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我は奪うもの-Side:M-

『避けろ! 左だ!』


「っ!」


 叫ぶように出される指示に地を蹴り、跳躍をする。


 次の瞬間には今まさに蹴ったその床が音を立てて砕かれるが最早いちいちそんなことに気を回している余裕もない。


『止まるな、次が来るぞ!』


「わかってるっての!」


 つい文句を言うような口調になってしまうがそれも致し方ない。


 既に何度こうして辺りを飛び跳ねるように避けてまわっているだろうか。


 わざわざ見たくもないが、相手の動きを確認するために視線を上に向けるとそこにはやはり、というか当然男が一人いる。


 走り回って呼吸も少しずつ上がっている俺とは対照的に悠然とした表情で文字通り上空からこちらを見下している瞳と視線があう。


 しかしその目が何を考えているのか、などということを読み取ろうとする前に、


「くっ!」


 男の周囲に何の前触れもなく光の剣が二振り現れ小さく舌打ちをしてしまう。


『全力で前進しろ!』


 発光している、というよりも光で創られたかの如き剣が空間に展開されるのと、腕の中から指示が飛ぶのと、その声に従い足を動かすのはほぼ全てが同時だった。


 そして俺の足がぎゅっ、と強く地面に力を込め身体が前方へと倒れた次の瞬間、上空に現れた二振りの剣が一切の予備動作もなく下方目掛けて射出された。


 ゴッ――


 先ほどと同じくそれが突き刺さり床が砕ける振動と音を背後に聞きながら振りかえることもせずに走る。


『やれやれ、きりがない』


 走りながらも落とさないように気を付けていると腕の中で本のミールがため息でもついているかのような口調で呟いたその言葉には走るという動作で肯定を示す。


 そう、この男の言うように恐らくきりがないのだ。


 上空に浮かびこちらの手の届かない位置から一方的に放たれる光の刃。


 それが王の持つ魔法なのだろうか、一切の予兆もなく空中に現れ、指先一つ動かすことなく俺へと目掛け放たれ、地を砕いては消える剣。


 既に数度、その攻撃に晒されながらも何とかこうして生きているのはミールの指示のお陰である。


 上空に現れた剣がどのように飛ばされるのかがわかるのだろうか、間一髪というところではあるが避ける方向を指示してくれるお陰で俺は辛うじてそれから逃げることができている。


 ――しかしそれではまるで意味がない。


 俺に狙いを定めながらその攻撃が一つとして当たってはいないにも関わらず王はあくまでも空中に留まったままで距離を詰めようともしない。


 焦ることも怒ることもせず、表情一つ変えないのは元よりそういう人物だから、ということもあるだろうが何よりもきっとそんなことなど気にしていないだけなのだ。


 恐らく――放たれる光の剣に上限はない、と俺は悲しい予想をしている。


 武器には限りがなく、相手からも攻撃されることもない。


 ただちょこまかと走り回るその足がいつか止まるのを待つ、王にとっては今の状況はただそれだけの事なのだろう、と俺は考えておりそしてそれが真実だろうとも感じていた。


 ならば――こうして走り回ることに意味はあるのだろうか。


『――何を考えている?』


 まさか俺の考えが読み取れるわけでもないだろうに腕の中でミールがそう問いかけてきた。


 走る足を止めることはしないが、そうしながらも王を見る俺の目に何かを感じたのだろうか。


「いや――もしかしたらよかったのかな、って思ってな」


『よかった?』


「ああ」


大権(たいけん)』の眠るここは地下とは思えぬほどに広大であり、周囲にはこの空間を支える柱の一つもない。


 それは逃げるという点から見れば姿を隠す場所もない、ということであるが走るという点で考えれば何かにぶつかる心配がないということであり、こうして足を動かしながら視線を上空の王に向けることに集中することができる。


 そして――


『っ!? 何のつもりだ?』


 待ち受けるという点では対象を漏らさず視界に捉えることができるということだ。


「このまま逃げても仕方ないだろ――!」


 地を蹴っていた足を止め、宙に浮かぶ王と正対した俺にミールが珍しく驚いたような声を上げる。


 無論、それも無理はない。


 何しろ今の今まで走って逃げまわるだけだった男が突然その足を止めたのだから、それは逃げることに疲れて諦めてしまった、などと捉えられても仕方がない。


「一回くらい一泡吹かせてやらないとな」


 しかしその驚愕の声をあえて無視をして俺はじっ、と王に焦点を合わせる。


「――」


 その姿は果たしてどのように映っていただろう。


 突如足を止めた獲物に対しミールのように驚きの表情を浮かべるでもなく、見下ろす瞳には先ほど一度だけ見せた怒りのような色もなく冷たいものだった。


『あれを止められるのか?』


 そんな王をまっすぐに見る俺があまりにも堂々として見えたのだろう、そんなことを聞いてくるミールにしかし俺は静かに首を横に振る。


「いや」


『――何?』


 俺の答えにミールは肩透かしを食らったような声を上げるが、しかし無際限に放たれ地を穿つ光の剣を止めるなどという技も力もあるわけがない。


『言っておくが今更命乞いなど聞く男ではないぞ』


「……だろうな」


 俺の考えがわからないのだろう、説き伏せるようにそう言ってくるミールに確かにそれが期待できればどれほどよかっただろうと少し気が重くなる。


「――けど、止められなくたってな」


 僅かに重くなった心を振り払うようにミールを左手に持ち、空いた右手をすっ、と掲げる。


 高く、掌を王の方へと向ける。


 日の光より尚輝いて見える輝きが指の隙間から筋となって顔に当たる。


 その指と指の間からまるで興味もないような目で俺を見つめる王の周囲に再び光の剣が二振り現れる。


 その鋭さ、その威力を頭で想像し小さく息を飲みながら、


 ――よかったかもしれない。


 そう考える。


 目の前にあるあれが魔法による火球や見えない攻撃であれば恐らく終わりだった。


「――」


 俺の行為に何かを感じたのか、何も感じていないのか、それはわからないが王はこれまでと同じようにその刃を容赦もなく放った。


 それが例え魔法で創られていようとも、形ある武器であるのなら――


「俺は奪える――ッ!」


 自らに言い聞かせるように、或いは相対する男に告げるように叫ぶ。


 その言葉が空間に響く速度と同じ速さで光の剣と俺の手が真正面からぶつかった。


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