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道の果て-Side:M-

 それから先は決して長い道ではなかった。


 手にすべきものを手にすることは容易く、至るべきに至ることにも困難などありはしない。


 満たされ、埋められていく感覚の中――何かが欠けているような思いがあったようにも感じたがそれも直ぐに埋もれるようにしてなくなった。



  *



『今からもう数十年前のことだ。オルディンはそのころから魔法使いをやっていたが既に腕は確かなものだった』


 訥々と語るミールの声が暗い通路に反響して消える。


 先ほどまで辺りを騒がせていた俺の賭ける音はもう聞こえない。


 いつまでも立ち止まっていた俺を先に進むように促しつつも急ぐことはない、といったミールの言葉に従いペースを落とし道を行き今は腕に抱えた男の話に意識を向ける。


『実を言えば私も本職はそちらの方面だったのだがね、オルディンとはパーティー内で役割が被っていたうえに腕はあちらが上だったので早々に諦めたというわけだ』


「諦めたって、その後はどうしたんだよ?」


『ん? それは魔法を辞めたら次は格闘だろう。幸いそちらの方にも多少心得があったのでねそのまま魔法騎士に職変更(ジョブチェンジ)しただけだ』


「……」


 合いの手を入れつつ話を聞こうと思っていたのだが剣を片手に戦うミールの姿、というのが想像できずに言葉に詰まってしまう。


 何しろただの本なのだから。


『――先ほども言ったが、私はかつては君と同じ人間であったということは忘れないでくれ』


「あっ、ああ、大丈夫わかってるよ」


 俺の考えがわかるのか、少し諫める様な声でそう言われ思わずたじろいでしまう。


 暗闇では視覚から入る情報がなくなり、感覚を一つ使わないせいかその分頭が回りつい余計なことを色々と考えてしまっている気がする。


 気になることは色々あるのだが今からそれは順を追ってミールが話してくれるのだろう、と再び意識をミールへと戻す。


『まぁ魔法使いに魔法騎士、あとは僧侶と勇者という至って平凡な集まりではあったがそれなりにクエストはこなしていたものだ』


「……」


『――だが』


 闇の中姿は見えないが何かを懐かしむように語る声に耳を傾けていたが、そこで一度ミールは言葉を切った。


『――おっと、あと3歩で右だ。危うくぶつかるところだった』


「あ、ああ」


 話をしながらも道案内は忘れていないようで下された方向転換の指示に従う。


 闇の中で尚的確な指示は相変わらずだが、しかしどことなく今のミールは先ほどまでよりも言葉を選んでいるように感じられた。


『――だが、悪くないと思っていたのも私たちだけだったのかもしれない』


 その僅かに淀んだ言葉の通りに角を曲がったところで再び話が始まった。


 ミールの様子に少し違和感があったのはただそれが口にしづらいことだったからだけなのかもしれない。


 しかし私たち、という言葉が誰を指しているのかを直ぐに察することができたのは先の一言があまりにも印象的だったからであろうか。


「勇者は違ったっていうのか?」


『――わからないな、今となっては』


 我ながらあまりにも単刀直入に聞きすぎたか、とも後から思ったが俺の言葉にミールははっきりとは答えなかった。


 しかしこの場においては否定もしないということは肯定と同義であるように俺には感じられた。


「その勇者ってのが……」


『ああ、魔法も何も使えない勇者だった。初めからオルディンとは組んでいてそこに私は後から入る形だったが、まぁ最初は少し驚いたものだ』


「――」


 ミールが回想している世界に己の姿が被る。


 一体どんな人物で、どんな過去を持っているのかはわからない。


 ただ、勇者たる力を持たずにそれでも勇者であった、というその影を夢想せずにはいられない。


『剣の腕もひどいもので低級魔獣も満足に斬ることができないのだから共にクエストに挑むのは中々に苦労した。まったくオルディンもどこであんな奴と出会ったのか、と頭をよく頭を抱えたものだ』


 ふぅ、と苦労話のように語るミールであるがその口調には決して愚痴や怒りといった感情は感じられず、ただひたすらに何かを懐かしんでいるようであった。


 もし仮に今ミールが俺と同じように人間の姿をしていたらきっとその顔は笑っていただろう。


「……なぁ一つ聞いていいか?」


『何かな?』


「あー、その、何ていうか……」


 そんなミールについ言葉が口をついて出ていたがしかし感情が先走っていただけでうまく言葉にまとめることができず俺もまた言い淀んでいるようになってしまった。


「その、何であんたはその勇者と一緒にいたんだ?」


 それでも何とか頭に浮かんが感情を言葉にしてつなぎ合わせそれだけを尋ねる。


 ミールの今の話から何となくではあるが彼らは長い期間共に戦っていたのではないかと推測が出来た。


 力がなければ己の身に危険がある世界でそれでもそんな人間と一緒にいた、ということが俺には不思議なことでありそれを聞かずにはいられなかった。


 無論それは俺自身がそうであったから、というのもあるが力がなければ切り捨てられることも時にはやむを得ない世界で何がミールをそうさせなかったのかが気になってしまったのだ。


『――そうだな』


 或いは踏み込みすぎていたかもしれない問いにしかしミールは深く思案をした後、


『まぁ、あれが悪い奴ではなかったから、ということかもしれないな』


 実にあっさりともいえる風にそう答えを返してきた。


「――ッ」


 その言葉に僅かに視界が揺らいだような気がした。


 それは決して問いかける俺に対して当たり障りのないことを言おうとしているわけではなく、ただ本心からそう思っているのだとわかったから。


 姿が見えず、声だけであるためか俺にはミールの心がはっきりとそう理解できた。


 或いは――俺自身が誰かにそう思ってほしかっただけなのかもしれない。


『――しかし結局のところ、互いに理解はしあえていなかった。いや、正直なところ私は理解できていたと思っていたのだがね、まぁそのつけが()()ということなのかもしれない』


 ははっ、と軽い冗談のように笑うミールであるが、それはきっと彼の今の状態のことを指しているのだろう。


 闇の中にうっすらと見える革の質感が少し物悲し気に俺の目には見えた。


『終わりはあっけないものだったが、物事とは案外そういうものかもしれないな。単なる採取クエストかと思っていたが――』


 声に視線を下に向けると訥々と語り続けるミールの姿も、石畳の道を行く己の足もいつの間にかはっきりと見ることができた。


 話に気を回していて気が付いていなかったが、光が差し闇が薄らいでいた。


 はっ、と視線を上げるともう目の前という距離にはっきりと明るい世界が見えた。


 ――この暗い道もいよいよ出口が近いようだ。


『さて、などと話をしていたら本題の前に先に着いてしまったな。さぁ、よく見るといい』


 真っすぐに道はその光へと続き、俺は暗い道から明りに満ちた空間へと飛び込むように足を踏み出す。


 「――」


 耳に届くのは静かな水の音。


 目に映るのは眩い光。


 指さすようなミールの声に視線を上へと上げる。


 上へ、さらに上へ、のけ反る程に高く首を反らせると天高く頭上にある光が見えた。


『――あれが私たちが最後に挑み、勇者が辿り着いた道の果てだ』


 ミールの言葉を聞きながら目を細めたのはそれが眩かったから。


 地下とは思えぬほどに巨大な空間のその天に埋め込まれたかのような光の輝き。


 ――それは『大権(たいけん)』と呼ばれた黄金だった。

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