遠い始まりの物語の終わりの続き
私に語り掛けてきたそれが一体何なのかははっきりとはわからなかった。
それでもその時に私に与えた力が何を成すことができるものであるかは直ぐに理解することができた。
誰に説明をされたわけでもなく、何かで試したわけでもないというのにまるで生まれ落ちたその時から自らの中に宿っていた力であるかのようにそれは己の指先と同じように淀むことなく振るうことができた。
その力。
それは全てを閉ざす光だった。
――それだけが私の力だった。
天に昇る日が強く眩く輝く時、人がその目を細め視線を逸らしてしまうように――この光に照らされたものから人はその意識を閉ざさざるを得ないのだ。
忘れるわけでもない。
見えなくなるわけでもない。
ただそれがあるということを意識することができなくなるだけのこと。
――私は
己の中に目覚めた力、それを得たということに対して何か巨大な存在の指先に操られているような感覚はなかった。
この力があの暗い洞窟の奥で見つけたあの宝石のようなものから与えられたものだとしてもそれを見つけ出したことも、それに辿り着いたことも全ては自らの手で手繰り寄せたものなのだから。
――故に、これこそが己の宿命なのだ、と私はそう考えた
曰く『ロキの光』と呼ばれるそれは文字通り歩むべき歩む道を照らす標の光となり私の中に輝いた。
――あの洞窟で『ロキの光』を得た直後のことは何がどういった順番で起こったのかはあまり正確には覚えていないがな。
それで飛び出した故郷へ戻ったこと、戻ってきた私を驚きと喜びの目で迎え入れた人々のことはぼんやりと霞のような記憶の中で覚えてはいる。
ラグナ、と私の名を呼んだ男がいたことも忘れてはいない。
だがかつてその背中を追っていたはずのその男のことはもはやその存在があったことを覚えているだけで顔も声も忘れてしまった
――ただ過ぎて行く時の流れの中でその男は二度と目覚めぬ眠りについた。
――そして、その頃になってのことだ。
その時になりようやく私は己の肉体が時の流れから抜け出していることに気が付くことができたのだ。
否、抜け出していたのではない。
あの日、あの洞窟で目覚めたその時から己の中に昇った光は沈むことなく輝き続け、時に従うということから私の目と肉体を閉ざしていただけのこと。
――だが老いることのなくなった肉体に恐怖を感じることはなかった。
既にそういう感情の揺れがなくなっていたというわけではなく、その事実すらも自らが得た大いなる力の一端であると感じていたからだ。
名も忘れた男の後も私が継ぐこととなったがそれも与えられたものではなく、私が掴んだ力であると信じていた。
それでも――そうなった後においても私の中には消し去ることができなかった感情があった。
それは一かけらほどの小さな怖れ。
いつの日かこの光を覆うもの影、この輝きを曇らせる力が現れるのではないか。
その思いだけは身体の一番奥で淀んだ澱の如くに溜まり続け消えることはなかった。
――それは。
――それは、許されない。
故に私はこの力を振るうことを決めた。
この身に宿った光はありとあらゆるものを照らす極光となり照らしたもののその悉くを閉ざした。
私の統治を脅かさんとするもの、老いぬ私を奇異な瞳で見たものは当然多くいた。
だが、そのような存在が私の道に立塞がる影になるその前に、誰もがこの光の前ではなかったものとなり、いつしか私の存在を疑うものはいなくなった。
――そう、多くのものをなかったことにしてきた。
幼い頃の私を知るものはそれだけで危険な存在であり、その記憶はなかったものとした。
古くからこの国に仕えてきた家系があったが彼らの知識は深く広く現代の魔法に限らず太古のものにも及ぶと聞いており、それはやがて私の力を脅かすものとなると考えその知恵の枝葉を焼き尽くし、彼らの血脈に宿る知恵をなかったものとした。
多くのもの、多くの何かをなかったものとしてきたのだ。
――だからお前の言う私が奪ったものが何であるのかは最早私自身でもわからないことなのだ。
自分の手が何に触れてきたのかを振り返るには歩んできた道はあまりにも長く――そして共に振り返ってくれるものもいないのだから。
――だが、私は私がしてきたことを間違いとは思ってはいない。
――手にした力を己の為に振るうことが悪であるというのなら己が望みを叶えるということは罪深い行為に他ならない。
――そのための手段や目的に善悪や正誤を問い、裁ける人間などいはしないのだから。
――故に例え誰一人私の後に着いて来るものがいなくとも、この歩みが誤りであったと思うことはない。
――それでも。
――それでも、そう。
――それでも悔やむことがあるとするのなら。
――何故私は踏み出したこの足をこの城へと戻してしまったのだろうか、ということ。
――あの時の私にはここではないどこかへ行きたいという思いがあったはずなのに。
――ああ、そうだ。
――夢を追って一人旅立ったあの日、空に見た光は眩く私の上に輝いていて、それと同じ光をようやくこの手に掴んだと思っていたのに。
――結局俺もまたその光から目を逸らすことしかできず、遥かに見た輝きに焼かれないよう逃げるように歩むことしかできなかっただけなのだ。




