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奪う-Side:M-

「何――ッ」


 驚愕は果たして何に対してのものだったのか。


 自らの左肩を切り裂かれながらも踏み込んできたことに対してか、


 それによる痛みにも笑みを浮かべていることに対してか、


 或いは自身の頭部を掴まれたことに対してか。


「おおおおおお!」


 突き出した右手で目を見開いたラグナの顔を覆うように塞ぐ。


 この手、この身に宿る力『怒涛(どとう)簒奪者(さんだつしゃ)』――曰く盗賊スキルの極地と言えるこれが奪えるものは武器だけではない。


 直接触れることで相手の魔法の発動をも封じることができ、そして加えることもう一つ。


「奪う!」


「ッ――!」


 その意識すらも奪うことができることを俺は知っている。


「き、さまっ――」


 顔を覆う指の隙間から金の虹彩の瞳が俺を睨む。


 それはラグナの最後の抵抗だったのかもしれないがもう遅い。


 このまま瞬き程の時間すらも必要とせずこの手はその力を振るう――


 ――そのはずが。


「奪う……だと……っ」


「っ!」


 初めて聞いたような息も絶え絶えと言えるような口ぶりで絞り出すようにそう言いながら、ラグナは自ら構えていた剣から手を離すとがしっ、と自身の顔へと伸ばされた俺の手を力強く掴む。


 否、それは顔に付いたものを掴んで引き剥がそうなどという生易しいものではなく、そのまま握りつぶしてしまうことも厭わないという程の決意と力がその手には込められており、腕を掴まれたことに対する驚きとその痛みに苦悶の声が漏れてしまう。


「奪わせは……しないっ……」


 ぐっ、と腕を掴む手に更に力が込められる。


 果たして『怒涛(どとう)簒奪者(さんだつしゃ)』は正しく発動しているのだろうか、一向に意識を失う様子もないがしかしそれを確かめていられるほど今は肉体的にも精神的にも余裕などありはしない。


「っ……何だよ……」


 或いは引き剥がされそうになっているだけであれば抵抗のしようもあるだろうがどうやらラグナにはそのつもりはなくぎりぎり、と込められる力は増すばかりであり今更腕を引こうにも引ける状態ではない。


 なればこそ、今できることはただひたすらに己の力を信じ、その発動までこの手を離さないように踏みとどまること。


「奪わせるものかぁああああああ!」


「おおおおおおおおおお!」


 二人の絶叫が空間に響く。


 先ほどまでの互いに踏み込もうと試みていた剣と徒手による攻防とは対照的な静の拮抗。


 お互いに相手との距離を開けるつもりは毛頭ない。


 俺は自身に宿る力を。


 ラグナはその腕力を。


 ただひたすらに絞り出すように振るったそれが先に相手に届くのはどちらが先か、最早決着はそれ以外にはない状態が生み出されていた。


「うぉおおおおおおお!」


 叫ぶことで『怒涛の簒奪者』がより強く発揮されるわけでもないとは思うがそれでも叫ぶ。


 それは腕に走る痛みから意識を逸らすためでもあったが何よりもそうでなければいけないと感じたから。


「おおおおおおおお!」


 同じように苦し気にも聞こえる叫びをあげるラグナの瞳を見る。


 俺の手がその顔を掴んでいることでその意識が奪われる、ということを知っているわけではないだろう。


 この根源はラグナ自身が言っていたこと。


 ――奪わせない。


 その言葉の真意や意図はわからない。


 それでもラグナはただそれだけをさせないために俺の手を砕くと言わんばかりに抗っている、ということだけはわかる。


 それは傷つけられることを恐れての反射的な行動ではなく、己の意志からくる抵抗。


 なればこそ、肉体ではなく心の部分で退いてはいけない。


 そこで負けてしまえばこの腕は砕かれもう立ち上がることもできない、そんな思いだけがはっきりとありその思いが肺から酸素を吐き出させていた。


「私……からっ……!」


「――奪えっ!」


 カッ、と今一度強く目を見開くラグナに呼応するように俺は掲げた手に今一度力を込める。


 掌からその体温や血の流れすらもはっきりと感じるようになった次の瞬間、


 ――ドクンッ


 と、大きく脈打つ感覚。


 その感覚に身体を揺らしたのは俺だけではなかっただろう。


「っ!」


 何かがその肉体から零れ、それが掌を通じて流れ込んでくる感触と熱さを感じる。


 灼けるような熱はあの時迸る雷を奪った時よりも強いものであり、思わず手を放してしまいそうになるが腕を掴まれていたことで図らずともそれを留めることができた。


 暴力的なまでの雷の魔法を奪った際に傷ついた腕のことを思い出すが今更後悔するわけでもなく、今はただこの熱こそが発動の証であると信じ力を緩めぬように踏みとどまるのみ。


「や、めろっ……」


 視線が交差する金の瞳からは僅かばかりも圧が抜けることはないが掴むその腕からははっきりと力が抜けていくことを感じる。


「私……から……」


 熱が収まることなく俺の身体を走る中、ふっ、と腕に感じていた圧迫がなくなる。


「奪う……な……」


 静かに呟くような言葉と共にその手が下に下ろされると同時、ラグナの身体全体からふっ、と力がなくなった。


「っ! 何……だ……」


 意識を奪った、とようやく己の力の発動を確信しようとしたその瞬間、


 まるでそんな悠長なことを許さないかのようにぐわん、と視界が揺れ足に力が入らなくなる。


 それは身体を焼く熱のため――ではなく、先ほど幾度も感じた感覚によるもの。


 剣を奪うたびにラグナの記憶を見たあの時のような、頭に何かがなだれ込んでくる感覚が再び激しい衝撃を伴って頭を揺らした。

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