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アリスの日常2

 放課後。ボクはまっすぐ家に帰った。

 下校中に遊び歩く習慣はなかったし、カンナは実家の手伝いをするといって停留所で別れたのでわざわざ寄り道する理由もなかった。


 帰宅して玄関をあける。家の中には誰もいない。

 母さんが仕事から帰ってくるのは、いつも日が沈んだ頃だ。

 夕日が差し込む家の中は、少しさみしげな雰囲気が漂っていた。


「……」


 ボクは自分の部屋に戻るとすぐに制服を脱いだ。

 スカートとブラウスにシワがつかないよう、綺麗にたたんでクローゼットへしまう。

 そして下着姿のまま、ベッドに潜り込む。


 眠気はすぐにやってきた。


 それから目を覚ましたのは日付がかわった深夜。

 ベッドから降りると今朝脱ぎ捨てたベージュの上衣を拾って着る。下半身は面倒なのでそのままだ。母さんによく「ちゃんと着なさい、みっともない」と怒られるけど、そのまま出かけるわけじゃないんだし、いいじゃんと思う。


 部屋を出てリビングにいくとテーブルの上に夕食が用意してあった。

 母さんは帰ってきているらしい。でも、こんな時間なので寝ているのだろう。


 ほこり除けのネットを外すと、夕食は卵とサラダを挟んだパンとミートパイだった。それは冷めても美味しく食べられるようにと考えてのメニューだ。母さんの思いやりに感謝しながら、ひとり遅い夕食を食べ始める。


 食べ終えると食器を片付けて部屋に戻った。

 これから出かける支度だ。クローゼットを開けると中から黒い皮製のパンツとジャケットを取り出す。結構、長く使っている物なので所々に補修の跡がある。


「……」


 素早くパンツを履いて、ベルトを締める。

 ジャケットを羽織るとそのポケットに突っ込んでいたグローブをはめた。

 最後に革の飛行帽とゴーグル、そしてランタンを手に部屋を出る。


 むかったのは家の裏にある大きな納屋だ。

 ランタンを手に大きな扉を開ける。


「起きてる、ディズ?」


 ボクが声をかけると、ゴロゴロと唸るような低い吐息が聞こえてきた。


「そう。調子良いみたいだね」


 ランタンの光をむけると、ボクの相棒が真っ赤な瞳で見つめ返してきた。

 暗闇に体長5メートルほどの飛竜が浮かび上がる。赤と白の外殻によって流線形の美しいシルエットを持つドラゴン。カンナがフェアリングドラゴンと呼ぶ種類のドラゴンだ。


「ディズ、すぐに準備するから」


 ボクはこの飛竜のことを『ディズ』と呼んでいる。前のオーナーである父さんがそう呼んでいたからだ。名前の由来は知らない。


 棚から鞍やハーネスを取ってくるとディズが装着させやすいように立ち上がる。いつもコイツは飛行準備には協力的だ。

 むしろモタモタしていると機嫌が悪くなるのでノンビリしちゃいられない。


 テキパキと鞍などの装備を取り付けて、自分もハーネスを身につける。最後に飛行帽を被ってゴーグルを装着すれば準備完了だ。


「今日も頼むよ」


 軽く腹を叩くと、ディズは自ら納屋を出て庭の開けた場所に待機した。そこから納屋の扉を閉めているボクに対して「早くしろ!」って視線をむけてくる。


「お待たせ」


 ディズの背中に飛び乗るとハーネスと鞍をフックで留め、飛竜の首の後にある持ち手を握る。


「それじゃあ、行こうか!」


 次の瞬間、甲高い咆哮と共に夜空の中へ飛び出していた。



   ☆ ☆ ☆



 父さんが亡くなったのはボクが8歳の頃だ。


 夏の暑い夜。血だらけで帰ってきたディズは、

その背に父さんを乗せていなかった。それ以降、父さんの姿は見ていない。


 多分、父さんは軍人だったと思う。一般的なライズ皇国の軍服ではなかったが、よく似た制服を着て仕事に出かけていた。そして仕事にいくと一週間は帰ってこない。長いと数ヶ月帰ってこない場合もあった。


