バンシーの正体
エリーゼ視点
スラグライン出口付近の休憩所で、アタシはそこから南へ続くフライトスポットの渓谷郡を眺めていた。
あの赤と白のフルカウリングドラゴンに競負けてからは、時間を見つけてはここに足を運んでいる。
でもアタシがリベンジするべき相手とは、いまだに出会えていない。
色々なところで聞き回っているんだけど、本人はおろか、あのライダーを知る人物にすら出会えなかった。
「どこにいるのよ、バンシー」
そう呟くと、傍にいたアズワンも唸るように声をあげた。
「お前もアイツにリベンジしたいのね」
アズワンの額に触れ、それから長く伸びた首、肩、黄色い翼へと視線を移す。
コイツが負けたのが未だに信じられない。世界最高峰の技術と魔術の結晶であり、誰よりも速く飛ぶために生まれてきたスピードドラゴンなのだ。
リベンジしなきゃ、あの飛竜に勝たなきゃ、アズワンの存在意義が失われてしまうーーと、そこまで考えて苦笑いを浮かべてしまった。
「……違う。存在意義を失うのはアズワンじゃなくてアタシの方よ」
ほとんどの人はアタシを『公爵令嬢』として評価する。それも手放しで高評価。
でも、公爵令嬢なんて与えられたモノであって、自ら生み出した価値じゃない。だからアタシが公爵令嬢を誇るのは違う。『誇り』とは、自ら勝ち取らなければ無意味よ。
それじゃあ、これまでにエリーゼ・スタンホープが勝ち取ったモノは?
そんなの、速く飛べることぐらいしかない。
だからリベンジしなければいけない。バンシーに勝って自分の存在意義を取り戻す。
それまで、アタシは自分を誇りに思うなんてできない。
いつの間にか、固く、拳を握り締めていた。
「エリーゼさん、今日も収穫なしです」
振り向くとメーガンが立っていた。
彼女もバンシーの捜索に付き合ってくれていて、この辺りのライダー達に聞き回っていた。
でも、そうか。アイツの情報は得られなかったのね。
「もう二週間ぐらい経ちますが、いっこうにバンシーの情報は出てきませんね」
「赤白のフェアリングドラゴンでこの辺りを飛んでいた、って情報だけだからね。特定が難しいのはわかるんだけど……あんな速いライダー、誰かが知っていそうなもんじゃない?」
「それに『エリーゼさんが探している』って話題もかなり広まっているので、本人の耳にも届いていそうですけどね。さっき聞き込みをしたライダー達もバンシーの噂は知っていましたよ」
アタシがバンシーを探しているの、結構噂になっているんだなあ。
まあ、最近は行く先々で聞き回っていればそうなるか。
「本人の耳に届いているなら、むこうからアクションがありそうだけどね。あの『閃光』に勝ったのは俺だ! って」
正直なところ、どうせ本人が触れまわると思っていたから自分が負けたことまで隠さず聞き回っていたんだけど……アタシが正体不明のライダーに負けたことだけが広まっちゃったみたいなのよね。
負けたのは事実だから、いいけど。
(でも、ちょっと恥ずかしいじゃない! さっさと出てきてよ!)
「せ、『閃光』……そうですね」
なぜかメーガンは『閃光』という言葉を聞いて視線を泳がせる。
あれ? アタシって『閃光』って呼ばれているんでしょう? 違った?
「なに?」
「いえ、何でもないですよ……ところで、この後はどうします? もう少し練習しますか?」
強引に話題を変えられた気もするけど、まあいいわ。
バンシーの捜索と合わせて、スラグラインにきた時はフライトスポットの攻略も進めている。アイツにリベンジする舞台はここ以外にないし、例のスパイラルゾーンはなんとしても攻略したいからだ。
とはいえ、かなり飛んだし、そろそろ潮時ね。
「今日は、もう帰るわ。これ以上いてもバンシーの情報は得られそうにないし」
「そうですね。イーサンも別の情報筋を当たってくれているみたいですから、きっと近いうちにバンシーのこともわかるかもしれません」
イーサンってのは、バンシーと遭遇した日に一緒にいた男だ。
今日は付いてこなかったと思ったら、他を当たってくれていたのか。よし、今度、会ったらほめてやろう。
「でも彼のことだから、余計な噂まで広めているかもしれませんが……」
余計な噂? ……あッ! まさかバンシーに負けて涙目になってたのを見られて……よし、ほめるのナシだな!
