輝く世界-Side:M-
夢を見た。
ぼんやりと靄がかかっていたような風景が少しずつ鮮明になり、そうして見えてきた世界は現実のものではなかった。
そう感じたのはそれが自分の知らない景色であり、そして何よりもその世界がとても尊く感じられたせいだ。
「――」
しかし世界を見ているのは俺ではなく、自分ではない誰かの視界を借りているかのような感覚でその暖かく、穏やかな空気だけが満ちる風景を見る。
世界は明るく、そこにいる人々は皆がやさしく微笑んでいる。
隣人が、友が――父が笑っていた。
「……ああ」
思わずこちらも笑みを浮かべてしまいそうになるそんな景色を前にふと悟る。
これが夢の世界であるのなら。
この風景を見る者にとって、現実はきっとそうではないということなのだから――
「――っ!」
俺がそう考えたせいか、それともただ目が覚めるように時間が切れたのか急速に世界の輪郭は再び曖昧なものとなり、意識を失うような感覚と共に強制的に終わりを告げられる。
そうして次の瞬間には意識はつい今の今までいた世界へと戻ったのだが、そこで視界が捉えたのはまたしても輝くものであった。
眩く目を閉じたくなるがそれは先ほどまでの包まれるような温かさのあるものではなく、命に迫る鋭い閃光。
光を打ち、硬め、形を成した剣は標的を誤ることなく一直線にこちらへと向かってくる。
触れれば肉体を裂くことは想像に難くもないそれに、しかし確信を持って手を伸ばす。
無論、最悪の事態が頭を過らないわけでもないが、今更掲げた手を下げ避ける暇などなく、まさに光の如き速度でそれは目標へと到達し――
「奪える――ッ!」
――恐らく、この手は決して万能のものではない。
火球や斬撃が魔法により放たれたものであるとして、それを触れただけで掻き消すことはできないだろう。
過去に二度、敵の魔法の発動を封じたがそれは直接相手の身体に触れていたから。
『そうか――それが君の』
語り掛けてくる声が聞こえるがそれに答えることはできない。
高鳴る心臓を鎮めることと、己の手に握られたそれの重みを感じること以外今は考えることができなかった。
光より鋳造された剣はその輪郭もぼんやりと輝いて曖昧に見えついまじまじと見つめてしまう。
先ほどは地面を砕くとともに塵のように砕けて消えたのだが、こうして手に握られている間は不思議とその様子もない。
この手はあらゆる攻撃を無効化するといった優れたものではない。
しかし、放たれたそれが武器である限りきっと奪うことができる。
それこそがメルク・ウインドに与えられた力『怒涛の簒奪者』なのだから。
「貴様は――」
先ほどまで地の砕ける音などが騒々しく響いていたところから一転、しんっ、と静まり返った地下空間に声はよく通る。
その声が誰のものであるかは最早確かめるまでもない。
「……」
その言葉に応える代わりに視線を上に――『大権』を背に上空に留まる男へと向ける。
見下ろす金の虹彩の瞳は既に無機質なそれではなく、今はそこに確かな感情を見ることができる。
驚愕、懐疑、そして僅かに怒りが込められた視線を真正面から受け止める。
「――奪ったのか」
しかしその瞳とは対照的に言葉はあくまでも冷たく、人間らしい感情を感じさせるものではない。
それでもそれが触れることも躊躇われるような激情から生まれるものであることはひしひしと肌で感じることができた。
「――その力、そして貴様が何者であるかは最早問うまい」
そして声と同じくその顔は変化を失った鉄面皮。
ただ淡々と言葉を紡ぐために動く口だけが男が生きていることを証明しているようでもあったがその相貌にふっ、と暗い影が落ちる。
しかしそれは感情的な影という意味ではなく物理的な闇であり、単純に光のあたり方が変わったためであることにはすぐに気が付いた。
今の今まで空中に留まりまばゆく輝く『大権』の光に照らされていたその肉体がゆっくりとその高度を下げたため、影になる部分が多く見えただけのこと。
『気をつけろ』
ぽつり、と告げられる忠告に小さく頷くことで答える。
高く上空に立ち、決してこちらに近づくことのなかった王が自らそれを止めた。
しかしそれが単なる心変わりや休憩、ましてや話し合いの為などと思うことは到底できない。
そもそもこちらとしてはたった一度その攻撃を受け止めただけであり、俺と王の間にある戦力差などが埋まったとは考えてもいない。
それはきっと向こうも同じはずであるが、それでも尚こちらに近づいてきた、という事実に冷たく嫌な予感を覚える。
「――罪だ」
すっ、と音もなくその両の足が地を捉えついにその身が地上へと降り立った。
「罪?」
先ほど、あの部屋以来に視線の高さが合う。
その身から発せられる圧は俺などとは比べられるものでもないがしかしその風貌はやはり俺と同じ程度の所謂青年と呼べる男のものであり本当に目の前の人物が50年前以上まえから生きているのか、と改めて疑問を覚えつつも告げられた言葉に問いで返す。
「輝くものを覆うものは悪であり、光を奪うものは罪だ」
『……なるほど、オルディンの奴め、どこでこんな男を見つけてきたのかは知らないが悪くはない』
真っすぐに射貫くような視線を投げる王に対し僅かに愉快そうな口ぶりでミールが答える。
『どうやらこの青年の力はお前にとってはあまり良いものではないようだが……どうするつもりだラグナ』
そしてぽつりと投げかけた言葉は友人に語り掛けるような親しみと――憐憫のようなものがあるように感じられた。
「その口を閉じろ」
それに対してラグナと呼ばれた王は冷徹とも言える言葉で返すとすっ、と両の手を小さく持ち上げる。
「お前ももはや罪人だ」
そして次の瞬間、王の周囲に光の粒子が輝いたかと思うとそれは瞬く間に形を成し二振りの剣がその手に握られていた。
『……そうか』
両の手に剣を構えるその姿、その言葉にミールはただそう呟くと、
『来るぞ』
立ち尽くす俺の背を押すように短く、しかし強く言葉をかけた。
「――ッ」
それを合図としたかのように王は地を蹴り一直線に俺へと肉薄すると右の剣をまっすぐに振り下ろした。




