ドラゴン用品店
ルーカス先輩との一件から数日が過ぎた。
あれから音沙汰はなく、ボクは平和な日々を過ごせている。
このまま何も起きずにいて欲しい。本当に。
今日はカンナとドラゴン用品店にいく約束をした日なので、放課後はシリッド地区という多くの店が集まる商業エリアに来ていた。
「ルーシーさんがやっているお店は、この通りの先だよ」
カンナはずいぶんと楽しそうだった。
年頃の女の子が、オシャレな飲食店や雑貨店、洋服店に目をむけず、真っ直ぐむかっているのがドラゴン用品店。色々と思うところはあるけど、かといってアクセサリやスイーツでキャッキャするなんて、ボクとカンナには難しいだろうな。
通りを抜けるとカンナがある建物を指差した。
「ここだよ、アリス」
どうやら目的のお店についたらしい。がっしりとしたレンガ造の建物とその隣に小型から中型ぐらいの飛竜が着地するためのスペースがある。入り口のそばには『シリッドライダーズショップ』と書かれた看板が備え付けられていた。
「ボク、こういうお店にくるのはじめて」
「そうなの? ウチは配達用のドランに使うケミカル系を買いにくるかな。あとヒマな時は用もないのにきちゃったりもする」
カンナはよく通っているみたいだけど、ボクにはこの手のお店に行く理由がなかった。
ディズに必要な物は、メンテナンスをしてもらっているドラゴンエンジニアから格安で購入できるし、トラブルがあってもドラゴンエンジニアがいるから問題ない。
ぶっちゃけ、ここにきたのはカンナの誘いを断れなかったからだ。
とはいえ、ドラゴン用品店に売られている物には少しだけ興味があった。
店の中に入るとズラリと配置された棚に様々な品物が並べられていた。
商品の種類はかなり多くて、飛竜の翼に塗るワックスだけでも何種類もあった。
(へー、こんなに種類があるんだ。でもワックスとか保湿クリーム、栄養剤なんかは昔から使っているヤツで充分だしなあ。なにコレ? スーパー魔力添加剤? ちょっと使うの怖いなあ。おっちゃんにも変なの使うなっていわれているし)
入り口から順番に商品をみていき、騎乗用ウェアのコーナーまできた。
最新のライドスーツやグローブ、シューズが展示されている。
(いつも使っているジャケットとパンツ、だいぶくたびれてきたから新調したいんだけど……うわッ、たか! 騎乗用ってこんな値段するの?)
ライドスーツの値段に驚いていると、カンナもそれを見て「スーツって着るの勇気がいるよね」という。
「勇気? お値段的な意味で?」
「あはは。それもあるけど、これを着ると体型がモロに出るじゃん。お腹とかお尻とか、太ももとか。水着よりも着た人のプロポーションがわかるんじゃないかな」
カンナが恥ずかしそうな顔で答える。
その着眼点はなかったな。モジモジしている彼女を見ながら、ボクの親友も女の子なんだなと思った。
「あら、カンナちゃん。いらっしゃい」
癖っ毛を後で束ねた女性店員が話しかけてきた。
「こんにちわ、ルーシーさん。おじゃましてます!」
「よくきてくれたわね。今日は何を買いにきたの?」
カンナに『ルーシーさん』と呼ばれた店員は、赤毛で小ざっぱりとした顔立ちの20歳ぐらいの女性だった。口元に浮かべた笑みとハキハキと喋るところが印象的な、気のいいお姉さんといった雰囲気の人だ。
「特に用があってきたわけじゃないんですけど……強いていえば、親友にルーシーさんを紹介するためにきました!」
「え、私⁉︎」
ルーシーさんが自分を指差しながら驚く。
そりゃ、そうだ。普通、そんな目的で店にくる客はいないだろう。
「彼女はアリス。ウチほどじゃないけど飛竜好きで、特にスピードドラゴンに興味があるんです!」
そうカンナがボクを紹介してくれたが、今まで『飛竜好き』とも『スピードドラゴンに興味がある』ともいったことはない。どうやらボクという存在は、親友の中ではそうなっているらしい。
「カンナちゃんみたいに飛竜好きの女の子が増えるのは嬉しいわ」
「ウチもルーシーさんにアリスを紹介できて嬉しいです!」
(……もう、なんでもいいや)
ふたりが盛り上がっているところに水をさすのもなんだし、訂正するのも面倒だったので、もうボクは飛竜好きってことにしておこう。
「はじめまして、アリス・ロバーツです」
「どうも。ルーシー・コールマンよ」
「アリス。ルーシーさんは飛竜に詳しいだけじゃなくて、飛ぶのもめちゃくちゃ速いの。シリッド地区周辺のライダーだとトップレベルなんだって!」
「ちょ、ちょっとカンナちゃん?」
ボクの時もそうだけど、カンナの紹介の仕方って大袈裟なんだよね。
そんな言い方されると紹介された方はハードルが上がっちゃってやり難くなる。
「まあ、この辺りのライダーの中じゃ、上の方だと思うけど?」
あれ? ルーシーさん、まんざらでもない様子だな。そういう人なの?
