これは決して閑話ではない-Side:M-
人形のように意志も何もないと思っていた女から向けられた射貫くような声と瞳が何を語らせようとしているのかは無論オルディンにも十分にわかってはいた。
しかしそれを受けても尚、老人は飄々とした態度を崩すことはない。
「語ることか……」
問いかけに明瞭な回答を示さなかったオルディンであったがそれは決して相手を軽んじているわけでもなければ彼自身に何か後ろめたいものがあったからでもない。
ただ答えてやる義理もない、と考えていたからだ。
「そうですか」
その言葉に女は短くそう反応を示す。
疑っているのか、言葉通りにそれを信じているのか声や表情からははっきりとは読み取れない。
しかし、そう言っておきながらいつまでも立ち去ることなく、オルディンを見続けていることが何よりの意思の表れであるということは明白だった。
「オルディン殿、一体どういうことかな?」
この女がこうした態度をとることはここにいる他の4人にとっても幾らかの驚きであることは事実であり、今のやり取りからその原因がオルディンにあると悟りアルフェムは問いかけた。
「さて、どういうこと、とはどういうことだ? 賊は見つけ次第捕らえる、それでいいのではないか?」
片方の眉を上げながらその問いに答えるオルディン。
己が問いただしている最中にアルフェムに割り込まれた形となる人形の女であったが、そのことで表情を崩すことはなく、ただオルディンとアルフェムのやり取りを見守っているだけだ。
「もちろんそれは僕たちの基本方針だ。では聞き方を変えよう。彼女は何故ここに残っていると思う?」
親子ほども歳の離れているオルディンに対して物怖じすることもなく、かといってへりくだることもなく、柔和な表情を浮かべながらアルフェムは角度を変えもう一度問いかけてきた。
それは柔らかな声色と優し気な問いであったが、しかしその奥底にあるものは決して甘い何かではないことはわかる。
例え相手がどれほど巧みにはぐらかそうと偽ろうと己の中に疑問がある限り、それが例えどれほど小さなものであろうとも許容することはない、アルフェムという男がそういう男であることはオルディン自身よく知っていた。
「ふむ、儂に用があると見えるが賊に関することなら昨晩見失ったと既に報告したはずだがな」
故に偽ることはしない。
その一方で全てを語ることはせず情報の一部は秘匿する。
「そのあとのことは『戦雷』殿がよくご存知ではないかな」
そして付け足すように髭を撫でながら視線と共に話題を別の場所へと移す。
「……」
名指しを受けた青年『戦雷』ことトールはしかし不機嫌そうに頭の後ろで腕を組みながら目を閉じ老人の言葉には沈黙を貫く。
だがその態度はそれ自体がある種の肯定の表れであることは明らかだ。
自身が全てを伝えていないように、トールもまた全てを伝えてはいない、というオルディンの推察は当たっていた。
「何のつもりだ貴様ら」
何やら匂わせるような話ばかりをしていることが気に食わないのだろう、鉄にその身を包んだレヴルスがじっ、とその二人を見つめながら問う。
今この場において最も姿を隠しているのはある意味では彼であるというのにこの中で誰よりもこうした嘘偽り、秘密というものを許しはしないのがこのレヴルスという人物である。
その何とも矛盾した在り方にはオルディンとしても一言二言いってやりたいことはあったが今にも円卓を破壊しかねない程の圧を放っているその姿に今はやめておくことにした。
(ふむ……あまり逆撫でるのも逆効果か?)
その圧を受けて尚、トールは口を開く気配もない。
オルディン自身彼が何を知っているのかまではわからず、何故口を噤んでいるのかまでは図れない。
彼なりの思いがあるのか、或いはただの意地か。
そういう意味で言えばオルディンが真実を語らないのは彼自身の利の為であり他の何かを思ってのことではない。
口を噤んでいるのは罪を咎められるのを恐れているわけでもなく、ただまだ早すぎると思っていただけのことなのだが、しかしこのままではこの場で荒事に巻き込まれかねない。
それはオルディンとて望んでいることではなく、ならばもう頃合いか、と思考は結論に達した。
「――」
見れば人形の女は未だ静かにオルディンに視線を向けていた。
問いただすわけでもなく、説得するわけでもなく、罵倒するわけでもなくただそこにいただけであったが結果的にはそうしているだけで彼女は真実を聞き出すことに成功したのだからそれはそれで成果ともいえるのかもしれない、とその意志のない瞳を見ながらふとそんなことを思った。
「……皆は侵入者がどういう人間であると考える?」
別に芝居がかったことをする趣味はないが自然と口はそう問いかけていた。
「どうって、見たことないしぃ」
「僕も判断材料が少なすぎるというのが正直なところだ。ただ、『大権』に干渉したということは気にかかる。一体どういった能力であればそれが可能なのか、それを調べる必要があるかもしれないね」
ぼんやりとしたオルディンの問いに退屈そうに答えるフレヤと自分なりの考察を述べるアルフェム。
レヴルスとトールはそんなことはどうでもいいとその問いには沈黙で答えた。
「ふむ、確かにその目的は不明のまま。だがな――」
ふとオルディンはあの男のことを思い出す。
珍妙な力を持ち、しかしこうして国の中枢である我々を動かしている侵入者。
その姿を見た自分ならいざ知らず、他のものの頭の中にはさぞ謎めいた人物の姿が浮かんでいるのかもしれない。
だがしかし――
否――故にこそ、誰もがその可能性を考慮していない。
「だが、奴の目的が必ずしも大それたものである、そう決めつけているのはいささか思い込みが激しすぎるのかもしれんな」
全ては全くの偶然であるということ。
そんなことが目的ではなかった、という可能性については誰も考えてはいないのだ。
「おーい!! ヘルマぁ!!」
突如、声が響いた。
「!?」
それにオルディンを除く四人の室長たちは流石という速度で反応し、声が聞こえてきた方向に目を向ける。
それは――上だった。
「ふむ」
そして他の四人の遅れてオルディンもまたゆっくりとその視線を持ち上げる。
室内からは見えないがきっとどこかの壁にでも張り付いて叫んでいるのであろう、あの男のことを。
「まぁ、ある意味では大それた奴かもしれんがな」
その声の主がどこにいるのかを把握した四人が各々動きを見せる中、静かに呟いたオルディンの言葉は直ぐにかき消された。
ただ、人形の如き女が一人、変わらずその視線をオルディンへと向けていた。




