処遇-Side:M-
「結局、あれは壊せず仕舞いか」
「いや……オルディン」
頭上高く、この地下空間の頂点に輝く黄金の光をまっすぐに見据えるオルディンに俺は何かを言わなければならないと思いながらもうまくそれを言葉にすることができない。
そもそもは『大権』を壊す、という計画らしきものに巻き込まれた俺であったが
『オルディン、あれを壊すのはまだ早計かも知れんぞ』
「何だと?」
いつまでも俺がもごもごと言いたいことを探していると先に口を開いたのはミールだった。
その言葉にすっ、と視線を下に下ろしながら意外そうな――不服にも聞こえる言葉でオルディンは答えたが実のことを言えば俺もまたその言葉には驚きの声が出かけていたところだった。
「ずっと黙っているから何を考えていたかと思えば今のは聞き間違いか?」
『いいや、君の聞き間違いではなく私の言い間違いでもない』
「……そうか、この小僧では力不足だったということか。では仕方がないがまた人探しから始めるか」
『違う。話を聞けオルディン、あれを壊すという計画は少々考え直す必要があるということだ』
「何を馬鹿なことを」
あくまでも淡々と感情を伺わせない口調で己の意見を述べるミールをオルディンは無視することはしないがその声には明らかに苛立ちが込められており聞いているだけでヒヤリ、と背中に冷たいものを感じてしまう。
「な、なぁ待てよ。何だよ会うなりいきなりして……」
「お前は黙っていろ」
「うっ」
仮に今ここでドンパチと何かが始まったとしてもこっちは身動きもできないのだから勘弁してほしいと少しは落ち着いてもらおうと声をかけたのだがそれは冷たい一言で切り捨てられ俺はいよいよ言葉を失ってしまった。
『やれやれ、頭が固いのは相変わらずだな。では単刀直入に言わせてもらうが――』
オルディンのその態度にミールは呆れてため息を漏らすような口ぶりで静かに言い聞かせるようにして、
『『大権』を破壊すればラグナは死ぬかもしれん』
はっきりとそう言った。
「――」
沈黙と空気が出入りする呼吸の音は誰のものだろうか。
天を仰ぎ倒れる俺か。
その傍らに立ち苛立ちを見せていた老人か。
或いはここまで会話に入ることなく静かに耳を傾けていたであろうもう一人の男のものか。
「……何だと?」
長かったのか短かったのかもよくわからないその沈黙を破ったのはやはりオルディンだった。
短く、しかし鋭く問うその言葉には先ほどまでは顔も覗かせていなかった動揺という感情が込められていることは耳で聞いているだけでもはっきりと感じることができた。
この老人からは今まで聞くこともなかったそんな声色の言葉はそれが偽りの感情から来るものではないことを、そしてミールの言葉もまた偽りではないことを示していた。
「どういうことだ、『大権』を壊せばこいつが死ぬだと? おい小僧、ここで今何があった? お前は何か知っているのか?」
「ちょっ、ちょっと待てよ! 俺だって何のことか……」
『落ち着けオルディン』
そして続けざまにぐっ、と睨みつけるように動けない俺の顔を覗き込み問いただしてくるがそれを諫めるようにミールは静かに声で制した。
『何があったかは後でいくらでも話してやろう。ただ今ここで起きたことを私が整理するにあの『大権』――正確には『ロキの光』か。あの魔道具はどうやらかなり深くラグナと繋がっているように感じられる』
「……」
そしてそのまま続けられる言葉はまるで弟子か何かに指導をする師のもののようにも聞こえ、オルディンもまたそれを聞き洩らさないためにか一転して黙してそれに耳を傾けている。
『わかるだろう? 単に呪いの武具か何かを取り外すのとはわけが違う。あれを無理やり破壊することはラグナの生命にも影響を及ぼしかねないということだ』
「……」
『ラグナを殺すことがお前の目的か? 違うだろうオルディン』
この状況を端から見れば一冊の本が説教じみた言葉をかけ、それに老人がじっと耳を傾けているという何とも不可解な様子だっただろう。
だが今ここにいるのはかつては仲間であった男たちであり、その間に交わされる言葉にははっきりとした重みがあるように感じられた。
「オルディン……」
「……そうだな。それでは何も意味がない」
しばらくの沈黙の後、オルディンはふっ、とため息をつくようにしながらぽつりとそう呟いた。
先ほどまでの苛立ちや動揺も既になくどこか力が抜けたような言葉と共にどさっ、と俺とラグナの直ぐ脇の床に座り込んだ。
「何だ小僧、まだ身体は動かんのか?」
「いや……んん、何とも」
そうして世間話でもするように胡坐をかきながら尋ねてくるオルディンにはそう返す。
先ほど言われた通り時間が経つにつれて徐々に身体にのしかかっていた重みのようなものは薄れ指の先までゆっくりと感覚が戻ってくるのを感じてはいる。
感じてはいるもののそれでもまだ立ち上がるには十分とは言えずそんな曖昧な答えとなってしまったのだ。
「ふむ、そうか。お前はどうなんだ、そう大して傷ついているわけではないだろう」
「……」
「ふん、つまらん」
続けてラグナにも同じように話しかけるがやはりそれに答えることはなく、オルディンもそれがわかっていたのか不服そうに鼻を鳴らすのだった。
「で? この後はどうするつもりだ? あれを壊せるのではと思って見逃してやっていたというにそれができんようならこやつはただの侵入者だぞ」
「なっ!?」
さらり、と告げられたその言葉に身体を動かせない代わりに命一杯表情と声で驚きを伝える。
「何を驚いている。侵入してきたのはお前の方だろうが」
「いや、その……それはそうだけど……」
だがそんな俺の動揺は見事な正論で返されてしまった。
確かにオルディンの言う通りこの城に侵入をしたのは事実であり、罪を犯してきたのは俺であるのは否定できない。
それでも内心少しはオルディンに対して仲間意識のようなものも感じていたのだが、現実はそう甘くはないということなのか。
『ああ、それについても色々と考えていた』
「ふむ」
俺の処遇を問うオルディンにミールは静かにその口を開いた。
或いはミールは俺のことを少し慮ってくれるのでは、などと口には出さずとも希望を抱いていたのだが、
『彼には流刑を受けてもらおうと思う』
「……えええええええええええ!!??」
それもまたあっさりすっぱりと切り捨てられたまらず上げてしまった俺の絶叫が何とも虚しく地下に響いてしまったのだった。




