再会
「メルク!」
お互いの存在に気が付いて、先に動いたのはヘルマの方だった。
俺も立ち上がろうとはしたのだが足が重たくうまく持ち上げることができずにもたついているうちにだっ、とヘルマが駆け出してきた。
「どこ行ってたんだよぉ!」
そうして軽快に床を叩いて走るその勢いのまま一直線に座り込み動けないでいる俺へと突っ込んできた。
「うおっ!」
どんっ、と全体重を乗せた突撃を上半身だけで受け止める形となり身体に走る衝撃に小さく息が漏れる。
小柄なヘルマとは言え未だに身体の自由が戻っているわけではない俺には少々重たく感じ、そのまま倒れてしまいそうになるが何とか耐えて体勢を保つ。
「大変だったんだからな! 変な奴に追われるし! 変な奴に追われるし!」
「ああ、そうみたいだな」
そんな俺の影ながらの努力をわかっているのかいないのか、しがみついてきたヘルマはまくしたてるようにして声を上げる。
何となく涙の再会、ということはないだろうなとは思っていたものの会うなり怒り心頭とでもいうかのようなその姿に困惑と小さな笑いが込み上げてくる。
「……けどとりあえず無事みたいだな」
「……うん、メルクも無事でよかったよ」
なので、再開の言葉はその頭を軽く叩いて騒ぐのを止めるついでのその程度で十分である。
それ以外の話はあとで落ち着いてからでもいいだろう。
それよりも今は――
「折角の再会を邪魔するようで申し訳ないけど、少し話をしていいかな?」
そう俺が意識を向けたのとほぼ同時にカンッ、とわざとらしく足音を響かせるようにして現れたもう一人の男――アルフェムの声が割り込むように響く。
「……」
俺はすっ、としがみついたままのヘルマを僅かに脇に寄せ、近づいてくるアルフェムを見る。
視界の端ではオルディンもまた真っすぐに男を見つめていた。
「……」
ゆっくりと焦らすかのように近づいてくるアルフェムの動作に場に嫌な空気が流れるのを感じる。
アルフェムという男が何のためにここに現れたのかは不明だが――仮に今この場で戦闘が始まったとき俺はどうすればいいだろうか、と状況を整理する。
まだ完全には動かない身体ではあるがいざという時には叩いてでも立ち上がり何とかするしかない。
などとこれからのことをあれこれと頭の中で想像をしていた最中、辺りに漂う緊張を真っ先に破ったのは意外な人物だった。
「――」
いつの間にそうしていたのか、声一つ、物音一つも立てることなく影が一つ立ち上がっていた――ラグナだった。
「ラグナ……」
動けない俺とアルフェムの間に割り込むように俺に背を向ける形で立ち上がるラグナ。
「陛下、ご無事で何より」
俺からは顔は見えないが真正面にそれを捉えたアルフェムは小さく頭を垂れる。
だが臣下のその言葉にラグナは労うわけでもなく、すっ、と一歩前に踏み出すと
「――あとは任せる」
そう小さく呟いた。
「っ! おい、待てよ」
その言葉に反射的に声をかける。
呼び止めたところで何をする、というわけでもないのだがこのまま去られてはまた胸にもやもやとしたものが残ってしまいそうでついそうしてしまった。
「――最早語ることはない」
だがそんな俺の心中などどうでもいいことなのだろう、ラグナはきっぱりとそれだけ言うとそれを合図としかたのようにその身がぼんやりとした輝きに包まれる。
「っ……」
それはラグナがここに現れた時、天に輝く黄金から溶け出てきたかのようなあの時にも見た光。
即ちそれが何を意味するのかは直ぐに理解することができたがかといってそれを止める術など俺にはなくただ見守ることしかできない。
「――お前の行く末を私が問うことはない。だが……」
その身を包む光は少しずつ輝きを増し、徐々に身体との輪郭が曖昧となる中、声だけははっきりと聞こえてくる。
「だが、その力で何かを成そうというのであれば……成してみるがいい」
光は瞬く間に臨界に。
カッ、と一瞬ひと際大きく輝いたその時にラグナは確かにそう言った。
だがそれに俺が何かを答える暇もなく、次の瞬間には光は消え、その男の姿もまた掻き消えたかのようにしてその場からなくなっていた。
「……ラグナ」
逃げた――というわけではない。
そもそもこれは戦いでも何でもない。
俺は俺の目的を持ってここに訪れ、奴はそれを止めようとしてここに現れた。
そしてその目的は果たされない、ということを理解した奴はこの場にいる必要がなくなっただけのこと。
故に消えた男のことについて悔いや怒りなどはない。
ただどういうわけか最後に言われた言葉だけがずしり、と重く心の奥に沈むように残っただけ。
「メルク?」
今の一連のやり取りをどう見ていたのだろうか、じっ、と黙ったままの俺をヘルマが少し不思議そうな顔で覗き込んできたことで意識が現実に戻るのを感じる。
「……さて」
そしてラグナの気配も完全に消えたその場で主導権を握るかのようにアルフェムが話を切り出す。
「早速だけど本題だ。彼を“大遠征”に行かせる、という話をしていたのかな?」
うっすらと口角を上げて微笑んでいるようにも見えるその表情は穏やかなものであり、脅しをかけるような圧や鬼気迫る表情というわけではない。
――わけではないのだが、問いかけてくるその言葉はまるで鋭い刃で足を串刺して地に縫い付けるかのように、まっすぐに俺に届き沈黙で逃げることはできない、ということだけはそれだけで十分に伝わった。
『何を聞いていたのかは知らないがそんな話をした覚えはないがな。私はただ彼には流刑が相応しい、そう思っているだけだが?』
しかしそう感じているのは俺だけなのかミールは平然とこれまで通りの態度を崩すことなくさらりとそれに応じる。
「流刑、か……」
『それとも君は反対かな? 王国にこれだけ徒なした罪人だ、遠くどこかに島流しとするのが適切と私は考えるがね』
何かを噛みしめるように顎に手を当て思案顔のアルフェム。
それはとても今の話を信じているという顔ではないがそんなことなど気にすることもなく、むしろ畳みかけるようにしてミールは言葉を続けた。
「……オルディン殿もそれには賛成、ということかな?」
「儂は何でも構いはしない。だがまぁここで檻に繋いでいたところで仕方もあるまい」
すっ、とミールへ向けていた視線を自身に向けられたオルディンもまた退屈そうな表情でそう答えるのみ。
見定めるように小さな表情の変化一つも見落とさないと言わんばかりに真っすぐにその顔を見つめるアルフェム。
当事者であろう俺には一切目を合わせることはないのだがそれがこの場では反って気味が悪い。
「……わかった。罰は受けるべきであり僕もそのことに異論があるわけじゃない。流刑罪、ということで審議を進めようか」
そうしてしばらくの後、アルフェムは一度小さく頷くとそう言った。
了承したかのような言葉ではあるもののそこ懐疑の念を込めていることは最早隠そうともしていないことは明らかだった。
「……」
ヘルマは何の話をしているのかよくわからないような顔をしているがかくいう俺も最早今ここで交わされている話に口を挟むことなどできはしないのだと理解していた。
沈黙する俺たちを他所にアルフェムはすっ、とその視線を持ち上げる。
高く、高く。
この空間の頂点に未だ消えることなく輝く黄金をまっすぐに見上げる
「……何を考えている?」
今ここで起きていた様々な出来事をただ黙して見守っていた黄金を見つめながら呟くように漏れたアルフェムの問いに、
『当然、この国の平和さ』
ミールはただ囁くような声でそう答えた。




