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天を仰ぐ-Side:M-

「……っ」


 黒に染まっていた世界は瞬きの間に一転し、次に視界に飛び込んできたのは瞳を刺す光だった。


 先ほども感じた光――よりも更に直接的に飛び込んでくるそれに反射的に再び目を閉じてしまう。


『目が覚めたか?』


 そんな風に一人悶えていた俺に男の声が届く。


 静かに人の心を落ち着かせるような聞きなれたその声に困惑していた頭が急速に冷静さを取り戻す。


「……ミールか?」


 その声に答えた自分自身の声が妙に大きく反響して聞こえ、それに起因してかはわからないが全身の感覚が末端まで戻ってくるのを感じた。


 どうやら今倒れ伏しているらしいことを背中に感じる冷たく硬い床の感触から察し、それと同時に目を刺す光はあの黄金の輝きなのだということを理解した。


『いきなり意識を失ったように倒れたのだ、あまり動かない方がいいだろう』


「ああ……そうしとくよ」


 俺の身を案じての言葉に小さく頷く。


 ミールの言う通りだとすれば確かに今は動かない方がいいのかもしれないと思ったのもあるが実のことを言えば起き上がろうにも手足が全く動かずそれができないだけなのだった。


 先ほども地に膝をついたまま動けないことがあったが今はその時よりも更に重症で何か重たいものが両手両足の上に乗っているのではないか、と錯覚してしまう程に指先一つ動かせそうになくただぼんやりと天井を見上げることしかできない。


「……」


 地下とは思えぬほどに広く高い天井、その中心に埋め込まれたかのようにある黄金の光が嫌でも目に入る。


 その輝きをつい今の今まで見たような気がして――


『まぁ動けないというのであれば我々は皆お互い様かもしれないがな』


 と、何かを思い出そうとした頭にミールの言葉が被さり思考が一旦中断されてしまった。


「我々……?」


 身体はまったく動かないものの痛みがあるわけではなく、語り掛けてくるミールに視線だけでも向けようかと思ったのだが結局首もうまく動かしことができずに反って苦し気にも聞こえる声が漏れてしまった。


 仕方がないので天に視線を向けたまま今の言葉について考えてみる。


 我々とは今こうして身動き一つとれない俺と床に落ちたままになっているだろう本のミールと――


「っ!」


 そこではっ、と思い至る。


 俺とミール、そしてもう一人この部屋にいたはずの人物の存在を思い出しこのままではいけない、と頭が急速に警告を鳴らすが肉体はそれに従う様子もなく端から見ればもぞもぞと動いているだけの何とも情けない姿だったかもしれない。


 だが、仮にそうだとしても今すぐにでも立ち上がらなければ――


『慌てるな。我々といっただろう。なぁラグナよ』


 その様子がどのように見えたのだろうか、ミールは少し愉快そうな声色で起き上がろうとする俺を制し、そして残るもう一人に声をかけた。


 その言葉は俺に対してのものと同じような優しく親しいものに語り掛けるような口調。


「……」


 それに答えが返ってくることはなかったが沈黙の気配だけは伝わってきた。


「……そうか」


 仰向けに倒れ伏している俺の足元の方から感じる人の気配に小さく胸を撫でおろしながら息をつく。


 視線を向けることは叶わないが察するに向こうも俺と同じように倒れたまま動くことができないのだろう。


「……さっき『ロキの光』とやらにあったよ、ラグナ」


『何? 何だと!? おい、それはっ――』


「大丈夫だよ……多分な」


 気配だけ感じるラグナにそう声をかけたところ先に反応を示したのはミールの方だった。


 先ほどまでと一転して慌てたようなその声に静かに無事を伝える。


 思えばミールからすればそれと出会ったことが全ての転換点だったわけであり、そういう反応をしてくるのも当然といえば当然といえることだったのだろうが今のところは自分の肉体にも異変はなさそうなので素直にそう答えておく。


「あそこがどこだったのかはよくわからないが、とにかく『ロキの光』と話をしてきた」


「……」


 ぽつぽつ、とそんなことを言いながら視界に映るのは遥か頭上にある黄金の塊――『大権(たいけん)』のみ。


 これまで見たどんな宝石よりも大きく、そして煌々と輝き放つその光こそが先ほどのあの世界に満ちていた光と同質のものなのだということにはその時ようやく気が付くことができた。


 倒れ伏しているであろうラグナはそんな俺に何かを返してくるわけでもないがきっと声は聞こえているだろうと感じ言葉を続ける。


「まぁ結局話なんてできたとは言えないかもしれないけどな。あいつの言ってたことはよくわからなかった」


「……」


「ただ、あれは『奪う力』じゃない。お前にはそんな力はないって……それだけは言ってたよ」


「……」


 一方的に話しかけているようには肯定も否定も返ってくることはないがそれはまるで聞く耳をもっていないわけではなく、むしろ俺の言葉を噛みしめるかのように耳を傾けているためであると感じられた。


「なぁラグナ。お前は一体あれを使って何をしたんだ?」


 なので俺もまた言葉と止めることはしない。


 既に何度か投げかけた問い。


 それにこれまで答えが返ってくることはなかったがそれでも俺が知りたいのはそれだけであり聞かないわけにはいかない。


 既に両者ともに地に倒れ動くことのできない状況の中、それでもその口が開くことがないのであれば俺には最早できることはなく、別の道を探さなければならないかもしれない――そんな考えが頭を過りかけたその時、


「……あれは瞳を閉ざす光だ」


 小さく、しかしはっきりとその言葉が聞こえた。


「そんなことを『ロキの光』も言ってたけどな……どういうことなんだ?」


「……あの光に照らされたものは瞳を閉ざす。それは即ちそこには無いということだ」


『忘却、或いは認識操作……それがあの魔道具の力だということか?』


「……」


 ぽつぽつと呟くようなラグナにミールが尋ねるがそれは沈黙を以って否定された。


「忘れたわけではない……ただそれを見ることができないだけだ」


「見ることができない?」


『……ラグナ、もういいだろう。もう少しはっきりと教えてくれ。あの時、いやあの後一体お前に何があったのか』


 ラグナの言葉はあの世界で聞いた『ロキの光』のように今一つ俺には理解することができなかったがそれをミールがはっきりと諫めるように止めた。


 だがその言葉には決して責め立てるような重苦しさは感じられない。


 床に落ちたままのミールに視線を向けることはできないが、それは口を閉ざす子供を宥めるような優しさのようなものすらも感じられる声色に俺には聞こえた。


「……あの日、私は『ロキの光』を手に入れた」


 その言葉に何かを決意したのか、或いはもっと前からそうするつもりだったのか、ラグナの口がその過去に触れた。


 辺りには最早先ほどまでの騒ぎはない。


 ただ倒れ伏し動くこともできない三つの気配と、閉ざされた物語を紡ぐ一つの声だけが巨大な地下空間に満ちていた。

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