そして話は今へと戻る-Side:M-
「それだけだ」
「……」
誰に聞かせるわけでもない独り言のように始まったラグナの話はその言葉で締められた。
お互い床に倒れる形となりその表情をうかがい知ることはできないが、別段懐かしむような素振りや深い悲しみを込めたわけでもない淡々とした語り口のその話に俺は何と返せばいいのかわからずに沈黙をしてしまった。
「お前が知りたかった答えにはなっていないだろうがな」
「いや……」
その沈黙に何かを悟ったのか付け足すようなラグナの言葉に俺はまたしてもうまく返すことができない。
まさか俺を気遣うような、慰めるような言葉が続くとは思わずに少し面食らってしまったせいでもあるがやはり今の話に対して自分が言うべき言葉を見つけられていない、というのが正直なところだ。
「ただあんたの話は聞けて良かったと思うよ、本当に」
「……」
それでも口を突いて出ていたのは絞り出したようなものではなく本心からの言葉であった。
お互いに相手が一体何者であるのか何てことは知りもせずに出会いついには戦いという形で相対した俺とラグナ。
俺には俺の、ラグナにはラグナの理由がありそうなってしまったのは致し方がないことであり互いに思い違いや何かがあったわけでもない。
それでも――いや、だからこそやはり俺たちはこうして会話をする必要があったように感じたのだ。
「まぁ、いろいろ聞きたいことはあったんだけどな」
そうは思いながらもそんなことを呟くと小さく笑みがこぼれてしまう。
ここに至るまでに随分といろいろなことがあったようにも思うが結局行きついた結論はわからない、ということでありそのことに呆れて自嘲気味に笑ってしまった。
俺は俺で力を手にして誰かの役に立ってやろう、なんてことを考えてもいたのだがやはりことはそううまくは言ってくれないらしい。
しかしそれでは何と言って説明したらいいだろうか――
「そういえば……」
と、そんなことを考えてためか先ほどまでは目の前の男のことで頭がいっぱいになっており考えている余裕もなく頭の隅に追いやっていたことがいくつか浮かんできた。
離れ離れになった少女――ヘルマと王城の下で別れたきりのアルーナ。
思えばヘルマを探すために王城の壁を昇るなどという無茶をしてから休む暇もなくここに辿り着き気が付けばこの状況だ。
時間にしてみればそれほど長くは経っていないだろうが二人の無事が今更ながらに急に気にかかってきた。
「けどなっ……」
しかし気にはなるものの動かそうとしても鉛のように重い身体が立ち上がることを許さず苦し気な息を漏らすので精一杯だった。
『痛むか?』
「ああ、いや痛いってわけじゃないんだけどな。とにかく身体が動かないだけだよ」
その俺の様子が苦し気に見えたのか声をかけてくるミールに無事だけは伝える。
忘れかけていたことではあったがミールもまた放り投げ床に落ちたままにしてしまっていた。
先ほどまでのラグナの話は当然ミールも聞いていただろう。
あの話がミールにとってどこまでが知っていて、どこまでが知らない話であったのかはわからないが心中思うことは多いだろうに俺を案じてくれるその声は変わらぬ穏やかなものであった。
その言葉に無事と答えはしたもののこのままこうしていていつか治ってくれればいいのだがそうなる保証があるわけでもなくそれを考えると少し不安な思いも頭を過る。
こういう時に回復魔法の一つでも使えればいいのだろうが生憎俺はそんなことはできずに今はこうして力なく倒れているしかないのだ。
これはやはり『怒涛の簒奪者』を使ったせいなのだろうか。
ラグナの振るう剣を奪っている際には何も異変はなかったが最後に意識を奪おうとして気が付けばこうなっていたことから恐らくそうなのだろうと一人で納得はしている。
この力を使って意識を失うのは初めてではない。
あの時、あの雷の男と戦った際にもその技を奪いそして――
「ふむ、どうやらまだ生きているようだな」
そんな風に動かない身体の代わりに手持ち無沙汰に頭だけを動かしていたところ声とカツン、と床を叩く音が寝転がる背中を通じて伝わってきた。
「しかしまぁ、随分と派手にやったものだ」
俺たちの呼吸音だけが響く広い地下の空間に呆れたような感心したような声がやけに大きく反響する。
身体は動かず視線を向けることも叶わないがそれでもそれが誰のものであるかは声だけではっきりとわかった。
「っ! オルディンか!?」
「やめろ、騒々しい」
ヘルマとアルーナの他にもう一人、ここに来るまでに別れたきりになっていた男。
暗い地下の通路で俺とミールを逃がすようにして先に行かせた老人の声が突然聞こえたことで思わず驚きの声で答えてしまったがそれは何とも面倒くさそうな反応で返された。
「大声で叫ばんでも聞こえている」
カツカツ、と床を叩く足音が近づいてくるのを身体で感じていると直ぐに俺の視界を黒い影が覆った。
倒れる俺を覗き込むようにして見下ろしているのはやはりオルディンその人であった。
「オルディン……よかった無事だったんだな」
「人の心配をしていられる状態か? また『魔法脈』が傷ついているぞ。無茶な力の使い方をしおって」
「はは……」
「しばらくはそのままでいろ。その内身体は動くようになる」
天井から落ちる光を逆光にしてその表情ははっきりとは見えないが開口一番にまくし立ててくるその口調はよく聞き覚えのある老人のものであり、その説教じみた言葉に小さく笑みがこぼれてしまったのはそのことに安堵したせいだろうか。
「まぁ無茶をしていたのはお前だけではないようだがな」
じっ、と俺を見下ろしていたオルディンの視線がちらりと脇に向けられる。
その視線の後を追うことはできないがそこに何があるのかは見なくともわかる。
「……倒れるお前を見るなど何十年ぶりだろうな」
「……」
ぽつり、と呟くオルディンの言葉に反応はない。
顔を俺から外し同じように倒れるラグナに視線を移したオルディンがどんな顔をしているかはわからないがその言葉には哀れみや悲しみといったものはなく、ただしっかりと何かを噛みしめるような静けさだけがあった。
「結局、あれは壊せず仕舞いか」
己の言葉に対しラグナの口が開かないことに特に思うところはないのかオルディンの視線は直ぐにそこからも外されすっ、と天へと向けられた。
降り注ぐ光に目を細めるその横顔は倒れる俺にもはっきりと見ることができた。
そしてその視線の先にあるものも俺にはしっかりと見えている。
未だこの地下空間を包む黄金の光――『大権』は変わることなく輝きを放っていた。




