一手-Side:M-
「うぉおおおおお!」
光り輝く剣が迫る。
真っすぐに躊躇うこともなく首めがけて振り下ろされる二振りの刃に手を伸ばす。
「はっ!」
両の手で掴んだそれを確かめることもせず左右に放り投げる。
ガシャン、という陶器か何かが割れるような軽い音を耳が捉えるころには既に眼前には剣を構える男の姿。
「――ッ!」
塞がった手を空けるため腕を広げる体制となっていた俺の身体の中心を貫くように放たれる突きを間一髪のところで身を捻り躱す。
「ふっ……」
身体の直ぐ真横を通り過ぎていく剣の風圧に反射的に身が竦んでしまうが小さく息を吐きそれを奪う。
一瞬の攻防に緊迫してしまうがそれはどうやら俺だけのようであり、相対するラグナはその一呼吸すらも許さない速度で再び両手に剣を構え斬りかからんと踏み込んでくる。
「――お前は一体何がしたいのだ」
「言ってるだろ! 別に戦おう何て思っても――ないって!」
剣が迫る。
――横薙ぎに
――上段から
――下段から
――袈裟懸けに
――突きを
上下左右から迫りくる光の剣を俺は『怒涛の簒奪者』を以って、その悉くを奪っては捨て、そしてまた奪うを繰り返す。
「王国に何かを盗られたっていうやつがいる! 知りたいのはそのことだけだっ!」
「――奪ったものなどない」
互いにさらに一歩踏み込みたいところをお互いがそれを許さない攻防の中、言葉と俺が放り投げた剣が砕ける音だけが妙にはっきりと耳に届く。
際限なく振るわれる剣は尽きる様子もないが唯一幸いなことにそれは一度に二振りまでしか創られることがない。
それがラグナの限界なのか、或いはただ両手で持つためにそうしているだけなのかはわからないが両手で処理できる数であることで何とかこの均衡が保たれていることは間違いない。
「それを! 確かめに来たんだ!」
とは言え必死なのは俺だけであり、息も絶え絶えに何とか言いたいことだけでも言うのだがラグナは涼し気ともいえる感情のない顔とその金の瞳でこちらを見つめ返してくるのみ。
「あの『大権』に何かがあるって! 言ってたやつもいる!」
「――」
最早何度目かなど数えるのも嫌になる程振り下ろされた剣に右手を翳すと、それに触れた次の瞬間にはその剣は俺の手に握られている。
互いに決定打を持たない行為の繰り返しだが、今の一瞬ラグナのその瞳には僅かに揺れがあったように見えた。
それが何のためかは最早考える必要もない。
『大権』の名を出したことによる動揺――実際には動揺というほどの心の動きはないのかもしれないが――であることは間違いない。
「――ならば、諦めろ」
「っ!」
武器を奪われ空いたラグナの両の手に光が収束し剣が精製されるとそれを交差させる軌道で一閃が放たれる。
創られた剣に何か違いがあったわけではないがその一振りには今まで以上の圧が込められているように感じそれに僅かに押されてしまいそうになるが寸でのところで手で触れることが間に合う。
「はぁっ……はぁっ……」
「――」
「諦めろ……だって?」
その一閃を振り払ったところでこれまで絶え間なく続いていた剣戟が止んだ。
両者の距離は向き合ったその時のまま一歩も進んでおらず俺を見つめるラグナにもまだ手が届く距離ではない。
攻勢を止めたがその外見には疲労の様子は微塵もない金の瞳を見つめ返す。
「諦めろ。お前があれを求めようとも私がそれを許さない。その事実は揺らぐことはなく、そしてお前には覆せないものだ」
「……」
すっ、と俺を見つめる瞳には感情はない。
相手の非力を煽るわけでもなく、己の力を誇示するわけでもなく、ただあるがままの事実を述べているだけという言葉と表情であり、そして――それがその通りであることは俺にも理解することができた。
「はぁっ……はぁっ……」
荒くなっている呼吸を整える。
俺の力が通用していることは間違いなく、ラグナの放つ刃はかすり傷一つも付けることはできていない。
だが、それでもやはり不利なのは俺である。
振るわれる攻撃を防ぐことで精いっぱいで攻めに転じることのできない俺にラグナはただ剣を振り続ける。
肩で息をする俺の守りが崩れるのが先か、平然としたラグナの攻撃が外れるのが先か、それは考えるまでもない。
今この状況を変える一手が俺にない以上、この戦いの結末は既に見えておりそれをわかっての言葉であろう。
それは俺にも理解することができた、
「――けど、まだ諦めるには早いだろ」
それでも、まだ諦めてしまうには早い。
まだ身体が動くのならば、俺は俺にできることをやりきらなければならない。
そうしたいと思うのだから。
「――いいだろう」
短く、何かを感じたわけでもないような口ぶりでそれだけを呟くとラグナの両の手に剣が現れる。
「ならば来い。倒れ伏すまで繰り返すがいい」
清廉、という表現を当てはめてしまいそうな程に剣も立ち姿も輝いて見えるは一国の王。
「ああ……」
それ挑むは今や何者でもなくなった一人の男。
そう俺は何者でもないが、それ故に己の中に生まれた思いだけは貫かなければならない。
例え文字通り倒れ伏すことになろうとも――
「うぉおおおおお!」
強く地を蹴り前進をする。
「――ッ!」
それを払うかのように振るわれる剣をただひたすらに奪う。
「おおおおおおお!」
――横薙ぎに、奪い。
――上段から、奪い。
――下段から、奪い。
――袈裟懸けに、奪い。
――突きを、見た。
「っ!」
顔面を貫かんと構えられたラグナの体勢に小さく息を飲む。
覚悟を決める。
繰り返されるこの攻防の結末は見えている。
俺にそれを覆す一手がない限り――
「なっ――」
今息を飲んだのは俺ではない。
瞬きの間に放たれた突きに更に一歩踏み込む。
「がっ――!」
ザッ――、と鋭い熱が肩に走る感触を覚える中、踏み出した足を地に下ろす。
「――にッ」
先ほどよりも一歩近くにその顔を捉える。
金の瞳は確かな驚愕に見開かれていた。
「どうだ?」
その顔に、思わずにやりと笑みが浮かんでしまう。
「諦めるには早いだろ?」
奪い続けては覆せないのなら、この身を削ってでも一歩踏み込む。
肩を貫く剣の痛みも今は感じない。
今はただ近づいた男のその頭へと真っすぐに手を伸ばすのみ。




