抜け、沢山の明かりが光る街の方へ向かっていった。




 ズサァァァァ!


 ナイトハウンドは灯を抱えたまま、住宅街にひっそりとある小さな公園に着地した。

 周囲を見渡し人がいない事を確認した彼は灯に話しかけた。


「ふうっ……。ここまで来れば大丈夫かな?この辺りなら大きな声を出せばすぐに人が気づく。もう安全圏だよ」


 そう言って灯をゆっくりと公園のベンチに降ろした。そして、「一応、警察にも連絡しておいたから」と伝えて、彼女に背を向けまた跳ぼうとした時――


「あのっ!」


 後ろから声を掛けられ振り向くと灯がふらふらと立ち上がりながら、自分に何かを差し出していた。


「ありがとうございます。おかげで助かりました。あの、ちゃんとお礼がしたいんですけど、今はこんなものしか無くて……」


 彼女が差し出してきたものは缶ジュースのようなものだった。

 ヒーローはその謝礼を最初断ろうとしたが、彼女が懇願するような目で自分を見ていたので


(これは断るほうが悪いな……)


 と思い、お礼を素直に受け取った。


「ありがとう。お礼はこれで充分だよ。気をつけて帰ってね」

「あっ、待って!あの貴方の名前――」


 灯が言葉を言い終える前にナイトハウンドは再び地を蹴って空高く跳んでいた。

 彼女はその姿が見えなくなるまで、ヒーローを目で追い続けていた。




「……行っちゃった」


 公園に一人取り残された灯が呟く。

 ポケットに手をいれ、スマホを取り出す。時刻は零時を過ぎて日付が変わっていた。

 遠くでパトカーのサイレンが響いていた。おそらくヒーローが呼んでくれたものだろう。

 しかし、灯はその音の方には目もくれずスマホの画面を操作し、あるアプリを開く。


 ――今日は散々な日だった。暗くて人のいない夜道を何時間も歩いて、知らない男子生徒(結果、怪物だったけど)と面白くもない会話する羽目になったし、そして、最後には蜥蜴男に食い殺されそうになる。


 夢だと思うような経験だが、かさぶたになった足の擦り傷は触れると少し痛むため、これが現実であることを実感させる。

 普通の女の子ならトラウマになりかねないような経験をした彼女の顔は


 笑っていた。


 彼女がスマホで見ていたのは地図のアプリ。そこには二人の点滅点があった。

 一つは自分の位置を表示するもの。そして、もう一つ


 自分のいる位置より少し遠くでその点は光っていた。


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