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フレヤ・シンドラスト-Side:M-

「さっきの声はあんたってことでいいわけぇ?」


 実に気軽な口調でそう投げられた問いに俺は言葉を返せない。


 目の前にいる女がまず間違いなく王国の人間であり、そんな人間に見つかってしまった恐怖――ではない。


 言葉を失ったのは驚愕から。


「――」


 足の裏が硬く、そして心細い足場の感触を確かめる。


 遥か下から見下ろすことも躊躇ってしまうようなここまで心を鎮めながら登ってきたことを振り返る。


 今自分はこの城の外壁に取り付けられた出っ張りを急場の足場にし、衝撃に耐えながら命からがら張り付くようにしているのだ、ということを思い出す。


 地上から遥かに離れたこの場所に俺が立っていられるのはそうした色々な偶然や努力が積み重なった結果であり――


 そんな俺の視線を合わせる高さに立ち、こちらに問いかけてくる女の存在に驚きを隠すことは不可能だった。


「……ちょっとぉ、黙んないでほしいんだけど。そういうのは捕まってからにしてよねぇ」


 俺の沈黙はその目にどう映ったのか、女は面倒くさそうに頭を掻きながら小さくため息をつく。


 どっちでもいいけど、とでも言いたげな口調と瞳には義務感ややる気といったものは感じられず、所々が跳ねた短く癖のある髪などもその風貌は同じ王国の人間でも実にきっちりとしていたアルーナとは対照的なように感じられた。


 しかし、面倒くさそうではありながらもその瞳は微塵も侵入者(おれ)を捉えて離すことはなく、目の前のこの人物が決して油断をしてはいけない相手であるということはそれだけでも感じられた。


「まったく」


 やれやれ、とでも言いたげな口調で、女は更に一歩その足を虚空へと踏み出す。


 カンッ、と硬い何かを叩く甲高い音が驚愕に囚われていた俺の意識を目の前の現実に引き戻す。


「まっ――」


 待ってくれ、と言いかけてしかし何の意味があるのだろうかとふと冷静になって考えてしまう。


 今この状況はどう見ても不審そのものであり、仮に俺がこの国の兵士の一人であったとしてもこんなところにいることを咎められないわけがない。


 見つかってしまった以上もはや何か言葉を交わすことに意味はない、と先ほどまで混乱していた頭でありながらその事実には直ぐに辿り着くことが出来た。


 しかし――


「……待ってくれ」


「はぁ?」


 それでも今ここで捕らえられるわけにはいかない。


 自分自身の為、ということももちろん理由の一つであるがそれよりも今なおその行方がわからない少女のことを考えた時――ここで捕らえられるわけにはいかなかった。


 侵入者として追われている俺たちであるが、その原因は俺にある。


 それが今更釈明できるものであるのかはわからないが、あの少女までもが同じ罪を背負わされる必要はどこにもなく、せめてその身の安全を確かめるまではここでこの身を引き渡すことはできないのだ。


「すまんが俺の話を――」


 聞いてくれ、と言おうとした言葉が何の意味もないことはよくわかっていた。


 別に時間を稼いだところで状況が好転するわけもないのだが、それでも話だけでも聞いてもらおうとしていたのだが、そんな俺の言葉と思惑は鈍い音に打ち消された。


「――ッ」


 耳元で響いた音と衝撃にちらり、と視線だけを横に動かす。


 顔を動かすことはしない――否、できない。


 なぜならば顔面の直ぐ真横に突き刺さった()()が俺の顔を動きを阻害していたのだから。


 硬い城の城壁をまるで衣服の繊維でも刺すようにやすやすと貫いているそれがもし顔に命中していたらどうなるかなどは想像するまでもなく、そしてそれがわざと外されたということも本能で理解できた。


「話はさぁ、あとでしてくれない?」


 投げつけられた言葉も聞かず、視線は突き刺さったそれをゆっくりと辿る。


 人の腕程の太さもあろうかという杭のようなものはまっすぐ目の前の女の――その足元から伸びていた。


「――木?」


 この状況になって今まで前にしか向けていなかった視線を下にすることができ、ようやく気が付く。


 俺の顔の横に突き刺さったそれの出所である女の足元には太い木の幹のようなものがあり、そこから枝が伸びるようにしてこの杭は射出されており、そして女もまたその太い幹を足場として今空中に立っていたのだった。


「ほんとは質問に答えてほしかったんだけどぉ、さっきの言い訳はとりあえず認めた、ってことでいいのよねぇ?」


 うっすらとその顔に笑みを浮かべながらそう問いかけてくる言葉もしかしうまく耳に入らない。


 突然の攻撃に困惑していることもあったが、それよりも視線を動かすことに気が回っていた。


 この高度から真下を見てその距離を測る勇気はなかったが、引かれた線をなぞることはできた。


 女が足場としている木は当然そこらに生えているものとは異なり人間が立つにも十分な程の厚みを持った大樹。


 しかし異様な樹木であったが空中に突然出現しているわけではなく自然の木と同じように幹は確かに存在していた。


 俺の視線の斜め下方向、その根元はぐわん、と大きく曲がりながらずっと下――先ほど衝撃と共空いた壁の大穴の方にあるように見えた。


「――すごいなこれ、あんたの魔法なんだよな?」


 空中に立っていたと思って驚いていたのだがわかってしまえばなんてことはない、穴から伸びた大木を足場にここまで登ってきたということだ。


 もちろん、それだって俺にしてみれば想像外の力であり今の言葉も本心からのものであった。


「何? 褒めたって裁くのは私じゃないからね」


「そうなのか? いやまぁ、でもすごいのはすごいって思うよ」


 ひょっとすると俺の言葉は言い訳じみたものにも聞こえたかもしれないが女はその表情に笑みをたたえたままである。


「なぁ良ければ名前だけでも教えてくれないか?」


 その表情に俺は少し安堵する。


 そういう顔をしてくれるのであれば罪悪感らしきものもなくなる。


「えぇ? ははっ、何よぉちょっとカッコいいじゃない。何かデキる奴らって感じでぇ」


 俺の提案が気に入ったのか女は機嫌良さ気に笑っている。


「保安局保全管理室室長フレヤ・シンドラスト、以後お見知りおきをぉ――ってこんな感じでいいんだっけぇ?」


 こうしたやり取りが楽しいのか、退屈そうな顔から一転、あはっ、と笑いながら名を教えてくれたフレヤ。


「俺はメルク、メルク・ウインド。それじゃあ、ありがとうフレヤ!」


 名乗られたので名乗り返す。


 そして告げた感謝の言葉も本心からのもの。


 彼女のお陰で文字通り()()()()()()()()のだから――!!


「ッ!? ちょ!!」


 笑顔を浮かべていたフレヤがその目を驚愕に見開いていたのが見えたがそれも一瞬。


 瞬く間にその姿は俺の頭上へと消えていく。


 正確に言えば、俺が下へと飛び降りたのだが。


「――ッ!!」


 小さく息を飲みながら、先ほどまで足場にしていたか細い装飾から身を投げ出す。


 絶体絶命、一か八かの緊急回避――ではない。


 空中に身を晒した浮遊感は僅かに一瞬。


 次の瞬間には俺の身体は堅く、太い足場に全身で着地していた。


 「その名前は覚えておく!」


 それもまた感謝の気持ち故にあったが或いは捨て台詞に聞こえてしまったかもしれないな、とそんなことを思いつつ俺は抱き着くように着地した大樹の上に素早く立ち上がると落下の勢いそのままにその道を下へと駆け出した。

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