震える光-Side:M-
『私からの話は以上だが、何か補足はあるか?』
「――」
問いかけに光は何も答えない。
こちらを見下ろすその瞳には感情らしきものは伺えず、何を考えているのかはわらかない。
思わず目を逸らしてしまいたくなるような圧が込められた視線は一国の王故に、と思っていたのだがしかし今語られた話から推測できることは――
「……本当にあいつがあんたの仲間だった勇者なのか?」
確かめるようにそう呟くと腕の中で本の男が小さく頷くような感覚。
『私は今話した通り途中で意識を失い気が付けばこうした姿になっていたがね。あれは私のかつての仲間であり元勇者だった男、ラグナ・フリングル・ヴァイランに間違いない』
「間違いないって……」
問いにきっぱりと言い切るようなミールのその言葉に俺はいよいよ目の前の現実を信じなければいけないのだ、と確信してしまった。
視線の先、輝く『大権』を背にそれよりも尚強く光ってすら見える一人の男。
誰もが王と呼び、自らもがそれを否定することはなかった男。
しかしそれがかつては勇者としてパーティーを組み、仲間を連れて戦っていたというその事実を。
『しかしあれから50年は経つだろうに相変わらず若々しい見た目で羨ましい限りだ。いや、見た目で言えば変わらないのは私も同じだが』
「ごじゅっ!?」
皮肉でも言うかのようにさらり、と放たれたミールの言葉を俺は聞き流すことができなかった。
否、考えてみれば当然のことではある。
語られた話の中でまだ若かったオルディンが今や老人となっているのだ、彼らのあの物語がほんの数年前の出来事であるわけがない。
ミールは本人の言うように外見からは年齢の判断のしようもないが、しかし今目の前にいる王は違う。
その顔はどう見てもまだ青年と呼べる若さがあり、その見た目とミールの言葉から推測できた過去の相違に今まで納得ができていなかったのだ。
『今更何があった、とは問わない。50年間お前がそうあり続けたということが一つの答えであると私は受け取っている』
視線だけはこちらに向けたままその口を閉ざしたままの王に対しミールは、しかし――、と続け、
『しかし、いやだからこそ、私はお前の意志など汲まずに動かせてもらう。それだけは恨んでくれるなよ』
そう言い切った。
「――無駄だ」
ただ己の思いを告げるというよりも何かと決別をするかのような強い感情が込められたミールの言葉を受け、王はただ一言それだけを答えた。
ようやく口を開いたかと思えばその言葉は視線と同じく冷たく、そして否定することも躊躇われそうな重い圧を感じさせるものだった。
『無駄なものか。いや、無駄ならばお前自らここに来るわけがない。違うか?』
「――」
しかし圧されていたのは俺だけであり、ミールはまるで気にする風でもなくまるで試すかのように問いかけたがそれは無言で返された。
『それにそう言ってくるということは何をしようとしているのかはわかっているようじゃないか。どうやらオルディンの言う通り、この青年にはその力があるようだな』
「っ――」
不意に自分のことが話に上がり、思わず息を飲む。
今自分がここにいる理由。
結局それについてはっきりと話を聞く前にここまで辿り着いてしまったがオルディンは俺に託してきた。
――『大権』を壊せ、と。
それが言葉の通りの意味であるのなら、俺があの黄金の結晶を壊さねばならないらしい。
しかし一体どうやって。
確かにあれの欠片をこの手に握っていたのは事実ではあるがそれは俺が意図したものではなくもう一度やれといわれてもできる保証などありはしない。
「貴様は何者だ」
と、ぼんやりとそんなことを考えていると突如王の言葉が直接俺へと向けられた。
それは先ほどあの部屋でも投げられた問い。
あの時はそのまま地下へと落ちていき答えることができなかった言葉にしかし今ははっきりと答えなければならないと感じている。
「お、俺はメルク・ウインド。ええっと、ちょっと前までは勇者をやっていたんだが今は何も……」
すっ、と必要以上のことは言わず冷たく向けられる瞳に思わずたじろぎ何と言うべきか言葉に迷ってしまう。
そんな俺に対しても王が何か反応を見せることはない。
黙しているのは俺の言葉を待っているわけではなくただ語るべきことがないだけのこと。
神経のすり減りそうな空気の中、それでも言葉をそこで止めることはできない。
「その、別に俺はそこの『大権』とやらに何か用があったわけじゃないんだ、ただ……俺の仲間が取られたっていうものを探しに来て……」
いつの間にか騒ぎは大きくなってしまっているが本来ここに来た目的は全く別のものなのだった。
未だ合流のできていない少女――ヘルマが失ったという何かがこの王城にあると考え少し様子を見に来たことが当初の目的だったのだから。
別に弁明というわけでもなくただ事情を順序だてて話をした方がいい、と考えていた俺の言葉に、
「――」
王はその瞳を僅かに見開いて反応を示した。
ほんの一瞬だけの変化であったがこれまでおよそ感情らしきものを見せることのなかった男のその顔は実に印象的に目に移った。
それは驚きのようでもあり、怒りのようにも見えた表情。
何故そんな表情を浮かべたのか、と王に意識と視線を向けていたおかげで俺の目ははっきりとそれを捉えることができた。
――突如王の右手に現れ、そして俺目掛けて放たれた一振りの黄金の剣を。
「っ!」
その速度は通常であれば俺の反応では避けられそうもないものだったが放たれる前から目視できていたため寸でのところで後方に飛び回避ができた。
ガンッ――、と黄金の剣は硬い床を砕くとそのまま塵になって消えた。
その刃が明確な殺意をもっていたことは確かであり俺はつい砕けた床に向けていた視線を上へと戻す。
それは続けざまに放たれる攻撃を警戒してのものだったのだが――
「――それは認めない」
王は上空に留まったまま変わらずにこちらを見つめ続けていた。
その手には何かが握られているわけでもなく、次の攻撃がないことがわかる。
ただ、それは最早先ほどまでの冷たい無機質な瞳ではなく――
「――もう何も奪わせはしない」
明確な怒りという感情が込められた。




