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鎧と稲妻

「どうした、これで終わりではあるまい? 『戦雷(せんらい)』」


 ゆっくりとその見た目通りの重量を感じさせる足取りで鉄塊が一つ近づいてくる。


 建物をなぎ倒し、切り開かれた道をそれが一歩踏み鳴らすたびに心臓が早鐘を打つのを感じる。


「――ッ」


 地に沈み込むような足音にまるで己が踏みつぶされているかのような錯覚を覚える。


 その威圧に小さく息を飲むが眼前の鉄塊はそんなことなど気にも留めていないかのように歩みを止めることはない。


 実際、彼のものの目にはそこに呆然と立ち尽くすアルーナの姿など見えてはいないのだろう。


「『鎧皇(がいこう)』――」


 思わずその名を口にしていた。


 名は体を表すというべきか、その外見故にその名をつけられたという方が正しいのか、およそ人間らしい温かみというものを感じさせることのない冷たく鋭い鉄を身に纏ったその人物のことはアルーナもよく知っていた。


 否、正確に言えば彼の人物のことなど知りはしない。


 ただ恐らくこの国において、その名とその武勲を知らぬものはおらず、アルーナもその例に漏れていないというだけのこと。


 国王直属隊兵士局防衛室室長『鎧皇(がいこう)』レヴルス・ダルダングルス。


 曰く――鉄の戦士。


 曰く――王の拳。


 人の口に戸を立てることはできず、噂話というものはありとあらゆるところから漏れて広がる。


 その過程においてあらぬ尾ひれがつくというものが噂話の常、というものである。


 しかし、真に触れるべきでないと判断される話題に関してそれは決して脚色されることなく広がるという特性がある。


 決して交友関係の広いほうではないアルーナであるがそれでもいつの間にかこの人物の話は聞いたことがあった。


 そしてそれは実に単純な話。


 この王国において()()()()()()()である、という話を。


「――」


 アルーナの言葉にあえて答えていないのか、その鉄の向こう側に包まれた表情をうかがい知ることはできない。


 何故彼の人物がここいるのか、先ほど何をしたのか、自分の傍らの扉を粉々に打ち砕いたのは彼なのかなど、考えてしまうことは山ほどあったがそれらを脳内でまとめることが出来ない。


 そして気にかかっていることはもう一つ。


 それは先ほど口にしていた名前のことであり――


「はぁー」


 少しずつ距離を詰めてくる鉄の塊にまるで断頭台の刃が近づいてくるかの如き緊張を覚え身体を硬直させながら思考を巡らせようとしていると、それを吹き飛ばすかのように大きなため息が辺りに響いた。


 無論、それはアルーナのものではない。


「うるせぇよ、一発入れた程度ではしゃぐなや」


 ブンッ、と突風が吹く。


 何かしたのか、あるいはそれはただの威圧なのか、打ち壊された扉の奥からガラガラと瓦礫や何やらを踏みしめながら影が一つ現れた。


「それよりあんたの方こそ息があがってんじゃねえのか?」


 扉を開けようとしたところ轟音と共に飛んできた何かがそれを吹きとばし破壊した。


 そしてその部屋から現れた人物。


 およそ尋常とは思えぬ出来事であるがこの破壊はその人物が扉に激突したためなのだろうと推測をしてしまう。


 しかしぽりぽりとまるで寝起きのような調子で頭を掻くその姿は衣服こそ僅かに汚れがついているもののおよそ外傷らしきものはなく、彼もまた通常の領域にいるものではないことがわかる。


「――そうか、まだ足りぬか」


「はっ! ちっともなぁ!!」


 彼もまた壊れた扉の横に立ち尽くすアルーナの姿など目には入っていないのだろう。


 ドンッ、と男が近づく鉄塊を威嚇するかのように一歩強く踏みしめるとバチバチと空地が炸裂する音が鳴る。


 けたたましく、猛々しい音は鉄の重量とは対照的に空気を奔る獣の遠吠え。


 その名に相応しき荒雷(あらいかづち)――


「あん?」


 息を飲む気配を感じたのか、そこで男の目がちらり、とアルーナを捉える。


 軽口を叩いていたように思えていたがこちらを向いたその瞳がやはり野生の獣を思わせるような鋭さを持っていた。


 つい先刻、その目に射抜かれたことを思い出す。


「『戦雷(せんらい)』これは一体――?」


「ちっ、何でこうもぞろぞろと」


 その名を呼び問いかけるも男はそれに答えることなく忌々し気に短く吐き捨てる。


「ぬ? 貴様は」


 自信が相対するものが何者かと言葉を交わしている姿を見て、ようやくその存在に気が付いたのか、『鎧皇(がいこう)』レヴルスの目がアルーナを捉えた。


「――ッ」


「オルディンの部下か」


 突然名指しを受け言葉に詰まっていると問いかけたレヴルス自身が結論に達した。


「ここで何をしている? よもや貴様――」


 鎧の向こう側、外からは見えないがその瞳が確かに己を捉えていることは感覚で理解できた。


 偽ろうものならばその拳がどちらに向くか想像に難くない。


 しかし真実を告げたとて結果は同じ事。


 向けられた時点で結末の見えた問いに、しかしアルーナが答えを探る前に、


「『(とどろ)け』!」


 弾けるような音がそれを遮った。


 ドッ!!!


 空気が弾ける音は男の声とその足が地面を蹴った際のもの。


 傍らに立つアルーナの髪が大きく揺れる程の突風が吹く程の勢いを伴って男がその足に眩い稲妻を纏わせ、弾丸じみた速度で鉄塊に激突する。


「ぬぅ!!」


「よそ見してんじゃねぇよ!」


 ただの魔獣や人間であれば浴びただけでその肉体を消し炭にしてしまうような雷光の蹴りをしかし鉄塊はしっかりと受け止める。


「――っ」


 稲妻を纏う男の名もアルーナはしっかりと記憶していた。


戦雷(せんらい)』トール・ミーナルハン。


 国王直属隊兵士局規律室室長。


 紛れもなくこの国の中枢の一人である人物であり、そしてそれの蹴りを受け止めるのもまた、同じ位置に立つもの。


 即ちこれは王国の人間同士による文字通りの衝突。


 それが稽古や訓練といったものでないことは明白であり、目の前で巻き起こる命のやり取りにただアルーナは言葉もなく立ち尽くすことしかできない。

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