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「王……?」


 告げられた言葉の意味は未だによく理解できず、ただ復唱するしかない俺にしかし女はそれで言うべきことは終わったかのようにそれ以上は何もいうことはない。


「……どういうことですか?」


 困惑は俺以外も同じだったのか、アルフェムと呼ばれた男は静かな口調でそう問いかける。


 視線を向ければオルディンもまた杖を構えたままではあるが何か事の動きを見極めるかのようにじっと黙している。


 今の今まで不穏な空気が立ち込めていた部屋に突如として流れたのは不可解という沈黙であった。


「――」


 しかしアルフェムの問いに女が応えることはなかった。


「ふむ、どうする? 今の言葉が真実ならここでこんな騒ぎを起こしている場合ではないのではないか?」


「そうだね」


 女の言葉を待つことなく、何かをけん制しあうかのように二人は言葉を交わす。


 間に挟まれる形となっている俺には状況はまるで掴むことができずただそれを見届けるしかない。


「けどそれは王の意向を伺ってからでも遅くはないよ。王自らがここに来られるというのであれば――」


 オルディンの提案らしきものを受けているようでもありながら釈然とない口ぶりのアルフェムであったが、その言葉は途中で遮られた。


「っ!?」


 ゴォォ――、と重量のある音と振動が床と身体を揺らし反射的にその方向に顔を向ける。


 荒れた部屋のその奥、今まで意識をそちらに割くこともできず気が付いていなかったがそこにあったのはただの壁ではなく、巨大な両開きの扉であった。


 否、扉というよりも門と呼んだほうが相応しいのかもしれない。


 大きな部屋のその天井にまで達しそうなそれは部屋の出入りの為に付けられているようなものとは明らかに目的を異にしている。


 その外観だけでも威圧、威光といったものを感じてしまうその門がゆっくりと左右に開かれていく。


「――」


 小さく息を飲んだ気配は俺自身のものか、或いは傍らに立つアルフェムのものだったか。


 視線をアルフェムへと向けるとその表情は僅かに硬いものとなっていたがそれが何に由来するものなのかまでは推し量ることはできなかった。


 背後のオルディンもまたその視線をゆっくりと開放されていく扉へと向けているのが気配で分かる。


 ただ一人、あの女だけが依然として人形のように黙してこの状況を見届けていた。


「――ッ」


 思わず目を細めてしまったのはその光故。


 少しずつ扉が左右に開かれていくとその向こうから光が一筋差し込んでくる。


 その光が真っすぐに――まるで咎人を照らし出すかのように俺の顔を照らし、眩しさに目を細めてしまった。


「――貴様か」


 目をつぶり一瞬暗くなった俺の世界に声が響く。


 仮に言葉そのものに形があったとすればそれはどんな形をしていただろう。


 重く人を叩く槌か、他者を硬く縛る鎖か、或いはその心臓を貫く鋭い刃か。


「あ……」


 眩さに閉じていた目をゆっくりと開ける。


 既に眼前の門は大きく開かれ、そこから注ぐ光は部屋全体を明るく照らしていた。


 元より部屋はぽっかりと空いた壊れた壁から差し込む太陽の光に照らされていたというのに、尚一層辺りが明るくなったように見えたのは決して思い違いではないと感じた。


「――そうか」


 静かに短く呟く声には聞き覚えがあった。


 出会ったこともないのにそう感じたのはその声がかつて空間すらも飛び越えて俺の元へと届いていたから。


「――貴様なのだな」


 眩いばかりの光を背後に纏う逆光の中、声の主はただ俺だけを見つめていた。



  *



「? 今のは?」


「お、王様の声だと思うけど……でも何で……」


 石畳の道を走りながら少女たちは顔を見合わせる。


 ぽっかりと大穴を開けた王城を目指し駆けていた間にこうして顔を突き合わせるのは実に何度目か。


 破壊された壁から大きな木のようなものが飛び出してきた時、どこか遠くで建物やら何やらが崩れる音とけたたましい雷鳴が響いた時にも一体何事か、と二人して疑問を感じていたが結局よくわからずただ足を進めることしかできなかったのだ。


 それでもわかることは一つ、今何かとてもよくないことが起きているということ。


「お、王様が何度もお話されることなんて……」


 ちらり、と視線を王城に向けながら不思議そうな顔をするセイプル。


 先ほどまでは何度か空気を震わせた爆発などに目を回しそうな程怯えていたがそれに慣れたのか、或いは感覚が麻痺したためなのか突如として聞こえてきた声には比較的落ち着いているようだった。


「きっと、メルクがあそこにいるんだと思う」


 セイプルの視線を追うようにして破壊の爪痕の残る王城を見やるヘルマ。


 遠くから王城を見ていた彼女達には壁に張り付いていたメルクがその後どうなったのかまでははっきりと確認することはできず、ただその声が王城から聞こえたのでそちらに向かっているだけなのであった。


「行こ!」


 どこかでまた何かがぶつかり合ったのか、振動が空気と身体を震わせるとそれに背中を叩かれたかのような錯覚を覚え止めていた足を動かす。


 王城は少しずつ近くなっている。


 もしかしたら自分たちが行ってもできることなど何もないかもしれないが、それでもここでじっとしていることはできなかった。


「う、うん」


 駆け出すヘルマに併せセイプルも一歩踏み出そうとした、


 その時――


  ドッ――――――!!!


 轟音――何かが壊れる破壊音。


 巨大な振動はどこか遠くからではなく、直ぐ自分たちの背後から聞こえたものだった。


「おやおやおや、どこに行こうというのですかお二方! いけませんよ、勝手にうろうろ出歩いては!」


 高らかに宣言をするかのような言葉は忘れることもできない男の声。


「っ!?」


 その声と轟音に振り返り言葉を失った。


 声の男はやはりファウマスであった。


 気を失ったまま道に寝かせていた彼が目を覚ましてくれたのは一応安心をしたのだが、ただその男は――一人ではなかった。


「えーー!!」


 大声と共に顔を上へと向ける。


 先ほど空気を震わせたのは()()が立ち並んでいた建物を破壊したことによるものか。


 巨大な翼、巨大な牙、巨大な爪。


 全身を鱗に覆われた巨躯の生物の上に立ち、ファウマスが二人を見下ろしていた。


「いけませんね、まったく。これは私自らがしっかりと躾て差し上げることが義務というものでしょう!」


 こちらを見つめながら笑顔を浮かべる男の姿に、ヘルマとセイプルはごくり、と息を飲んでしまった。

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