「エリーゼさん? どうかしました?」
「今度、イーサンに会ったらブッ飛ばす!」
「はあ。どうしてそうなるのかわかりませんが……お手伝いますよ」
しばらくメーガンとイーサンを懲らしめる方法を話し合ってから、自宅のあるキャレター空地区へと飛んだ。
☆ ☆ ☆
キャレター空地区は巨大浮島に建設されたライズ皇国でも有数の高級住宅地区だ。
とはいえ金ピカの宮殿が乱立しているわけではなく、古くからの建築様式の屋敷が並ぶ、落ち着いた雰囲気の住宅地区だ。主に政財界の関係者達が住んでいるって聞いているけど、詳しいことはよくわからない。
アタシの家はキャレター空地区の端に面したところに建っていて、飛竜の離着スペースが浮島から突き出ている。このおかげで離着陸がスムーズにできるので、スタンホープ邸の施設の中でもアタシのお気に入りだ。
「結局、今日も収穫なし。本当にバンシーを探し出せるのかな……ん?」
着地させたアズワンを竜舎へ入れたアタシは、そこにいる沢山の飛竜の中に、真っ白なカウリングドラゴンがいることに気づいた。それが誰の飛竜なのかは、ひと目でわかった。
「お姉ちゃん、帰ってきてるんだ!」
アタシには4つ年上の姉がいる。
綺麗で頭も良くて、飛竜の操縦も上手いお姉ちゃんは憧れの存在だ。
アタシが飛竜に乗るようになったのもお姉ちゃんの影響が大きい。
そんなお姉ちゃんとは、ある事情により3ヶ月ほど会っていなかった。
「帰ってくるなんて聞いてなかったけど、コイツがいるってことは間違いない!」
静かに鎮座するホワイトパールのアズワンを見て、アタシはお姉ちゃんがいるのを確信した。
早く会いたくて、自分のアズワンから鞍を外すのももどかしく感じる。
急いで竜舎を出るとライドスーツのまま、お姉ちゃんの部屋へとむかった。
「お姉ちゃん!」
勢いよく扉を開けるとアタシのお姉ちゃん、マチルダ・スタンホープがいた。
腰まで伸ばした金髪と透き通った白い肌、長いまつげと宝石のような青い瞳。あいかわらず存在自体が芸術品みたいな容姿だ。
お姉ちゃんは書類の束に目を通していたけど、すぐにアタシに気づいて「おかえり、エリーゼ」と微笑んだ。
「お姉ちゃんこそ、お帰り!」
そのまま、お姉ちゃんに抱きつく。
お姉ちゃんは背が高いので、アタシが抱きつくと胸に顔を埋めるようなかたちになった。お姉ちゃんの温もりが身体中を包み込んでいく。それだけで嬉しくなった。
「お姉ちゃんが帰ってくるのは、もう少し先だって思っていたから驚いちゃった」
お姉ちゃんは去年、司法大学を卒業して、今年から官僚として父さんと同じ部署に配属された。そして初めの年は各地で様々な研修を受けねばならないらしく、しばらくは家に帰ってこれないと聞かされていた。
「研修期間は半年を予定していたけど、そんなに時間をかける必要もなさそうだったから前倒ししたの」
なんでもないような口ぶりだったが、それが普通じゃないのはアタシにだってわかる。
「すごい、さすがお姉ちゃん!」
どんな方法で研修期間を短縮したのかわからないけど、きっとお姉ちゃんにしかできない方法だったと思う。
美人で言葉遣いも丁寧だから、控えめでおしとやかそうに見えるけど、周囲が考えもしなかった方法で問題を解決したり、驚くほど大胆な行動で成果を生み出してきた人物だ。今回も伝説のひとつやふたつは作ってきたに違いない!
