揺れる-Side:M-
「うおぉっ!?」
突如として身体を揺らした衝撃に慌てて手をかけていた石の出っ張りを強く掴む。
今やそこらの建物の屋根よりも高い位置にいるわけであり、そこから落下でもしたことなど想像もしたくない。
「な、なんだぁ!?」
地鳴りのように身体が揺れたのはしかし風や何かではない。
今己が足場としているこの城そのものが大きく揺れたのだということを肌で感じた。
しかし一体それが何に由来するものであるかはさっぱりわからず、今の一度だけなのか、第二波があるのかもわからない。
できることと言えば全身の力を込めて外壁にへばり着くことだけ。
もし再び先ほどのような揺れが起きれば今度こそ足を踏み外してしまうかもしれない。
何しろ今立っているのは本来そうするために作られたわけでもないただの飾りか何かでしかないのだから、と体勢を整えるため足場を確かめようと視線を僅かに下に向けた瞬間、
――――――ッ!!!
それよりも速く二度目の衝撃が城と俺の身体を揺らした。
「!?」
ドンッ、とまるでこの建物全体を掴んで揺さぶるような衝撃は一度目とは異なり今度は明確な破壊を伴っていた。
足元を見ようと下に向けた視線の先。
斜め下に位置するその部分が砂煙を伴って内側から爆ぜたのを俺の目は捉えた。
見下ろす形となり角度の都合はっきりと見ることはできないが砂煙に紛れてキラキラと小さな何かが光っているがあれは割れた窓の欠片ではないか、とぼんやりと推測する。
ここまで昇ってくる最中は上ばかり見ていたので周囲に何があるかまでは気に留めている余裕はなかったが、あそこは何かの部屋があった場所なのだろう。
その内側で何が起きたのか、などということは外にいた俺にはさっぱりであるが、今もなお立ち上る砂煙と先ほどの衝撃はそこにあったであろう窓諸共城の壁が破壊されたことを意味しており、ちょっと室内で誰かが転んだ、などというものではないことだけは明白であった。
「――?」
眼下で起きた出来事は一瞬のことすぎて驚きの声を上げる間もなく、ただ己の体勢を維持することだけで精いっぱいであった。
そんな俺であったが、砂煙に紛れるようにして影が飛んでいくのを見た気がした。
まるで石を放り投げたような速度でそのまま遠くの建物に落下していったそれが何であるのかはわからなかったが微かに見えたものは鈍く日の光を反射する鉄の塊とそれにしがみつく人間であったように見えた。
「っ……」
二度の大きな揺れと眼下で起きた破壊は時間にしては瞬く間のことであり、ようやく俺が出来た反応と言えば小さく息を飲むことだけであった。
一体何が起きているのか、それを考えるには情報も冷静さも足りていない。
ただ、まだ自分が生きていることだけは確かでありそれに安堵するように呼吸をすることしかできることはなかった。
そんな俺に、
「『Grow,Grow,More Grow』」
囁くような、歌うような声が届く。
そして何かを叩く音。
まるで硬い床を靴を鳴らして歩くように聞こえたそれは何だろうと意識を向けようとしたところ、
「あー発見発見。んでぇ? さっきの声はあんたってことでいいわけ?」
女が一人、外壁にへばりつく俺と同じ視線の高さに立ちながら、気軽な挨拶でもするかのようにそう声をかけてきた。
*
破壊の影響は部屋の中にも及んでいた。
先ほどよりも部屋全体が明るくなったように感じるのはその壁の一面がものの見事に破壊されなくなっているためだろう。
壁に穿たれた大穴は日の光と共に風も呼び込み、今まさに壊れたそのからは砂埃が部屋に流れ込んでくる。
「……」
そんな破壊も、部屋を汚す埃も残った三人は意に介さない。
そのうちの一人は元より感情を表にすることもない人形の如き人物ではあったが、それを除く二人はただ黙して席に着いたままであった。
「やれやれ、トール君にも困ったものだね。レヴルス君であれば生きてはいるだろうけど、あのままお互いに大人しくしてくれるとは思えない」
「ふむ」
円卓に着いたままその視線を壁に残された破壊の跡とそこから吹き飛んでいった二人に向ける若者の言葉に老人は聞いているのかいないのか短く答える。
「とりあえずフレヤ君に行ってもらっているからあちらは問題ないだろうけれど、本来ならばこういうことは僕たち全員で処理すべきとは思わないかい?」
老人の反応は別にどうでもいいのか、若者はその意識を壁の向こう側、その外壁にいるであろう人物に向けながらそう続ける。
穏やかな口調も実に模範的な言葉もいつもの通りであるが、しかしその声の奥底にこの若者が普段は決して見せることのない感情があるように老人は感じていた。
怒りなのかあるいは困惑なのかはわからないがとにかくそういった負の感情が込められており、そしてそれは意図的に隠されていないのだということもわかっていた。
「そうだな」
しかしだからと言って自分がその機嫌を取るような必要はない、と老人は考えていた。
何故ならその原因が自分にあるということを老人自身がよくわかっていたからだ。
「……この騒動は君が企て、とは考えたくはないけれど」
その言葉をどう受け取ったのか、若者はあくまでも視線は前方に向けたまま横にいる老人に語り掛ける。
「僕には君を裁く権利と力がある、それはわかっているかな、オルディン殿」
まさに罪人を裁くかの如き言葉を受けて尚、老人はその態度を崩すことはなく、
「わかっていないと何かが変わるのかアルフェム」
そうきっぱりと言い切った。
「そうかい」
そしてその言葉に己の推測の的中を感じながら若者の心にはさざ波程の揺れも立ってはいなかった。
*
「っ!?」
己の名を呼ぶ声が辺りに響いたのと、それが一体誰のものであるのか理解したのと、その声の方法に目をやったのはほぼ同時であった。
そして次の瞬間にはその声の主がいるであろうそこが衝撃と共に砂煙を吹いて破壊された光景が目に飛び込んだ。
「お、お城がっ!?」
身体に揺らした衝撃よりも心に走った衝撃の方が大きかったのか、傍らの少女がその顔を一瞬で真っ青にする。
「――ッ! メルクっ!!」
その種類も理由も異なっていたがもう一人の少女もまた背中に冷たいものを感じ、反射的に地面を蹴って駆け出していた。
「ヘ、ヘルマちゃん!? まっ待って」
突然駆け出した少女の行く先がどこであるのかは直ぐにわかり、その背中に呼びかけるがしかし呼び止めることはできず、慌ててその後を追う。
こうして、
誰も彼もが一体何が起こっているのか理解する暇もなく、しかし事態は確かに大きく揺れ動いていった。




