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二人の男-Side:M-

 ――ッ!


 何かが耳を叩く感覚。


 ――いっ!


 誰かが叫んでいるようなその音に聴力が意識と共にはっきりとしてくる。


「がっ……」


 耳がしっかりと機能しだすと同時に身体全体の感覚も急速に戻ってくるのを感じる。


 だがその速度があまりにも早すぎたのか肺は一呼吸分の酸素すら受け入れる余裕がなく思わずむせるように息を吐いてしまう。


『おいっ! しっかりとしろ!』


「ミールか……?」


 呼吸の荒くなった俺にかけられる声の方に視線を送ると石の床に放り出された本が一冊見えた。


 それは先ほど俺が投げ捨てたミールであり、こちらの身を案じて声をかけてくれていたようだがそれにうまく答えることができない。


 身体の感覚は全て戻ってきて自分が今跪くように床にしゃがんでいることを理解した。


 しかしできたのはそれを理解し、ミールの方へ視線を向けるだけでありそれ以上喋ることもましてや身体を起こすことなどできそうにない。


 それほどまでに身体に力が入らない。


 まるで数十時間眠りについていたかのように思考がぼんやり曖昧で体の動かし方がわからない。


 一体何が、と記憶を整理しようとして思い出せたのはかつて交わした父との会話。


 ――いや違う。


 ――それは俺の記憶ではない。


「何を見た」


「っ!」


 曖昧だった記憶でそれを思い出したと同時に背後から声を投げかけられた。


 冷たく、圧を感じさせる言葉に振り返ることはできなかったがそれが誰のものであるかはよく理解できた。


「何を見た」


 繰り返される問いは俺が何を見たのかをまるでわかっているような口ぶり。


 俺が見たもの、見せられたもの。


「……あんたの過去だ。そうなんだろ?」


 へたり込む姿勢のまま頭上から高圧的に投げかけられるその言葉に絞り出すようにそれだけを返す。


 だが俺の言葉に声の主――王は何も答えない。


 振り返ることもできないのでその表情はわからないが発せられる圧と視線だけはひりひりと感じることができ、そのお陰なのか霧がかかったようになっていた頭が鮮明になっていく。


 腹を貫かれた、と思っていたが足元には血の一滴もなく身体に痛みもない。


 何かの見間違いだったのか、それともあれが先ほどの出来事の切っ掛けだったのか。


『過去だと?』


「小さな子供が見えた。あれはあんただ……ラグナ……」


 訝し気な声を漏らすミールに答えようとするがやはり息はまだ整わず、はっきりと喋ることができない。


 それでも見たこと、感じたことを口にする。


 一瞬の間に垣間見た光景。


 その光景の中にいた子供こそが他ならぬ王その人なのだろう。


 それが真実だとすれば今ここにいる王の外見とは明らかに矛盾が生じているが、最早時間の整合性など些末なことなのかもしれない。


「――そうだ、あれがかつての私だ」


 俺がその名を呼んだためか王――ラグナは静かに肯定の意を示した。


 やはり俺が何を見てきたのかをよくわかっているような口ぶりに湧いてくるのはただ疑問だけ。


「何故あれを俺に見せたんだ……?」


 その目的。


 先ほど俺が見たものがラグナの記憶の全てではないだろうが本をパラパラとめくるような速度で見たものの行きついた最後の景色は決して明るい光景ではなかった。


 或いは人には伏せておきたくなっても不思議ではないような過去をああして俺に見せたその理由がわからない。


「――かつて、私は無力だった」


 頭上からかけられる言葉。


 立ち上がることもできない俺は先ほどのように攻撃をされれば何の抵抗もできずに切り刻まれるだけなのだが何故かそれをしようとはせず、ラグナは静かに言葉を続けた。


「無力故に無意味だった。抱いたものがあろうとも、それを成すだけの力がなければ意味はなかったのだ」


『ラグナ……』


 それは淡々と語られる感情らしきもののない言葉だったがミールは何かを感じたのか、小さく漏らしたその声には僅かに哀しみのようなものが込められていた。


「故に力を得た。ただそれだけのことだ」


『っ! 待て!』


 そうして短く呟くとともに背後で動く気配と焦ったように声を上げるミール。


 振り返えらなくともそれだけで何が起きているのかは何となく察することができた。


 ――俺に向かい剣を振りかざすラグナの姿が頭に浮かぶ。


「……その力があれだっていうのか」


 断片的に語られてきた過去が少しずつ整理されていく。


 勇者を目指し国から去った男がいた。


 その男は自らの身分も隠し勇者として生き、そしてそれを手に入れた。


 天に輝く『大権(たいけん)』――或いは『ロキの光』と呼ばれるそれを。


 それが果たして何を与えたのかはわからないが男はそれを力として今もこうして在り続けているというのか。


「そうだ。あれこそが私が手にした力。故にそれを傷つけるものは罪だ」


「……そうか」


 ぎゅっ、と掌に力を込める。


 その言葉に何故か――無性に腹が立ってきた。


「だったらよ――」


 勇者を目指し、勇者になれなかった男。


 それが自分がよく知る誰かに似ている気がして訳も分からないが身体に力を込めてしまう。


「だったら、何でその力で勇者にならなかったんだよ!」


 ただ一つ異なるのは、過去で垣間見た男には仲間がいたこと。


 何かの力を得たという男にはその時確かに仲間がいたのだ。


 ならば何故その道を歩むことを止めてしまったのか、その疑問が苛立ちに変換され肉体を稼働させる動力となる。


「――っ」


 俺の言葉に何を感じたのか、背後で小さく息を飲む気配とその腕が振るわれるのを感じる。


「その力で勇者になればよかっただろうが!」


 躊躇うことなく俺の首目掛けて振るわれる刃を見ることもなく叫びながら立ち上がると振り向きざまにそれへと手を伸ばし――奪う。


「――貴様」


 似ているようで異なり、しかしそれでもやはり似ていると感じてしまう男を再び正面に捉える。


 俺の行動に驚いているのか、或いは俺の言葉に苛立っているのか僅かに見開かれた金の虹彩の瞳をまっすぐに見つめ――つい小さく笑ってしまう。


 何てことはない、ただ夢を追えなかった男が二人向き合っているだけのことなのだから。

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