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その名は、ナイトハウンド!!

 突如、目の前に現れた人物の名を灯は知らなかった。しかし、その人物を一目見た時、即座にある単語が思いつく。


 『ヒーロー』


 頭部を覆う黒い仮面はツインアイが輝き、首に巻かれている赤いマフラーは暗闇の中でも鮮やかに目に映り、それは夜風を受けて静かに舞っていた。体には仮面と同じく漆黒の色をした胸当て、肩当て、籠手、脛当て、ベルトと動きを阻害しないように最低限の防具が装備され、残りの部分は材質不明のボディースーツが着用されていた。


 この人の名前はわからない。でも間違いなく、この人はヒーローだ。そう思った。


 突然、現れたヒーローから目が離せず、彼に抱きかかえられた格好のまま灯はその姿をじっと見ていた。その視線に気づいたヒーローは彼女に声をかける。


「君、大丈夫?大きな怪我は?具合が悪いところとか無い?」

「へっ?あっ、はい。大丈夫……です」


 その声を聞き、ぼーとしていた灯の頭が瞬時に覚醒し、自分がヒーローにお姫様の様に抱きかかえられている事に気づく。そのせいもあり、彼女は恥ずかしそうにもごもごと答えた。


「そう……良かった」


 マスク越しに聞こえるその声は少し籠っていたが、それでもヒーローが灯の無事を確認し安堵していることはわかった。お礼を言おうと灯が口を開きかけた時


 ゴギャン!!

 鈍く重い破壊音が聞こえ、二人がそちらの方を向くと街灯が直立の状態からくの字に曲がっていた。

 チカチカと点滅する明かりの下から先ほどの蜥蜴男が現れる。大顎が腫れ、牙が何本かへし折れたその顔は殺意に満ち溢れていた。


 ベッ!!

 蜥蜴男はヒーローに向けて口から何かを吐き出す。

 それは怪物の牙であり、立派だった牙は根元からへし折れて見るも無残な姿になっていた。

 ヒーローは足元に転がったそれをチラリと見て、視線を怪物に戻す。その態度で怪物の殺意が一層強くなり大声でヒーローに吠えた。


「フザけるナ!何ダ!!お前は!?」


 ヒーローは「ごめん。少し待っていて」と灯に声をかけ、静かに地面に降ろす。そして、怪物の方に向き直り答えた。


「別に名乗る程の者でも無い。俺はただの――イヅゥ!!」


 話の途中で奇妙な声を上げて首根を抑えうずくまるヒーロー。突然の意味不明な行動に灯、蜥蜴男は困惑の表情を浮かべる。

 首筋を摩りながら再び怪物に向き直った彼はコホン。とわざとらしい咳払いをした後


「……失礼。敵であっても礼節を欠くべきでは無かったな」


 そう言った後、ヒーローは全身に力を籠め、左腕を大きく真横に広げる。その風圧でマフラーが横に棚引く。

 次に彼は右手で怪物を指さし、声高々と台詞を叫ぶ。


「闇夜を駆けるは、悪を屠る猟犬! 冥土の土産に我が漆黒の姿と、その名を覚えてゆけ!!」


 ダンッ!!

 地上から数メートル高く飛び上がったヒーローは街灯の天辺に着地し、怪物に向けて右手を前に翳す。


「我こそは神出鬼没の変た――変身ヒーロー!!」


 グッ!!

 翳した右手を握り、拳を怪物に向けてヒーローはその名を叫んだ。



「その名は、ナイトハウンド!!」



 力強く叫んだその名は暗闇の中で嫌というほど響いたが観客が灯と怪物だけだったため、すぐにシーンとなり夜の静寂さが戻ってくる。数秒後、灯が申し訳程度に小さく拍手をするがそれが一層、ナイトハウンドの名乗りを物悲しくさせていた。

 怪物は大きなため息をつき、彼を睨む。


「フザけテいるノカ?」

「……大真面目だ」


 その言葉を聞いた瞬間、怪物の中でブチッという何かが切れた音がし


「八つ裂キダ!!」


 そう叫び蜥蜴男は彼の立っている街灯を襲撃する。

 大きな爪が生えた右腕を横に薙ぐと街灯は金太郎飴のように簡単に輪切りになる。

 怪物の予想では後は落ちてきた獲物を爪で切り裂くあるいは尾で叩き殺すだけだったが

 ――そこにヒーローの姿は無かった。


「ナニッ!?」

「言っただろ?大真面目だ。と」


 蜥蜴男が背後の声に気づき振り返った時には腹部に激痛が走っていた。

 ガアッ……と濁った悲鳴を上げていると


 ガッ!!

 ナイトハウンドは怪物の尻尾を思いっきり掴み


「せーのっ!!」


 ブゥン!!

 体を独楽の様に回転させ怪物を天高く放り投げた。


「グワッ!!」

 急に自分の体が宙に浮いた怪物は一瞬思考が停止したが


「グッ!!まダだ!!」

 ビュン!!

