遠い始まりの物語
それは極ありふれた物語。
お互いに生まれも育ちも異なった4人ではあったがいつの間にか共に行動をするようになり、いわゆる仲間と呼べる関係となっていた。
各々が自身の持つ力を活かしそれなりの苦難や危機を乗り越えてきた、と私は思っていた。
「採取クエスト?」
なので、その日もそうした話が出たことに対して多少驚きはしたものの決して抵抗はなかった。
「……こんなもの受ける必要があるのか?」
差し出された紙を前に魔法使いの男は訝し気な表情を浮かべているもののこうした態度はこの男にとっては平常運転ともいえるのでそれを気にするものもいない。
「採取対象は……ええっとこれは何かの魔道具でしょうか? 知っていますか?」
同じくその紙を覗き込んでいた僧侶の女は不思議そうに尋ねてくるが私は静かに首を横に振った。
「聞いたことがないな。報酬もこの魔道具ではなく金銭だけのようだが、何か特別な理由でもあるのかな?」
自分でも魔法関係の知識はある程度持っていた自負があったがそれでもその名を聞いたことはなかった。
或いはそれ自体がクエストの報酬であるのなら話も分かるがどうやらギルドからの報酬は僅かばかりの金銭であり進んで受ける様なクエストとも思えないのは同意見であった。
三者三様、それぞれ理由は異なるが少なからずの疑問を持ち、この話を切り出した男に問いかけを向ける。
「俺たちはあまりこういうクエストに挑戦してこなかっただろう? だからやってみたいと思うんだが、どうだろうか?」
自身に向けられた視線に対して男は実に呆気ない程に真っすぐにそう言ってきた。
目的も何かたいそうなものがあるわけでもなく、恐らく今言った通りただの挑戦心から来るものなのだろう。
そういう目をして、そんなことを言ってくる男の言葉を拒否するものはこの場にはいない。
魔法使いの男はわざとらしくため息をついてみせるがこういう態度がただの素振りであることはよくわかっている。
僧侶の女は実に面白そうと言わんばかりに明るい笑顔を浮かべている。
そして私はと言えばきっと肩でもすくめて賛成を表していたのだろう。
「よし、それじゃあ行こう!」
話が纏まった、とわかると勇者は意気込んで立ち上がる。
パーティーを取りまとめる男、その力や技量という点では抱える問題も多い人物ではあったものの私は決してこの男のことが嫌いではなかった。
それはきっと他のものも同じなのだろう、皆立ち上がった男の後に続く。
何てことはない、いつも通りの冒険への旅立ちの動き。
「ロキの光……か」
ただ一つ今回の採取対象、その存在がほんの僅かだけ心の片隅に引っかかったような気はしたがしかしそれは私に足を止めさせ考えを巡らせるほどの疑問でもなく、直ぐにどこかへ消えてなくなった。
*
「下がれ! 『石槍,穿通』!」
魔法使いが短く詠唱を紡ぐと足場の土が鋭い棘となり襲い掛かる魔獣を貫く。
「ッ! すまない」
「礼を言う暇があるなら剣を構えろ」
あと僅かに発動が遅ければその牙に肉を裂かれていたであろう男が感謝を述べるが魔法使いはそれを短く切り捨てた。
「やれやれ、随分と騒がしい洞窟だなっ!」
スッ――、と剣を横薙ぎに振り飛び掛かってくる獣のその口を両断する。
採取クエストのポイントとして指定された場所は一つの洞窟であった。
地図にも小さく示されているだけの小規模な洞窟。
こんな場所にあるのだから大したことはないだろう、と思わず気を緩めていた私たちの前に現れたのはそこを根城としていた魔獣の群れだった。
一匹一匹は大した脅威でもないが集団で連携を取り、闇に紛れて襲ってくるそれは中々に脅威であった。
そして多数の敵に対してこちらの戦力は――
「うぉおお!」
振りかぶった男の剣が虚しく空を切る。
こちらの戦力は魔法騎士の私と魔法使いの男の2人と言えるところであった。
後方支援を専門とした僧侶の女は的確なタイミングで『武装化』や『回復』を施してくる。
そして残るもう一人――このパーティーをまとめる男であるが残念ながら戦闘においてはあまり期待をすることができないのだった。
*
「さて、大丈夫かな?」
血生臭い匂いが辺りに漂う中、周囲から獣の呻き声がなくなったことを感じ私はそう尋ねた。
目を凝らせば倒れた獣たちの亡骸が見えるような中、わざとらしくそう聞いたのはせめて少しは明るさが欲しかったから。
「ああ」
「はい、私も何とか」
魔法使いと僧侶は息を整えながら頷いて応えた。
僅かに肩が上下しているもののその体には怪我などはないようであり、流石といったところか。
「……すまなかったみんな」
ただ一人、男だけがそういいながら構えていたままの剣を一度強く握る。
苦し気な表情と言葉であるが、その身に負傷があるわけではない。
それはきっと己を叱責しているため。
「行くぞ」
その言葉の意味がわかるのだろう、魔法使いの男はあえてそれには答えることなく先を行くことを促す。
「……ああ」
それが彼なりの気遣いであることは男も理解しており、短く頷いて止めていた足を進める。
私と僧侶はそれに対しては何も言うことはない。
こういう時にはそうすることが私にできることだとそう思っていた。
しかし或いはそれこそが大きな誤りであったのかもしれないが今となっては遠すぎる過去のことである。
*
「っ! あれか」
暗い洞窟をさらに進んだところで男の目と手が空を示す。
それを追うようにして視線を送るとそこあったのは巨大な岩であった。
否――暗い洞窟の天井に埋もれるようにして沈んでいるそれは黒い塊であるが周囲の岩とは明らかにその外観が異なっていた。
鈍く淀み、光をも飲み込んでしまいそうなそれは黒い結晶の塊のようであった。
黒い宝石、というものは見たことがあるが私の知るそのどれと比べてもその大きさ、その色合いは異なっていた。
それが一体何であるのかはわからないが、しかしこの洞窟の奥底にあるものが探し求めていたものである可能性は高い。
即ちあれこそが――
「あれが『ロキの光』なのでしょうか?」
暗い洞窟で尚黒く光っているという矛盾を感じさせるような結晶を前に僧侶が首を傾げるがそれに明確な答えを返せるものはいない。
「よし……取ってくる」
しかしいつまでも遠くから見ているだけでは意味がないと感じたのか――或いはそうすることが自分の役割だと感じていたのか、男は壁に手をかけると天高くにあるそれ目掛けて昇り始めた。
「気を付けてくださいね」
僧侶の言葉に頷きながら男は壁を昇る。
洞窟の内壁は至る所に凹凸があり、階段のようにそれを昇るのは容易いのだろう、男はぐんぐんと上へと上がっていく。
「――」
採取対象目掛けて進んでいく姿――しかしどうしてかその時の私の目にはそれが蜘蛛の巣へと飛んでいく一羽の蝶のようにこの上ない危うさを伴っているように見えて仕方がなかった。
「――気をつけろ、ラグナ」
そう感じていたからそんな言葉が口をついて出ていたのかもしれない。
「よしっ!」
しかし私の言葉とは裏腹に男の手は遂にその黒い結晶へとたどり着いた。
――それこそが勇者ラグナ・フリングル・ヴァイランの最後。
或いは全ての始まりの瞬間。