なんでもないような顔だけど、口元が嬉しそうにウニウニしている。わかりやすいな。
さらにカンナが聞こえの良い言葉を重ねていく。
「ルーシーさんが乗っている飛竜もすごいんだよ! 飛竜バトル用にカスタマイズしたスピードドラゴンで、加速力も旋回性能もその辺のドラゴンとは比べモノにならないの!」
自分の飛竜を褒められたのがよっぽど嬉しいのか、ルーシーさんは頬を赤くしながらプルプルしている。結構、かわいい人だな。
「そのせいで普段使いだと乗りにくくなっちゃてるんだけどね。私のD4って」
「そんなスピードドラゴンを乗りこなしているのがすごんいですよ!」
「そ、そうかな?」
カンナの褒め言葉がよっぽど効いたのだろう。
自分のニヤけ顔を見せまいと、必死にボク達から顔を背けている。
「えっと、アリスちゃんだっけ? スピードドラゴンに興味があるなら私の飛竜、見てく?」
その表情は「見てく?」じゃなくて「見て!」だよルーシーさん。そんな顔されたらボクーー。
ちょっと意地悪したくなっちゃうから。
「でも、お仕事があるんじゃないですか? 悪いですよ」
「大丈夫、今から休憩もらう!」
ルーシーさんが食い気味で叫んだ。
「ふたりはお店を出て、隣の駐竜所のところで待ってて。すぐに行くから!」
よっぽど見て欲しいんだろうな。ルーシーさんはそういって奥に引っ込んでいった。
「よかったねアリス。ルーシーさんの飛竜を見せてもらえるんだって!」
「……あー、うん」
飛竜を見せてもらえるのはいいんだけど、店内はまだお客さんがそれなりにいるのに大丈夫なのかな?
「店長、休憩入りまーす!」
「え? 今から? 困るよ、ルーシー君! ちょっと……」
……という会話が、店の奥から聞こえてきた気がするが気にしないことにした。
ボクとカンナは店を出て飛竜の着地スペースのある駐竜所にまわった。
ドラゴン用品店の駐竜所には、飛竜を待機させておくスペースの他にベンチや小さなテーブルなどが設置されている。
そこにはボク達の他にも数人のライダーがいて、ベンチで雑談したり、店で買った商品を自分の飛竜に与えたりしていた。
「アレがルーシーさんの飛竜『D4』だよ」
見ると、従業員用のひさしのついた駐騎スペースに青いカウリングドラゴンが寝そべっている。
近づくと、1度だけ黄色い瞳をボク達にむけたが、すぐに興味をなくして目を閉じた。
「アリス。先にいっておくけど人の飛竜を勝手に触ったり、跨ったりするのはマナー違反だからね。気をつけてよ」
「言われなくても、そんなことしないよ」
むしろカンナの方が今にも飛竜に飛びつきそうなんだけど……まあ、いいか。
ルーシーさんはまだきていないのでどうしようかと思っていたら、カンナが得意げな顔で青い飛竜の説明を始めた。
「この子は、シズク産のフルカウリング型ドラゴン。SST−D4っていうの。『SST』は、言わずと知れた四大ドラゴンメーカー『シズク』のスピードドラゴンにつけられる名前で、『スカイ』『スピード』『サンダードラゴン』の略なのよ」
さすがドラゴンマニア。この手の情報は詳しいようだ。
「それじゃあ、後のD4の『D』は?」
「え? 『D』は、えーっと……」
おいおい、ドラゴンマニア。にわか知識が露呈してしまったな。
カンナが答えきれずにいると、勝手口から出てきたルーシーさんがフォローを入れる。
「『D』はドラグーンのDよ。シズクだけじゃなくてドーハンやアヤハムの場合もフルカウリングドラゴンには、ドラグーンのDが名称についているわね」
さすが持ち主。詳しい。