 父さんがどんな仕事をしていたのかは知らない。母さんすら聞かされていないようだった。


 ディズがひとりで帰ってきた翌日。数人の軍人が訪ねてきて母さんと話をした。ボクは話を聞かせてもらえなかったけど、母さんが人目をはばからずに泣いていたのをハッキリ覚えている。


 ボクはその涙を見つめながら、父さんが死んだのを理解した。


 葬儀から少しして、ある問題が持ち上がる。ディズの処遇だ。

 母さんは飛竜に乗ることが不得手らしく、父さん亡き後、ディズを持て余していた。その後、売却という流れになるのは簡単に想像できた。


「コイツはやらない! コイツはボクが面倒をみる!」


 ボクはディズを庇いながら、ドラゴンの買取業者に立ち塞がった。

 小さな体で、散々ごねて、暴れて、叫び散らした。大袈裟でもなんだもなく、命がけの抵抗を試みたのだ。


 普段、ボクはあまりワガママをいわないので、母さんはこの暴挙に相当驚いたことだろう。


 それだけ、このドラゴンが大好きだったのだ。


 ディズに乗って帰ってくる父さんを母さんと一緒に出迎えたり、父さんとディズの世話をする休日、颯爽とディズに跨って飛び立つ父さんを見送る朝。嬉しそうに「アリスもディズが好きなんだな」と口にする父さんと「あなたの娘ね」と笑う母さん。

 そして亡くなる数日前に買ってもらった子供用の騎乗ハーネス。


 それらは、ボクがこの世界に転生してから手に入れた大切な思い出だった。前の世界じゃ、こんなにも暖かくて優しい思い出はひとつもない。

 ディズはそんな大切な思い出と直結している。ボクにとって、かけがえのない存在だった。


 なんとか売却をうやむやにできたが、それはそれで別の問題があった。


 ディズを手元に置いておくためには、働き手のいなくなった母子家庭で飛竜を養い続ける費用を捻出しなければならない、ということだからだ。

 母さんは「気にしなくてもいい」と言ってくれたが「ボクが面倒をみる!」と騒いだ手前、自分でなんとかするべきだと考えた。


 はじめは働いて稼ごうと思ったが、子供ができる仕事なんてそう都合よく見つかりはしなかった。8歳の子供に任せられる仕事なんて、あっても一度きり、貰えるお金も雀の涙ほどだ。

 それでも諦めずに方々を探し回っていると、意外な所から手を差し伸べられた。


「せっかくの飛竜を遊ばせておくのはもったいないだろ。ソイツにも働いてもらえばいいじゃねえか?」


 そういって仕事の話を持ちかけたのは、父さんがディズのメンテナンスを任せていたドラゴンエンジニアだった。

 今思えば、仕事を紹介してくれたというよりもわがままをいっている子供にお灸をすえるのが目的だったのだと思う。

 実際に働かせてみて、仕事の大変さや社会の厳しさを教えてやろう、といった感じ。


 周りの人達にも、そういう風に話が通っていたのだろう。ボクが働くのに難色を示していた母さんが、この件にはあっさり了承したのだ。


 そんな彼らにとって誤算だったのは、ボクが転生者で転生前の世界では普通に働いていたことだ。当然、任された仕事はしっかりとやり通した。


 そして現在に至るまで、その仕事を続けている。



   ☆ ☆ ☆


 

 それからディズに乗って夜空を駆けて、目的地の小さな浮島へ到着した。

 そこはちょっとした運動場ほどの広さがあり、その半分を覆うように飾り気のない倉庫が建っていた。倉庫の外壁には『フロトライダース営業所』とかすれた文字で書かれている。