 くの字に曲がった街灯に自分の舌を絡め、それに力を籠め、己の体を地上に戻そうとする

 ――が突然、怪物の頭上に影が落ちる。すぐに上を見るとその目には拳を振り上げたナイトハウンドが映った。

 怪物は腕を交差して防御の体勢を取るが


 ボゴッオ!!

「グガァ!!」

 突貫のガードではその一撃の威力を殺しきれずその身は地に叩きつけられた。

 怪物が落ちた地点に激しく土煙が舞い上がり、平らだった地面には大きな窪みができていた。


「凄い……」


 あまりにも速く、激しい戦闘が眼前で展開され、それをただ見ている事しかできなかった灯は思わず声を洩らす。

 先程、自分の体を宙づりにされ、喰い殺されかけて理解したが蜥蜴男は決して弱い怪物では無い。

 人間一人を簡単に吊るし上げる柔軟だが頑丈な舌。電柱をいとも簡単にスライスしてしまう爪。他にも重い一撃を放ちそうな尾、ナイフ程度なら傷一つ付かなそうな鱗。怪物が本気になればどんな攻撃を受けても、人など抵抗すらできず瞬殺されてしまう。それほど、怪物と人との戦闘力は大きな差がある。

 灯もそう思っていた。


 ナイトハウンドの戦闘を見るまでは


 漆黒のヒーローは怪物の猛攻を軽々と躱しただけでなく、数回の反撃で瀕死の状態に追い込んだ。しかも、ナイトハウンドの方はその身に傷どころか、汚れすらなく、疲労感も全く感じられない様子だった。


(これがヒーロー、ナイトハウンド……)


 ヒーローの圧倒的な強さを間近で見ることができた灯は、怪物に対する恐怖からヒーローへの期待に心情が変化していった。


 体だけでなく、自尊心も打ちのめされた怪物はよろよろと立ち上がりながらも、その身に宿る殺意をむき出しにして黒い鎧の戦士を睨む。


「ナルホど。ただのフザケた男では無イようダ……。ダガ!」


 蜥蜴男は突如、天に向かってその大きな口を開く。

 その姿を見たナイトハウンドは即座にその場を離れ、灯に背を向けてその身で庇うような体勢をとる。


「君!耳を塞いで、俺の後ろにすぐに隠れて!!」

「えっ!?はい!!」


 ナイトハウンドの言葉の意図はすぐに理解できなかったが、それでも灯は即座に彼の指示通り耳を塞ぎ、後ろに隠れてその身をできる限り小さくした。

 次の瞬間――


「オァァァァァァァァァアァ!!!!!」


 蜥蜴男は空に向けて咆哮した。

 地面がビリビリと揺れ、街灯の電球が割れるがその音すら怪物の声でかき消されていた。耳を塞いでいても聞こえるその声に灯は頭が割れてしまいそうな感覚に襲われたが、ナイトハウンドが体で覆うように彼女を庇ったおかげで何とか耐える事ができていた。

 たった数分間の咆哮が、何時間も続いているような苦痛に切り替わろうとしていた時ようやく怪物の声は静かになり、再び無音の闇夜が戻ってきた。


「大丈夫。俺の声聞こえる?」

「あっ、はい。なんとか……」


 灯はヒーローの問いに笑顔で答えるがその顔には疲労感が色濃く出ていた。


 ビタアァァァン!

 突然、蜥蜴男のいた方から大きな音が聞こえ、ナイトハウンドと灯は音の方を向く。


「嘘。あれって……」


 そこにいたのは先ほどの蜥蜴男。しかし、先程とは異なり明らかに体が肥大化し、より禍々しさが増していた。大きな爪や牙もより鋭くなっており、殺傷能力が倍になっていることは明白だった。


「やはり進化か……」

「え?」


 ナイトハウンドの呟きを聞き、灯の心の中に再び恐れの感情が芽生える。

 不安を隠せないまま再度怪物に視線を移すと、彼女の視線に気がついた怪物は勝ち誇ったように笑顔を浮かべ言葉を続けた。


「ドウダ?俺ヲたダの蜥蜴男と思っタラ、大間違いダ。俺は通常の蜥蜴男より数多くノ戦闘をこナして次のステージにイく力をつけタ」


 ビタアァァァン!

 先程と同じ何かで大地を打つような大きな音が聞こえる。ナイトハウンドも灯も今度はその音の正体を理解する。

 それは怪物が己の尾で地面を打つ音だった。先ほどより一回り大きくなり、より強固な鱗で覆われたその尾から放たれる打撃はもはや鞭というよりは槌の様な威力に変化しており、その衝撃によって地面に大きな凹凸とヒビが生まれていた。

 自分の武器の威力に満足した怪物は自信満々に己の名を名乗った。


上位・蜥蜴種(ハイ・リザード)だ」


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