「それじゃあ、これからは一緒にいられるってこと?」
「そうね。今後はここで生活しながら働くつもりよ」
「やった!」
お姉ちゃんのいなかった数ヶ月は、半身を切り裂かれたような気分だった。
単純に寂しかったのもあるけど、いつもならすぐに相談できたのに、それができなくて困ったことが何度もあった。
最近は、バンシーの件で悩んでいたのでなおさらだ。
(そうだ、バンシー……アタシにはその問題があるんだった)
「エリーゼ?」
顔を上げるとお姉ちゃんが見つめていた。
綺麗な青い瞳は、アタシの心まで見透かしているようだ。
「そういえばアナタの噂を聞いたわ」
「ウワサ?」
「あるライダーを探しているそうね」
お姉ちゃんは、なんでもお見通しなのね。
「うん。そうなの」
「詳しく聞かせてもらえる?」
お姉ちゃんはアタシをイスに座らせると、自らはベッドに腰を下ろした。
「バンシーと出会ったのは二週間前」
「叫び霊?」
「アタシがそう呼んでいるの。呼び名がないと不便でしょ?」
「それもそうね……ごめんなさい。続けて」
「うん。場所は深夜のスラグラインで……」
アタシはお姉ちゃんにバンシーと遭遇した状況を説明した。
アズワンの機動性をもってしても追いつかれたこと。常軌を逸した方法でスパイラルゾーンをクリアしていったテクニック。見たこともないシルエットのドラゴン……それらを聞いたお姉ちゃんは腕を組んで考え込んだ。
「それだけの情報だと、ライダーの特定は難しそうね」
「やっぱり、お姉ちゃんでもわからない?」
「ライダーに関しては、ね」
「?」
アタシが首をかしげると、お姉ちゃんは口元に笑みを浮かべた。
「飛竜が『甲高い声』を出していたっていうのは間違いない?」
「うん。まるで悲鳴みたいだった。アズワンとはぜんぜん違うの」
「もしかして、その飛竜は瞳の色が赤くなかった?」
「えッ、そうだよ。気味悪く赤く光ってた!」
「それならバンシーは『レッドドラゴン』ね」
レッドドラゴン。聞き覚えのない名前だった。
「『レッドドラゴン』は飛竜の種族のひとつよ。今では『サンダードラゴン』が主流だけど、ひと昔前まで各メーカーはレッドドラゴン種かサンダードラゴン種をスピードドラゴンに採用していたの。赤い目と甲高い咆哮はレッドドラゴンの特徴ね」
飛竜にそんな種族があったなんて初めて知った。
アタシは、アズワンで速く飛ぶことだけしか考えてこなかったので、この手の専門知識にはうとい。現在の主流・サンダードラゴンについても、なんとなく言葉を聞いたことがある程度だった。
お姉ちゃんの話によると、昔はレッドドラゴンもよく使われていたらしいけど、この種族は色々と欠点があったらしく、今ではどのメーカーもサンダードラゴンしか生産していないらしい。
当然、アズワンもサンダードラゴンで、正式名称の『AZT−ONE』のTはサンダードラゴンを意味しているそうだ。
「え? それじゃあ、アタシは廃れた旧式のドラゴンに負けたの?」
「レッドドラゴンを侮ってはダメよ。欠点さえ克服できれば十分な戦闘力をもっているわ。それに『レッドドラゴンはサンダードラゴンよりも速い』っていうのがひと昔前の通説だったのよ」
お姉ちゃんはそういうけど、それでも『最新鋭のアズワンが旧式のドラゴンに負けた』ってのは変わらないじゃない。やっぱりムカつくわ!
「さらにバンシーの飛竜を特定しましょう……その飛竜は赤と白のフルフェアリングドラゴンで、流線形のシルエットをしていたのよね?」
「うん。鋭角的なデザインのアズワンとはぜんぜん違う。でもシズク産の四枚羽のデカブツとも違う雰囲気の流線形なの」
「わかったわ。あと、エリーゼが操るアズワンに追いつくためにはレッドドラゴンでもトップクラスのスペックが必要ね。レッドドラゴン、赤白、フルフェアリング、トップカテゴリー……」
一瞬だけ間を開けて、お姉ちゃんがアタシを見つめる。
「『DZ500D』……その昔、アヤハムがレッドドラゴン種のスピードドラゴンにつけていた通称『DZシリーズ』のトップカテゴリーに位置する飛竜よ。それに赤白のカラーリングはDZシリーズの特徴でもあるわ」
『DZ500D』。それがあの飛竜の名前。
これでバンシーに一歩近づいた、って訳ね。
「ありがとう、お姉ちゃん。今後は教えてくれた飛竜の名前で探してみる」
「DZ500Dは、かなり稀少な飛竜だからバンシーの特定に役立つはずよ」
お姉ちゃんのおかげで新たな情報を得ることができた。
これでバンシーが見つかればいいけど、相手は自ら名乗り出るような人物じゃない。
このまま特定できない可能性もあった。
できれば飛竜の名前だけじゃなくて、もっと確実に探し出せるような方法があればいいのにーー。
「その顔はもうひと押し、アドバイスが欲しいって表情ね」
「……うん。実はそうなの」
「それなら、こういうのはどうかしら……」
それからお姉ちゃんが話してくれたのは、アタシが予想もしていなかったような壮大な計画だった。
「バンシーをあぶり出すのは通過点に過ぎない。私達が目指すゴールはもっと、ずっと先にあるの」
お姉ちゃんにしては珍しく、熱に浮かされたような表情をしていた。