天の光
「あん?」
地と空気を震わせる振動にトールが振り向いたのとそれが道の遠くから姿を現したのはほぼ同時であった。
「――なんだぁ?」
トールとレヴルスがもたらした災害の如き破壊の爪痕のその僅かに向こう側、まだ形を保っていたいくつかの建物が爆発をしたかのように吹き飛び砕けた瓦礫と砂煙が舞うのが見える。
そしてその砂煙の中から飛び出してくる巨大な影と――
「あれは……」
その前方にある小さな3つの影を目を細めて見つめるアルフェムの目が捉えた。
小さく、しかし大きく全身を揺らしているそれは――走る人間であった。
――――!!!
距離はまだ遠く何事かはわからないが何かを口にしている影たち。
いや、或いはそれは言葉にもなっていないただの叫びであったのかもしれないが。
「……んん?」
ぼんやりと近づいてくるそれを見つめながら訝し気な声を漏らしたのはフレヤであった。
巨大な影の手前にある小さな影のうちの一つに見覚えがあるような気がした。
それはいつもこういう場には必ず顔を出し、ごちゃごちゃと喋っているくせにどういうわけか今だけは姿を見せなかった自分たちの仲間によく似ていて――
「あれぇ……ファウマスじゃない?」
ぽつりと呟いたその声がまさか聞こえたわけではないだろうが、
「っ! 皆さん! いいところにいました! 大いなる危機が迫っています! どうかどうか、私をお助けください!」
遠く、まだ顔も見えないような距離からでも聞こえる程の大きな声で影が助けを求めてきた。
「――どうやらそのようだね」
その声が実に聞きなれた男のものであるとわかり、そしてどうしてこういう騒ぎばかりが続くのだろうかと頭を痛めながらアルフェムは小さく肩を落とした。
*
地下とは思えぬ程の広大な空間には水が上から下へと流れ落ちる静かな音だけが響く。
昨晩、自分たちが立っていた場所を正面に見上げるようにしているとあの時襲ってきた兵士たちの視界がこのようなものだったのだな、とぼんやりとそんなことを思ってしまう。
あの時よりもさらに低い位置にいるせいだろうか、空間は広く、天までは遠い。
しかし――そこにある黄金のその輝きはまるで見劣りすることはなく変わることなく周囲を照らしていた。
あの時、訳も分からずにたどり着いたここで見つけ、そしてどういうわけかその一欠片が俺の手に握られていたその黄金こそが--
「『大権』が……何だって?」
今の騒動のそもそもの原因でもあったのだが、それについて語るミールの言葉が気にかかり首を高く持ち上げたまま尋ねてしまう。
天にあるあの黄金についてミールは今何と言ったのか。
『君はあれが一体何だと思う?』
尋ねる俺にしかしミールは問い返すように俺の意見を求めた。
「何ってその……」
そう言われて改めてそれを見る。
貴族や金持ちが身に着けていそうな宝石、それが何倍、何十倍にも大きくなったような規格外ともいえる巨大な鉱石。
せいぜい俺はこの国が代々受け継いでいる秘宝か何かだと思っていたし、確か森まで俺たちを追ってきた兵士もそんなことを言っていたような気がしたのだが、
『あれがただの巨大な宝石だと思っていたかな』
「うっ」
俺の思考を見透かしたかのように指摘するトールの言葉に思わず言葉が詰まる。
普通に考えれば――その大きさはともかく――そうとしか思えないのだが、しかしそういわれるということは違う、ということなのだろうか。
「……あれは一体何だっていうんだよ」
『――あれは断じてただの輝く石の塊などではない』
考えたところで正解に至ることはできないことは明白であり、単刀直入に尋ねるとミールは静かに語り始めた。
今までまともな灯りの下で見たことはなかったが改めて見てみると俺の腕の中のミールは本当にただの一冊の本であり、当然そこには目も口もない。
しかしそれでもその声は確かにそこから聞こえてくる、ということだけは不思議と感じることができた。
『あれは高密度の魔力により製造された物体。魔道具の一つだ』
「――あれが?」
その感覚の中で淡々と、とすら言える口調でミールはそう告げ、俺は首を傾げてしまう。
『魔道具』とは要するに魔法の力の込められたアイテムか何かであろうか。
実を言えばそう言われた時点で俺の理解力は既に限界に達していたのだがしかしだからといってここで話を遮るわけにもいかず、そしてミールもまたそのつもりはないようで言葉を続ける。
『その名を『ロキの光』。あれが有している機能は一つ、手にしたものに全てを奪う力を与える、ただそれだけのものだ』
しかしそうして続けられたその言葉に俺は今度は首どころか瞼一つ動かすことができない。
それほどの衝撃を以ってその言葉は俺の中に入り込んできた。
『あれの採取に挑み、その結果が今というわけだ』
「今って――ちょ、ちょっと待ってくれよ!?」
まるでそれで自分が言うべきことは言った、と言わんばかりに話をまとめようとするミールにようやく口を動かすことができた。
そうしなければここで話が終わってしまいそうな気がして、つい止めてしまったのだが、しかしだからと言って何か言いたいことがあったわけでもない。
あれがただの宝石の塊ではなく、何かしらのアイテムであったことはわかった。
しかしそれを手に入れるクエストに挑んだ結果、ミールは今のような姿になったという理由、そしてミール達のパーティーがクエストに成功したというのなら何故その結果であるそれがこんなところにあるのか、理解できないことがあまりにも多く自分が何に混乱をしているのかもわからない。
「ええっと、待ってくれよ? あんたとオルディンは昔からの仲間で……今は王国の人間なわけだろ? それで……それならその時の勇者はどうなったんだよ?」
「――」
聞きたいことは山ほどあったのでまずは頭に浮かんだことから尋ねていくことにした。
知己であったミールとオルディンの現在はわかる。
では話に出ていたパーティーの他の仲間はどうなったのか、と尋ねたのだがミールは一度深く思案をするように沈黙をした。
『――いや、隠しているわけではない。ただ君にどこまで語るべきかを考えていただけなのだが……しかしここまでくれば同じことか』
しかしそれも僅かのことであり、直ぐに何かを決めた様にその見えない口が動いた。
『今もなお、勇者はいる。ただ今はそうしていないだけで――』
――そこまでだ。それ以上は語ることを許さない
そうして再び語り始めたミールの言葉を声が遮った。
「っ!」
空間をそのまま震わせているかのような声。
姿もなく、しかし明瞭に響くその声はすでに嫌というほど耳に残っている男の声。
「――王?」
どこからともなく聞こえてくるその声に俺が方向もわからないまま辺りを見回しつつ小さく呟くと、
『――それは後は君が語ってくれる、ということかな? 我らが王――いや、かつて勇者だったものよ』
それとは対照的に腕の中でミールは静かに尋ねた。
糾すような、問いかける様なその言葉に、しかし俺も姿を見せない王もそれに応えることはなく、それは虚しく空間の中に消えてなくなった。