 倉庫の灯はほとんど消えていたが、一ヶ所だけ扉の窓から光が漏れていた。

 その前にディズを着地させると「待ってて」とひと声をかけてから、光の漏れている扉へとむかった。


 少しだけ扉を開け、体を滑り込ませる。


 倉庫は薄暗く、人気もない。中には天井まである大きな棚がズラリとならび、そこに梱包された荷物がギッシリとおさまっていた。

 そんな倉庫の一角に、書類が山積みになったデスクと古びたソファーが置いてある。


「おう、来たなアリス」


 書類の山と書類の山の間から無精髭の中年男が顔を出した。


「お疲れ様。所長、仕事ある?」


 この男がここを取り仕切っている人物だ。

 ほとんど家に帰らず、ここで寝泊りしているしているようで、たまにソファーでイビキをかいているのをみかける。

 顔は強面だが実直な仕事ぶりで、従業員にはかなり慕われているらしい。

 もっとも8歳の子供を雇い、仕事を任せたのだから変わり者であるのは間違いないね。


「いつもの配達とお前むきの荷物がいくつかあるぞ」


 男が数枚の書類を差し出した。

 それを受け取り、内容に目を通す。書かれているのは荷物の種類と届け先だ。


「それじゃあ、いつものとこの二つにするよ」

「そうか、頼む」


 ボクの仕事は、ここの荷物を指定された場所に届けること。つまり配達人だ。

 通常、運送業は大型飛竜で大量に運ぶのが一般的だが、個別に目的地へ配達した方がいい場合やディズのように速く飛べるドラゴンで届けた方がいい場合もある。


「今度の週末、長距離の案件があるんだが、どうだ?」


 倉庫の棚から書類の荷物を探していると、所長が仕事の話を持ちかけてきた。


「ワンパッケージでスプロットまで」

「いくら?」

「200」


 それを聞いて相手を睨む。

 この顔だと迫力がないのはわかっているが、それでも抗議する意思は伝えられるだろう。


「スプロット地区まで行って帰ってくるんだから、日帰りじゃ無理でしょ? もっと欲しい!」

「230」

「他のヒマな人に当たって」

「250」

「……350」

「270!」


 もう一声ほしい。


「320」

「280!!」

「300」

「よし、300!!! 300だ! それ以上は払えないぞ!」


 男が口をへの字に曲げてボクを睨みるけてきたが、それを涼しい顔で受け止める。

 値段交渉は大事。それはこの世界でも変わらない。


「それじゃあ300で。あと荷物の確認、よろしく」


 荷物を乗せた台車を押しながら、所長に微笑みかける。


「たまに、その笑顔が恐ろしく感じることがあるぞ……確認した。間違いなく届けてくれ」

「もちろん。すぐ出発するよ」


 台車を押して倉庫を出ようとすると、背後から「気をつけろよ」といわれた。

 ボクは振り返らず、ただ右手をあげるだけでそれに応えた。


 その後、外に待たせていたディズに荷物を積み、伝票に記された場所へむかった。ディズの翼なら朝食までに、配達を終えて帰宅できるだろう。

 帰ったらお風呂に入って、朝食を食べて、いつも通り学校に行く……これがボクの日常だった。


「さて……とッ!」


 持ち手に力を込めるとディズが素早く反応した。

 周囲の空気がドッと圧力を増してのしかかってくる。

 同時に視界の景色が、背後へと一気に流れていった。


 加速しながらディズが甲高い咆哮をあげると、さらに体にかかる重力が増す。

 進行方向へ蹴り飛ばされたような加速感で、下腹部にグッと圧がかかった。


 迫り来る浮島をかわしながら、渓谷の間を縫うように飛行していく。

 断崖の岩肌が、手を伸ばせば届きそうな位置で流れていった。

 視界はディズが体をロールさせるたびに、大きく回転する。


 暴力的な速度域の中、非現実的な光景が視界を埋め尽くす。

 その耳に聞こえてくるのは、風切り音と相棒の甲高い咆哮だけ。


(今日のお昼はなんだろう?)


 ディズの背に乗りながら、そんなたあいのないことを考えていた。

あと1話だけプロローグの予定です。

次回はロリっ子が登場!

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