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消える光-Side:M-

「50数年前、この国を治めていた王、ユグド・ヴァルド・ヴァイランは優れた王ではあったが子供には恵まれなかった」


 瓦礫が散乱し未だ僅かに埃っぽさの残る部屋の中、本来なら腰かけることなど許されるはずもない椅子に座り、あまつさえ優雅に足を組みながら純白の衣装に身を包んだヴァンデルハミッシュは滔々と語り出し、それにアルーナは立ったまま黙って耳を傾ける。


「年老いてようやく一人、嫡男を得たというがその人物にもある問題を抱えていたというのだな」


「問題?」


「はははははっ、まぁ何と言うことはない。ただその子供は王位を継ぐ気はなかったというだけのことだ」


 愉快そうに語られる物語はアルーナの知らないこの国の歴史。


 ひょっとすれば聞いてはいけないのでは、とも思ってしまうことを平然と口にするのはヴァンデルハミッシュという男の気質のなせるものだろう。


 聞くところによれば彼の家系は古く今まさに語られている王の一族にも劣らない歴史があるというが或いはそれも関係しているのかもしれない。


「確かにそれは問題と言えるかもしれませんが……」


 ヴァンデルハミッシュのようにとても笑いながら話す気にはなれないがアルーナにはこの話が何を意味しているのかが今一つ掴めない。


 皇位継承というものは往々にしていざこざが起きるものである。


 大抵は継承できるものが多い故に生じる諍いなどであり、そういう意味では唯一の子供がそれを継ぐつもりがないというのは問題と言えば問題だがそれ程までに深い話ではないと感じる。


 過去に何があったのかは知らないが現に今も尚この国は続いているのだから。


「はははははっ、いやいやそれが単なる子供の我儘であれば可愛いものだったのかもしれんがな」


「……どういうことでしょうか?」


 くつくつと肩を揺らすヴァンデルハミッシュに何か気味の悪いものを感じつつも尋ねる。


 荒れ果てた部屋でこうして向き合っていると目の前の男がつい先ほど命を狙ってきた相手である、ということも忘れてしまいそうになるがそれほどまでに既にヴァンデルハミッシュからは敵意というものを感じないのだった。


 話の行方はようとして掴めないが自分の知らないことが明かされているような雰囲気に内心では好奇心の方が勝っていることをアルーナは感じていた。


「何とようやく生まれた王の子供は王位を継ぐことを拒むばかりか自分は勇者になるといって国を飛び出してしまったというのだな!」


 まるで喜劇の終幕でも迎えたかのように手を叩きながら快活に笑うヴァンデルハミッシュの声が部屋に響く。


 実に愉快そうな声であるがそれにつられて笑うことなどアルーナにはできない。


「なっ……」


 今語られた話の衝撃があまりにも大きくできることと言えばただ言葉を失って目を見開くことだけだった。



  *



「はっ……はっ……」


 大きく上下してしまう肩を無理やりに静める。


 ずしり、と両の手に重たい感触を感じるが、呼吸が荒くなってしまうのは肉体的な疲労ではなく、むしろ精神的なもの。


「――」


 一方で相対する男はそんな俺とは対照的に感情のない金の瞳をこちらに向けるのみ。


 その両手にはいつの間にか既に煌々と輝く剣が握られている。


 奪われたところでいくらでも創り出すことはできるのだろう。


 しかしそれはこちらも同じこと。


 いくら剣が創り出されようとそれが俺の身体に届く前に奪ってしまえば傷つけることはない。


 故にこれは終わりのないことの繰り返しなのだ。


 或いはどちらかの体力がそれもできない程に尽きてしまえば、ということもありえるだろうがそれは俺が望む形ではない。


「……俺が見ているものは何なんだ?」


 尋ねたのは時間稼ぎをしたいからではなく、ただ知りたかっただけ。


 そもそも俺はここに戦いに来たのではなく、こうして話をしたいという思いがあり、それならば今のこの均衡状態がそれにふさわしいのではないかと感じたのだ。


「――何を見た」


 呟くように問いかけた俺の言葉に眼前の王は冷たく問い返してきた。


 両者の距離は互いに僅かに剣の届かない間合いであるがこの程度を王は瞬きの間に踏み込んで斬りかかれることはわかっている。


 そのためいつでもその攻撃を奪えるよう徒手を保つため、両の手を剣から離すとカンッ、と乾いた音を一度立て、次の瞬間にはそれは光の粒子となって消えていった。


「何って、色々だな。色々見せられたけど、ただあんたの顔ははっきりと見たよ」


 手を開け、僅かに腰を落とすことで俺の体勢が整ったということはわかるだろうがそれでも王はすっ、と剣を下げ直立した姿勢を崩しはしない。


 一見弛緩して見える体勢であるがそこからの一歩目が実に迅く決して目を逸らすことはできない。


「――何」


 じっ、と緊張を解くことができない俺に対し、まるで値踏みでもするかのような視線を送る王。


 真っすぐに俺の心の内すらも見透かそうとする金の虹彩を持つその顔はやはり先ほど夢想の中で見た男の顔であり、自分の予想が間違いではないのだろうと感じる。


「あれはあんたの記憶なのか?」


「――私の記憶だと」


「どれも一瞬でよくは見えなかったけど、あんたが見ていた世界を見せられていると思う」


「――なるほど」


 俺の問いかけに王は短く呟くだけだが、その言葉には今までにない重たい圧があるように感じられた。


「どれも暗くて……何て言うか寂しい感じだったけどさ、あれがあんたの見ていた世界だっていうのか?」


 そう感じていながら言葉を止めることができなかったのは俺がただそれを知りたい、と思ってしまったがそれはあまりにも迂闊な行為だったのかもしれない。


「――黙れ」


 しかし気が付いたときには既に遅く、王がそう呟いたのと同時に今の今まで確かに捉えていたはずのその姿が一瞬にして視界から消えてなくなった。


「っ!?」


 瞬きすらもしていない間に一体何が、と俺が状況を確かめるよりも早く――


「――ならば」


 衝撃と、熱が身体を揺らすのを感じた。


「――がっ」


 それが先ほど記憶を垣間見た時に感じたものとは異なる熱さ。


 それが己の腹が背後から貫かれているためと気が付いたときには全ては終わっていた。


「私の記憶が見れるというのなら、その目でよく見るがいい」


 最後に冷たく、一方で焦げる様な感情が込められた男の声を聞きながら、意識という光はあっけなく消されてしまった。

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