裁判
「――では、これを以ってメルク・ウインド、ヘルマ・メイギス両名に判決を言い渡す」
しん、と静けさだけが満ちる部屋に明瞭に男の言葉が響く。
名を呼ばれはしたものの快活に返事をする必要もなければそれを求められてもいない。
何よりそんなことをする気にはやはりどうしてもなれなかった。
「王国への侵入、およびそれを起因とした一連の騒動に関し、我々はこれを王国への反逆ととる。よって両名に下すは罰は流刑。その罪雪ぐまでこの国に戻ることは叶わんと心得よ」
判決の言葉と共にカンッ、とわざとらしく大きな音を立て木槌を振るうこの男の名は何と言うのだろう。
一段も二段も高いところから見下ろしてくるその瞳には情けや哀れみといったものはなく、しかしかといって深い怒りや侮蔑と呼べるような色もなくただそこに心などを挟むことなく己に与えられた使命を全うしようとしているものの目に見える。
だが反ってこういう場ではそんな目で見られることの方が恐ろしいのかもしれない、などと話を聞きながらどこか他人事のようにそう思う。
「……」
ちらり、と僅かに視線を横に向けると俺と同じように直立し話を聞いている少女は今にも眠ってしまいそうに瞼を落とし駆けた半目である。
無論、今ここで何についての話がされているのかをわかっていないわけではなくむしろ全てを彼女なりに理解したうえでこの態度なのだろう。
「……ふぅ」
その姿に何だか俺も身体から力が抜けてついため息をついてしまう。
とはいえそれでも周囲の目も気になったのでなるべく音を小さくすることを心掛けた。
「……」
立ちながら話を聞く俺たちを取り囲むようにぐるりと周囲を囲む座席には幾人かが腰かけ黙してこの次第を見つめている。
少し上から俺たちを見下ろす男とは異なり周囲に人々の目には僅かな緊張と確かな好奇の感情が込められていることはここから見ていてもはっきりとわかる。
王国に徒なす大罪人――という風に彼らの目に俺たち二人は映っているのだろう。
それを否定するつもりもないし、何よりそれを確かなものにするために今こうしてここに立っているのだから。
「――以上。閉廷」
などとまたぼんやりと別のこと考えていると耳に届いたその言葉に意識が前方の男に戻る。
「……終わり?」
「……みたいだな」
男の厳かなその言葉を聞いた途端、辺りの人々はぞろぞろと次の予定でもあるかのように一斉に動き出した。
立ちあがり去っていくその傍聴人たちの足音に紛れるようなその問いに小さく頷くとううん、と少女――ヘルマは疲れた様に大欠伸と共に背伸びをした。
それにつられて俺も一つ欠伸をしているうちにいつの間にか俺たちに語り掛けていた男もいなくなり、辺りからは人の気配はさっぱりとなくなった。
こうして俺とヘルマを相手に開かれた裁判は何ら滞ることもなくしめやかに終わりを迎えたのだった。
*
『ご苦労だったな』
「まぁ別に何をしてたってわけじゃないからな」
椅子に腰かけ一息をついたところでかけられた労いの言葉にはそう答える。
『いやいや、どうあれ裁判に赴き裁きを受けるということは楽なことではないだろう。無事戻って来てくれて何よりだ』
「ずっと似たような話ばっかりでつまんなかったけど」
『ははは、それは裁判官の資質の問題だな。審問室に掛け合っておこう』
椅子に座ったまま足をぷらぷらとさせながらそんな文句を言うヘルマに笑って冗談めいたことを言う――本当に笑っているのかは見た目ではわからないが――一冊の本、ミール。
その言葉にヘルマはふぅん、と聞いているのかいないのか辺りをきょろきょろと興味深げに見回していた。
きっと周囲にある本やら瓶の中身が気になるのだろう。
「……それで、これからはどうなるんだ?」
このままでは話がいつまでも本題に入らないような予感がして、仕方がないのでそう切り出した。
別に秘密の話というわけでもないがつい声が小さなものとなってしまったのはやはりこの話が決して明るいものではないということが自分でもわかるからだろうか。
「話を聞いていなかったのか? お前たちは流刑だと言われただろう」
しかしそんな俺の思いなど知らんと言わんばかりに返ってきたのは何とも冷たく残酷な言葉。
それは小さな卓の上に置かれたミールとその卓を囲むように座る俺とヘルマ、そして最後のもう一人、オルディンのものであった。
卓上に置かれた飲み物に口をつけながら怒っているのか退屈しているのかよくわからない表情を浮かべる老人こそが今俺たちがいるこの部屋の主である。
先ほどまで開かれて裁判を終えた後にミールに来るように言われて訪れたここはどうやらオルディンの私室ということらしいが部屋に入った瞬間には多少面食らってしまった。
何しろ辺り一面が古びた本やら何かの入れ物らしき陶器の瓶やらで埋め尽くされているのだから。
その圧迫感は本の山でできていたアルーナを部屋を思い出させるがあちらと異なりここはその一つ一つが実に潔癖に棚に収められ物量は多いが散乱しているとは感じない。
いずれにしてもアルーナもオルディンも同じ魔法局なる組織に属しているということだがそこの人は皆こんな感じなのだろうか。
「流刑……かぁ」
などと関係のないことを俺が考えているとヘルマがぽつりとそう呟いた。
オルディンの口にした言葉を繰り返す口ぶりは悲しんでいるわけでも恐れているわけでもなく、ただ改めてじっくり考えているだけという感じである。
「そういう体、ってことなんだろ?」
「……儂としてはどちらでもいいのだがな」
『まぁ待てオルディン。そう嫌味ったらしい言い方はやめろ、落ち着いて話もできん』
ふぅ、と疲れた様にため息をつきながら目の前の飲み物に再び口をつけるオルディンに呆れたようなミール。
何だかこういうやり取りももう何度かみたような光景でありつい聞き流してしまうほどに慣れてしまい俺としてはそれよりも聞きたいことが多くあるのだった。
――ではまず、君たちには裁判を受けてもらう
地下の『大権』の間においての会話はあのアルフェムのその言葉で終わった。
それからはまるで全ての準備があらかじめ済んでいたかのように流れるように俺たちを裁く法廷は開かれ、こうしてそれが終わるまで半日ともかかっていないのはきっと異常なことなのだろう。
などとその手際の良さについては今は置いておくとして、俺が知りたいのは結局のところこれから俺とヘルマがどうなるのかということだけなのだ。
『先ほどの裁判で晴れて君たちは罪人となったわけだ。それも流刑ということでこの国から出ていかなくてならなくなったというわけだ』
「……」
ミールの言葉に俺は黙って耳を傾けているが、何となくその口調が楽し気にも聞こえてしまうのは気のせいだと思いたい。
『――で、肝心の流刑について、通常は遠く生活もままならない荒れ地で辛い日々を過ごしてもらうのが罰の内容となるのだが……』
と、そこでミールはわざとらしく話に一拍を置いた。
やはりミールはこの話を少し楽しんでいるのではないか、と俺は思ってしまうのだった。
『その行先を私の方で少し手を回して変えさせてもらう、というのが今回の策というわけだ』
「策?」
『仮にそうでもしなければ君たちは本当にただの侵入者として裁かれて牢屋行きだ。それを一応は自由の身でいられるのだからまぁそこは納得をしてもらいたい』
「それで……その行先っていうのが?」
『あぁ、それについてはまずは別の話をしてからにしよう。即ち、我らヴァイラン王国が秘密裏に続けている特級探索任務――通称“大遠征”についてだ』




