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今なすべきこと

 足を止めたのは歩むことに疲れたからではない。


 身も心もすり減り、摩耗していたがそれでもそれが足を止める理由になることは決してなかった。


 諦めてしまったわけでもない。


 ただその必要がないと知ったから。


 目指すべきは遠く、遥かではあったがもうそこに行く必要はなくなった。


 至れぬならば墜とせばいいと知ったのだから。



  *



「『(とどろ)け』!」


 稲光が地を割りながら迸る。


 空気を震わせる振動も目を眩ませるその光も人間の本能的な恐れを呼び起こす天の轟。


「――」


 己に向かい放たれた稲妻を前にそれでも黒い鎧は動かない。


 しかしそれは避けられないのではなく、避ける必要がないだけのこと。


「『外装硬化(がいそうこうか), 鎧不砕(にくたいはこわれず)』!」


 詠唱と共に眩い光を全身で受け止める。


  カッ―――!!


 直後に響くけたたましい雷鳴と振動は直撃の証であり、その足元諸共砕く爆発の如き破壊はともすれば絶命は免れないものであるが、


「――ちっ」


 爆音と共に立ち込める砂煙に向かい青年――トールは小さく舌打ちをする。


「――何度試しても無駄だ。お前の雷とてこの鎧は砕けぬ」


 その苛立ちにあざ笑うかのように砂煙を払い、鈍い音を立てながらゆっくりと鎧がその姿を現す。


 巻き起こる砂による汚れが微かについているもののその外装には小さな擦り傷ひとつなく今まさに雷が直撃した姿とは思えないものであった。


「無駄なのはそっちも同じだろうが。てめぇじゃ俺を掴まえることもできねぇよ」


 黒く厚い鎧に身を包む男――レヴルスがどんな表情を浮かべているのかは伺い知ることはできないがきっと自分と同じくらいに向こうも苛立ちを覚えているだろう、ということをトールは確信していた。


 その見た目に相応しく武力こそを己の全てとしている鎧の男にとって()というのは技を振るえる胸躍る存在であると同時に許し難い怒りの対象でもある。


 そういう部分が根元で同じであるが故にトールには鎧の向こう側のレヴルスの感情が手に取るようにわかり、そしてそこが同じであるが故に一度相対してしまった以上は決着という形でしか止まることができないともわかっていた。


