提案、そして
流刑。
流刑罪、島流しとも呼ばれる刑罰の一つ。
罰を受けるべき罪人を檻や何かに繋ぐのではなく、文字通り遠くどこかへと流しそこで生活をさせるというものであるが、
「る、流刑!?」
名称だけで知っていることであり実際にどんなものであるかを体験したことがあるわけではないその単語が急に飛び出し、そしてそれが自らに振られると聞いては驚愕を覚えずにはいられない。
『ああ流刑というのはだな――』
「いやっ、それは知ってるんだが……」
だが俺の胴用などどこ吹く風かさらりとそんなことを口にしたミールは変わらぬ平たんな口調で説明を始めようとしてきたのでそれを止める。
「まっ、待ってくれよ、その、ここに忍び込んだのは悪いと思ってるけどさ……ぐっ……」
『おい、あまり無茶をするな』
弁解、というわけではないがこのまま話が進んでいくのだけは避けようということを力の入らない身体に無理くり指示を出しゆっくりと上体を起こす。
鉛のように重い身体を起こすことができたのはオルディンの言う通り調子が自然と戻ってきていたということもあるだろうが、肉体に迫る危機による防衛本能によるものが大きいような気がする。
「いや……その、だな……えっと、何ていうか……」
とにもかくにもようやく上体だけを起こすことができたものの頭は混乱の極みであり言いたいことは山ほどあるのだが何と言っていいのかがわからずもごもごと言葉が出かけては止まる。
「何だ、起きたと思えば騒々しい」
そんな俺の様子に呆れたような声。
直ぐ傍らに座り言葉通りの呆れ顔で俺を見ていたオルディンと視線が水平に合う。
先ほどから何度も見下ろされるようにして顔は見ていたもののこうして目線の高さが合うのは随分と久しいことのように思え、改めて見たその姿には変わった様子もなくその無事を確認でき少し安堵を覚える。
そして起き上がった俺の視界に映ったのはオルディンだけではなく――
「……」
もう一人、天を仰ぎ見るように倒れたままの男がそこにはいた。
黄金の虹彩の瞳をそこにいる誰とも視線を交わそうとすることなく、ラグナは真っすぐに天を見続けていた。
何かを想っているのか、口を開くこともなくその顔にも表情と呼べるものを浮かべているわけではないがそれでも生きていることは間違いなく、そのことを自分の目で確認できたことでふっ、と胸の中につっかえていた何かがなくなるように感じた。
「……ってそうじゃなくて!」
などと一安心をしている場合ではなく、今自分が危機的状況に置かれていることを思い出しばっ、と視線の向きを変える。
俺とラグナ、オルディン達と少し離れたところ、床に放り出された本が一冊そこにはあった。
先ほどまで声だけ聞こえていた男――ミールもまた変わりなくそこにいた。
『やあ健在なようでなりよりだ』
「あ、ああ……どうも」
目も何もないただの本にしか見えないが俺が起き上がり見ていることがわかるのかそんな風に気軽な挨拶をしてくるミールに俺もそう返す。
それだけ聞けば何てことはない顔見知り同士のやり取りにも見えるだろうが、
「あー、あのだなミール……その、何ていうかさ……」
だが今はそんな呑気なことを考えていられる状況ではない。
上体だけは動かせたもののまだ立ち上がれるほどまでは身体の調子も戻らず離れたところにいるミールに声をかける。
何しろ自分の処遇について命乞いをできる最後の機会なのかもしれないのだから何か言えることを言わなければならない、という焦りだけが俺の中には満ちていた。
王城に侵入したということ、あの『大権』を傷つけた、ということが罪であるというのならそれを否定しようとは思わない。
そう思ってはいたもののいざ面と向かってそう言われると途端に心臓を握られたかのような不安に襲われてしまったのだ。
否、心臓を握られているというのは決して大げさな表現ではないのかもしれないが。
ともかく共に一度は同じ目標を持って行動した中なのだから何か手心の一つでも加えてくれ、と祈りを込めて弁解を述べようとした俺を、
「落ち着け小僧」
オルディンの声が抑えた。
先ほど動揺を見せていた姿から一転、今度は落ち着かない俺を宥めるその言葉はこの老人らしい静けさがあり、反射的にそちらに意識が持っていかれる。
「お前もだ。もう少し言い方を考えろミール」
『ん? ああ、なるほど。私の言葉に動揺をしていたわけか。なるほど、それはすまなかった』
「いや、動揺っていうか……何ていうか」
諫めるようなオルディンに詫びるミール。
二人の間では何かが納得の上進んでいるようだが当の本人である俺には何のことかもさっぱりであり結局落ち着いてなどいられない。
『落ち着いてくれメルク・ウインド。今のは所謂“表面上は”という話であってだな』
「……表面上?」
『単刀直入に言うとだな。君には少し遠くに行ってもらいたい。それもあるものを探しにだ。まぁそれをあえてここでは“流刑”と言わせてもらったというわけだが』
「……」
淡々と、先ほどオルディンと会話をしていた時と同じようにミールはそう言うがその言葉の意味がやはり俺にははっきりとはわからず頭には焦りの代わりに今度は疑問符が満ちてくるのを感じる。
――遠くに行く。
――あるものを探しに。
それを流刑と表現した、とミールは言っていたと思うがそれが意味するものがてんで掴めない。
『と、私は考えているのだが、お前は何か意見はあるか? ラグナ』
「……」
『ない、ということは承諾と受け取らせてもらう』
ぼんやりとそんな言葉を飲み込もうとしている俺を置いて、ミールは未だ起き上がろうとしないラグナに話を振るがそれに答えはない。
ただ、その言葉にラグナは今まで開けていた目をゆっくりと閉じただけだった。
その動きがミールから見えたかはわからないが確かにそれは否定の動作ではないように俺にも見えた。
ということはラグナもまた今ここで展開されている話が何のことであるのか理解をしているのだろう。
「……えっとだな。何のことかさっぱり何だが……」
当事者であろう俺を放って進んでいく話に仕方がないので問いかける。
何となく決して良い話ではないだろうことを本能的に感じるもののここで黙って聞いていても同じことだろうと俺に何をさせようというのかか細くなった声で尋ねたところ、
「それは彼を“大遠征”に行かせる、ということかな?」
空間に響いた男の声がそれに割り込んできた。
「っ!?」
目の前の話で頭がいっぱいになっており、想定をしていなかった第三者のその声に慌てた様に視線を向けてしまう。
妙に大きく反響したそれは若く穏やかな男のものであり――それはどこかで聞いた覚えのある声だった。
「そう言っているように聞こえたんだけど、どうかなミール殿?」
地下空間の端、先ほど俺が飛び出した暗い通路からここへと繋がるその入り口に立っていたのはあの時、地下に叩き落される前あの部屋にいた男――確かアルフェムと呼ばれていた男が笑顔にも見える穏やかな表情を浮かべ俺たちを見つめていた。
「あっ……」
声が漏れたのは気配もなくアルフェムがそこにいたから――ではない。
俺たちを見るアルフェムの後ろ、それに着いて来たように背後に立つ一つの影を見たから。
所々が少し跳ねた黒い髪も、不満げな表情を浮かべているその顔もあの時のまま。
遠く空へと飛んで消えて行ってしまった少女とすっ、と目と目が合うのを感じた。
「っ! メルク!!」
「ヘルマ!?」
時間にすればそう長くは経っていないだろうが、もう随分と離れていたようにも感じる探し人――ヘルマと俺の声は同時に口から飛び出し大きく辺りに反響した。




