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逃げるもの、追うもの-Side:H-

「わわわわわわ!!!」


 声にならない悲鳴を上げながらそれでも足だけは止めることなく前へと動かす。


 背後を振り返る暇もないがそもそも振り返る必要もない。


「あはははは! おやおやお待ちください! そんなに逃げては周りが壊れてしまいますよ!」


 何しろ高らかな笑い声と地面を揺らす重い振動が絶えることなく聞こえてくるのだから。


「な、何なのあれー!」


 悲鳴交じりの声を上げる。


 誰かに答えてほしいわけでもなく、ただ自分が置かれている状況に対する文句のようなもの。


 こうしてあの男に追われて走り回るのは本日二回目であるが、しかし状況は先ほどとは僅かに違っていた。


 まず自分が一人ではないということ。


 すぐ隣では自分と同じように息も絶え絶えになりながらも必死に走っている少女が一人。


 身体を動かすのは得意ではなさそうな雰囲気であったがそれは杞憂だったのか、或いは火事場の何とかというやつなのか速度を落とすことなくひたすらに走っている。


 別にお互いに何ができるわけでもないが一人で逃げていることを考えれば一緒に誰かがいてくれる、というのはどれほど心強いものかとこんな状況でもそんなことを感じてしまう。


 逃げる方が二人となったわけであるが、生憎追ってくる方もその数が増えていた。


 ――正確に言えば向こうは一人と一匹であるが。


「シ、銀鱗龍シルバースケイルテイル! 寒冷地方に生息していて、りゅっ、龍種(りゅうしゅ)だけど飛行はできないんだ!」


 と、そんな自分の疑問に並走する少女は随分と律義に説明をしてくれた。


「――ッ! 倒し方とかは!?」


「し、知らないよぉ!!」


 足は動かしながらちらり、と背後を見やる。


 人間が通るには十分な幅の確保された石畳の通路、その道に収まらず左右の建物をその巨躯でなぎ倒しながら前へ前へと力尽くで進んでくる獣。


 小さな村で育ったヘルマが知る生き物など空を飛ぶ鳥か時折田畑を荒らしに来る野獣くらいのものであり、その知識のどれにも該当しない風貌のそれをセイプルは『銀鱗龍シルバースケイルテイル』或いは『龍種(りゅうしゅ)』と呼んでいた。


 それがどんな生物であるのかまでは理解する暇はなかったが石畳の道に食い込み抉る巨大な爪や自分たちなど丸っと一飲みにしてしまうであろう大きな口、そしてそこに並んだ鋭い牙などからあれが決して温厚で安全な存在でないことだけはわかる。


 ドカドカと四つの脚で地面を這うように進んでくるが追いつかれそうでもあり、振り切れそうでもあるというその距離感がじわじわと体力と精神を削っていく。


「な、何であんなのがいきなり!?」


「ファウマス室長の、サ、召喚術(サモン)だとっ、おっ、思うけど!」


「何それぇー!!」


 ひいひいと荒くなる呼吸のままに叫ぶ。


「ほらほら、早く止まってください。このままでは周りの建物がどんどん壊れていってしまうじゃないですか!」


 少女たちの姿はその目にどう映っているのか、巨大な暴力の獣の頭に乗る形で迫りながらファウマスは愉快気な調子を崩さない。


 その巨体故に周囲の建物を引き倒しながらでなければ前に進めない獣を駆りながらさも周囲を心配するかのような口ぶりであるが内心ではそういったことは微塵も考えてはいない。


 今はただ目の前の少女たちを捕らえることだけで頭がいっぱいであり、それもそもそも周りの建物には誰もいないことを彼はよく知っていた。


「んーこうしていると若輩の頃を思い出しますね。逃げる『大耳鼠(ビックイヤーマウス)』を捕らえるのには随分と苦労したものです」


 銀の鱗を持つ龍がその爪で地面を抉る音にかき消されるような声で一人何かを思い出すようなファウマスのその口角は大きく上へと上げられていた。


「――しかし結局のところ、獲物はその足が止まるまで追い立てるのが定石なのですが」


 見つけた侵入者らしき子供を捕らえるつもりで追跡をして、思わぬところで現れた自身の部下からまさかその侵入者を庇うようなことを言われ、そしていつの間にか気を失っていた。


 当初は彼なりに使命感を帯びてのものであったが最早それは脇に置かれ、今はただ己が受けた屈辱を返すことだけが行動目的。


 しかしただ力に訴えて捕らえても芸のないもの。


 実際のところ、この龍ももう少し速度を出すことは可能であり、そもそも速度という点ではより適したものはいる。


 だが追跡は着かず離れずじわじわと、なるべく対象が恐怖を感じるように。


 これは既にファウマスの勝利が前提で進んでいるファウマス好みの狩りでしかない。


 ――それではこの辺りでもう一つアクセントを加えよう。


「『()(ゆび),()(こえ),()()(かた)(ひと)しく(ただ)しく,(しか)るに(なんじ)()(しもべ)』」


 龍が大地を揺らす振動に振り落とされる様子もなく、その頭上ですっ、と指先を立て詠唱を紡ぐ。


「――ッ!?」


 それは龍が一歩進む轟音に掻き消える程の声であり、それが直接聞こえたわけではないがただ空気が揺らめく気配――魔法の行使の気配にセイプルは気が付くことができ、走りながら思わず後ろを振り向く。


「『()(),()(あし),()行先(いきさき)(ひと)しく()るがず,(しか)るに(なんじ)()(しるべ)』! 『飛翔蜥蜴(フライング・リザード)』!」


 掲げられたファウマスの指先の空間が僅かに揺らめき、そして次の瞬間にはその指の上に一匹の小さな生物が現れたのをセイプルの目が捉える。


 やはり、というべきか流石というべきか。


 彼女自身の直属の上司であり、保安局魔獣管理室室長、『獣総(じゅうそう)』の名に恥じぬ見事な召喚術(サモン)


 こんな状況でなければ拍手で讃えてしまいたくなるものであるが、しかし今はむしろその技が何のために振るわれたのかを考えてしまう。


「シッ!!」


 だがその状況を整理する暇も、隣で走る少女に何かを伝える暇もなく、背後の龍の上に立つ男の指先から()()は飛び立った。


「っ! ヘルマちゃん!」


 そもそも気が付いていたのはセイプルだけであり、その様子を後ろ目に見ていたのも彼女だけ。


 隣で走る少女は一心に前だけを見て走っていたためそんなことなど見てもいない。


 故に飛来してくるそれが真っすぐにヘルマを目掛けていて、そのことに声を上げても――それは一歩遅かった。

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