「はい、二人とも飲み物を持ってきたわよ」
ルーシーさんがボクとカンナにマグカップを差し出す。
「いただきまーす」
「ありがとうございます」
ルーシーさんからマグカップを受け取ろうとした時、彼女の青い飛竜が居住まいを正したのに気づいた。頭を持ち上げ、しっかりとルーシーさんを見つめている。
(コイツ、ルーシーさんがきた途端に……誰が主人なのかわかっているんだね。それに大切に扱われているんだろう。そんな目をしている)
なんとなく、目の前の飛竜とライダーの関係性が見えたような気がしてほっこりした。
うまく言葉にはできないけれど、ふたりを見ていると絆のようなモノを感じる。
人とドラゴン。たとえ種族が違っても愛情は伝わるとボクは思っている。
「ルーシー、遊びにきたよ……あれ、その子達は?」
しばらく3人で話していると、緑髪の女性ライダーが話しかけてきた。
彼女が制服姿のボク達を見て不思議そうな顔をする。ドラゴン用品店の駐竜所なんて、14歳の少女が遊びに来る場所じゃないからね。
「スピードドラゴンに興味がるあらしいから、私のD4を見せていたんだよ」
「へー、若いのに珍しい。いや、将来有望な人材ってヤツ?」
「そうね。こういう子達には目をかけてあげたくなちゃうわ」
ルーシーさんと女性ライダーが話していると、周りで雑談していた他のライダー達も話に加わってきた。
「なになに、その子達も飛竜好きなの?」
「そういうの若い子が増えるのはいいことだ」
いつの間にか、ボク達の周りには何人ものライダーで人だかりができていた。
同じ飛竜好きなので会話も弾むらしく、彼等の表情も楽しげだ。
(なんか、いいね。こういうの)
年齢も性別も様々だったが、飛竜を中心に人の輪がうまれる。
初対面のボクにも彼らは気さくに話しかけてくれた。
「それじゃあ、ルーシーさん! ウチが飛竜を手に入れたらフライトスポットの飛び方、教えてくださいね」
カンナが調子の良い提案をする。親友が飛竜を手に入れるのは、まだ先だと思うんだけどね。
「いいわよ。その時は私が1から教えてあげる……もちろん、アリスちゃんもね」
「え?」
「よかったね、アリス。一緒に練習して、ルーシーさんみたいに速く飛べるようになろう」
「その前に! ふたりとも飛竜を手に入れなくちゃね」
ちょっと返答に困ってしまった。
「そうなんですよ。それがウチらの課題なんですよね」
ボクはカンナにディズの存在や配達の仕事をしていることを教えていない。
言い出せなかったのは、カンナとは普通の友人関係を保ちたかったからだ。
ただでさえ、ボクは異世界から転生してきた存在なのに、幼い頃から飛竜に乗って、それで働いている。常識に疎いボクでも、それが普通じゃないのはわかる。
さらに、カンナがここ数年、ドラゴンにのめり込むようになったので、ますます言い出せなくなった。
「なんとか飛竜を手に入れたいんですけど、お金が……」
そういって親友が肩を落とす。その姿をみていて、彼女に隠し事をしているのが申し訳ない気持ちになる。
ーーが、それでも打ち明けるのはナシ! 絶対に家まで押しかけてきそうだし、休日はディズの竜舎に入り浸に決まってる。そうやってボクのプライベートにグイグイ入り込んでくるのは間違いないからね。そういうの、すっごく嫌だ。
え、ボクがコミュ障だって? そんなの生まれ変わる前から知ってます!
アリスはコミュ障!
次回はエリーゼ視点の話
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