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裁きは静かに振るわれる

「……馬鹿なことを」


 床に開けられた大穴に目をやりながら短く呟くアルフェムの言葉には彼には珍しく明確な怒りの感情が込められていた。


 壁と床が見るも無残に崩壊した部屋から姿を消した二人、とりわけそのうちの一人の老人に向けた感情であった。


 しかし流石は魔術開発室の室長にして『魔翁(まおう)』の二つ名を冠する人物というべきか。


 いつの間に術式を組んでいたのか床一面ではなくピンポイントで己と侵入者二人だけの足場が落ちるように崩壊をさせた技は見事なものである。


 無論、こうした事態も想定していたのだが思わぬ人物の登場でその辺りの縛りは解除せざるを得なくなってしまった。


 それは彼にとっての想定外ではあったもののそう思っていることは決して面には出さない。


 それでも出し抜かれた、という腹立たしさとその行為が意味することに純粋な怒りだけは抑えることが出来ずにいるのだった。


「――どういうことだ」


 その目は何を見ているのか、黄金の王は静かに、しかし厳かな口調で問いかける。


 ぽっかりと口を開けた床の大穴を見ているのか、その下に消えていった者たちを見ているのか、或いはそれ以外の何かなのか、それはアルフェムにも推し量ることはできなかった。


 ただその言葉が何を問うているのかはわかる。


「『魔翁(まおう)』オルディン・アブルスラームによる謀反にございます」


 頭を垂れたままただありのままの事実を口にする。


 今の行為は最早どう見ても侵入者を逃がすための行為であり、それが意味するところは王――そしてこの国への背信である。


 自分が生まれる前からこの国に仕え、この国と共にあったはずの老人がなぜそのような愚行に走ったのかその理由ははっきりいってアルフェムにもわからない。


 ただ今は己の目が見た事実のみを語り、そしてその事実に憤る。


「――どういうことだ」


「――?」


 しかしアルフェムの言葉に王はただ短く同じ言葉を繰り返すのみだった。


 じっ、と一点を見つめるその黄金の瞳が何を見つめているのかはやはりわからない。


「陛下――」


 だがその意志が自分には掴めないことなどはこれが初めてではなく今の言葉にはあえて細かく答えないことにした。


「ここは私に。『魔翁(まおう)』の背信、必ずや我が手で裁いてみせましょう」


 片膝をついたまま、既に下げている頭を今一度深く垂れ願い出る。


 それは目の前で裏切りを見せた老人に対する怒りであり、そしてそれを許した己への叱責を込めた言葉であった。


「――不要だ」


 その忠義の臣の言葉に、しかし黄金の王はただ一言そう答えるとすっ、とその踵を返し背を向けた。


「行け」


 そして部屋の奥、今も開け放たれたままの大扉へと向かって瓦礫の散乱する床を歩みながら、背を向けたままでそう言葉を投げた。


「――ッ」


 王自らが何かを託すような言葉。


 しかしその言葉が己に向けられたものではないことは自分でもよくわかりアルフェムは思わず小さく息を飲む。


 それでも頭を垂れたまま辺りをちらちらと見まわすという無礼は見せない。


 ただ、今顔を上げれば王の言葉を受けてぽっかりと口を開けた床の穴へと飛び込んでいくあの女の姿が見えただろう、と考えると一層複雑な感情になり、更に深く顔を伏せてしまう。


 そんなアルフェムの思いなど知らず――否、或いは全てを知ったうえで尚、王は静かな歩みを止めることはなく、そのまま巨大な扉の向こう側へと消えていく。


 耳だけでその門が閉じ、そして王の目が完全になくなったことを確かめた後、アルフェムはゆっくりとその身を起こした。


「――」


 ぐるりと周囲を見やる。


 壁は崩壊し、円卓は砕け、床は落ちた。


 いずこかへ消えた裏切り者と、裁かれるべき侵入者を思う。


「……ちょっとぉ、どうなってんのよぉ」


 じっと虚空を見つめながら深く思考を巡らせていた頭にどこかのんびりとしたものの声が飛び込んでくる。


 目をその方向へ向けると壁に空いた大穴の影からひょっこりと顔を出すようにしてこちらを覗き込んでいたのは先ほど自身の魔法で道を引き外へと出ていった女性――フレヤであった。


「なぁんか下じゃ兵士局の二人はドンパチやってるし、オルディンのおじいちゃんどっかいっちゃうしさぁ」


「少し――というよりもかなり良くない状態といえるだろうね」


 いつから見ていたのか、どこか他人事のように事の次第を受け止めているフレヤにしかしアルフェムはこれまで通りの柔和な表情で困ったよ、というように肩をすくめて見せる。


 そこには先ほどまでの殊更に感情を露わにしていた姿はない。


「あららうまいことやられちゃったってわけぇ? 珍しいんじゃないのぉ?」


「そうなんだ、『魔法封(まほうふう)じ』は張っていたんだけどね。陛下に割られてしまったよ」


 茶化すような口ぶりのフレヤにアルフェムは部屋をちらり、と見回しながらわざとらしくため息交じりにそう答える。


 部屋自体には何の変哲もないが、そこにあったはずの何かを見るような眼付きである。


「――んでぇ? どうすんのよぉ」


「そうだね、色々とやるべきことは山積みだけど――まずは下で騒いでいる二人をなだめにでも行こうか」


 この状況に何か愉快なものを感じたのか、僅かにその笑みを不敵なものに変えたフレヤに対し、あくまでも穏やかな表情で目を細めたままアルフェムはそう提案をする。


 状況がどれだけ自分の想定とはかけ離れたものであろうとも己の役割だけは忘れないとでもいうかのようにして『裁典(さいてん)』こと、法制局審問室室長アルフェム・ギィンライト・サダンクロスは静かに外へと通じる扉に手をかけた。


 その背をフレヤが笑みを浮かべたまま着いていく。


 ちらり、と見た床の大穴は余程の大規模魔法だったのだろうか、どこまでも下に抜けているようであり底は見えない。


 ただ――色々と面白いことが起こりそうだ、という予感を感じ少しその足取りは軽いものとなっていた。

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