「――どうかな」


「はっ! だったらやってみろ!」


 トールの言葉にレヴルスは肯定も否定もすることはなくただ悠然とした態度を崩さない。


 そしてその姿をトールは肯定でも否定でもなく、挑発と受け取りその顔に笑みを浮かべながら全身に力を込める。


 全速力で駆けだすときのように身体を大きく前屈させる姿はしかし人間というよりも獣が得物へと飛び掛かる直前のそれに似ている。


「――『(ふる)え』!」


 ギリギリ、と弓を引き絞るように身体にゆっくりと力を込めたまま詠唱を紡ぐとバチバチという炸裂音と共にトールの肉体を細い稲光が駆け巡る。


 肉体に雷を纏う――というよりもその肉体を雷へと変容させているかのような魔力の揺れをレヴルスはじっ、と視線を逸らすことなく見つめ続ける。


 トールの体勢、その魔力の込められ方から恐らくあと数秒もかからずに繰り出されるのは技というにはあまりにも単純なただの突進と推測できる。


 しかし突進と言っても最早それが巨竜のそれと等しいものである、ということはその姿を見るだけで想像に難くはない。


「『外装転換(がいそうてんかん), 鎧不揺(にくたいはゆるがず)』――」


 故にこちらも備えをする。


 だがレヴルスにできることはその身に纏う鎧に『武装(エンチャント)』を施すことのみ。


 理屈から言えば低級な魔法使いや勇者にも使用可能な魔法をただレヴルスは磨き続けた。


 そして鈍く錆びついていた鋼の塊を研磨し、鋭い一振りの剣とするかの如くに鎧の男はそれを極め己が力で遮るものを打ち砕いてきた。


「――ッ」


 魔力が膨張、収束し眼前の黒い鎧がその硬度と密度を増していくことはトールも感じていた。


 大規模魔法の一撃でさえ防ぎきるであろうその肉体に対し、それでも自分がやろうとしていることはただ渾身の力による突撃。


 強固な盾へとぶつかるとき、砕け散るのは必然的に脆い側である。


「――ふぅ」


 それでもその顔にたたえた笑みを消すことはなく、トールの肉体は小さく息を吐き、出撃の体勢を整えた。


 両者が激突した後、果たして残っているのがどちらかであるかは自身でもわからない。


 ただ――既にこうして向き合ってしまった以上、互いに互いの力を以って以外にこの戦いに幕を下ろす術はなく、今はそのためだけに力を振るうのみ。


「行くぜっ!」


「――来いっ!」


 短く叫ぶとともにトールはぐっ、とひと際深く地を踏む足に力を込め、そして放つ。


 猛る雷と堅牢なる鋼――その二つが互いの力を示すまでには最早瞬きの時間すらも必要なく――


「『指令一号(オーダーナンバーワン):|魔力ニヨル(まりょくによる)武力行使ヲ(ぶりょくこうしを)禁ズ(きんず)』」


 ――その刹那よりも早く声が止まるはずもない衝突を縫い留めた。


「やれやれ、こんなところで大騒ぎだなんて、君たちももう少し立場というものをね」


 そして割って入ってくるのは今その場を支配する重い空気とは対照的な穏やかで柔和な声。


「――ッ!」


 その声に背後を振り返ったトールのその体は今突撃の為に地を蹴った位置から僅かに一歩前に出ただけのところであった。


 仮にその手を引いて止める者がいたとしてもそれ諸共飛んでいくはずの勢いと威力を無視し、更にはその身に纏っていた雷すらも掻き消えたかのように霧散した姿でトールは立ち尽くしていた。


 そして恐らくそれはレヴルスも同様であり、その鎧のかけた『武装』も今は完全になくなっているだろう。


 しかし今はそれを確かめようとは思わない。


 それよりも視線を送るべきは今自分たちの戦いに割って入り尚且つそれを停止させた男なのだから。


「――どういうつもりだアルフェム」


「ううん、まさかそう言われるとはね」


 じっ、と視線を向けたまま問いただすがその目も声も最早仲間に向けるものではなく、明確に相手を敵として捉えているそれであった。


 元よりトールがこの男を仲間として見ていたかは別の話であるが。


 しかしそれを受けても尚、現れた男――アルフェムは怯えた様子もなくただ少し困ったような顔をしているだけである。


「余計な手出しはするな『裁典(さいてん)』」


 トールの背後から対峙していたレヴルスも声をかけてくる。


 手出しをするな、というその言葉もしかし決してアルフェムの身を案じてのものではないことは明らかであった。


「いや、止めさせてもらうよ。こればかりはね」


 鎧の向こうから向けられる視線にも穏やかさなどありはしないがアルフェムはあくまでも引くことはなくきっぱりとそう言い切った。


 今この場に割り込むことが空腹の獣から餌を取り上げることよりも尚危険であることは余人の目にも明らかであるがアルフェムは視線を逸らすこともない。


「解放空間では結界は難しいんだけどね、それでも今ここで君たちの魔法が使えるとは思わないことだ」


 脅すわけでもなく、ただ歴然とした事実というかのように告げるアルフェムの背後では一人の女が笑みを浮かべこちらを見ていることにトールたちも気が付いた。


 彼らと同じ王国の最高権力のうちの一人――フレヤ。


「――ッ」


 何を語るわけでもなく状況を眺めているがその存在がどういう意味を持つのかはわかりトールは小さく舌打ちをする。


 ――今この場において己の魔法は封じられた。


 それは先ほどのレヴルスに向けて放とうとした一撃が止められたことや何よりアルフェムの存在から明らかなことであった。


 そして魔法が封じられた自分たちに対してフレヤの存在は十分な抑止力となる。


「――そうかよ、大人しく裁かれろってか」


 その視線やアルフェムへの敵意は欠片も薄めることなく、しかし自嘲気味に笑みを浮かべるトール。


 アルフェムの目的は差し詰め王の命も聞かずに暴れているものたちを罰すというところだろう。


 トールとしてもそんなことは業腹であるが仮に逆らおうともそれはフレヤに止められることは明白であり、そしてこの状況に陥ってしまったのは己の甘さであるとも痛感しての笑みであった。


「まぁそうしたいのも正直なところではあるんだけどね」


 しかしトールの思惑とは裏腹にアルフェムは僅かに言葉を濁らせながら一歩こちらに歩み寄ってきた。


「それよりも今は先にやるべきことがある。僕たちの力で『大権(たいけん)』を守るんだ」


 そして立ち尽くすトールとレヴルスに向かい握手をするように手を差し伸べてきた。


 その顔はあくまでもいつもの穏やかな男のそれであり、さしものトールもその姿には言葉を失ずにはいられなかった。

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