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感謝と微笑み-Side:H-

「うーん」


「あぅぅ」


 二人で顔を見合わせる少女たち。


 どうしたものかという表情の一人に対してもう一方は目を回しそうな程明らかに困惑をしている。


 いずれにしても困り顔をしている二人の視線は眼下に向けられている。


 硬い石畳の地面に仰向けに倒れた一人の男へと。


「ど、どうしよう……」


 うぅ、と唸るような声を上げてセイプル・グニムは所在なさげに指を口元にあてたりと忙しない様子である。


「だ、大丈夫だよ、ちゃんと息してるし……うん」


 そんな少女を落ち着かせるようにヘルマ・メイギスはうんうんと大げさに頷きながらそう声をかける。


 静かに胸を上下させながらファウマス・アン・ガジュールは仰向けに空を見上げたままその意識を失っていた。


「きっと直ぐ起きてくるって……」


 多分、と最後に付け足したかったがそれは尚更セイプルを不安にさせるだろうと感じ飲み込んだ。


 セイプルを捕らえようとしていたのかはわからないがその手を伸ばしたファウマスにヘルマはつい反射的に足を動かしてしまっていた。


 そこまで狙っていたわけではないのだが結果的にそれは頭突き攻撃に連鎖し体勢を崩したファウマスとヘルマの頭部は衝突を起こし、そのままファウマスの意識を遠くへと吹き飛ばしてしまった。


 意識を失い緩やかに倒れてきたその身体をこうして何とか地面に寝転がしてみたところでさてどうしたものかと困ってしまった。


 一応呼吸はしており、その他に外傷もないようなので命に別状はないと思っているのだがセイプルは目を回して倒れてしまいような程あわあわと慌てている。


「……どうして来てくれたの?」


 それを落ち着かせたかったから、という理由もあるがそうでなくとも聞いておきたい疑問であったのは事実だ。


「えっ! あ、ご、ごめんなさい……」


 と、尋ねたヘルマにぴくりと身体を震わせながらセイプルは素早く頭を下げてきた。


「いや……」


 中々に頭が冷静でないことは明らかだったが落ち着けと言っても落ち着けないからこうなのだろうとヘルマはぺたりとその場に座り込んだ。


「まぁいいや、でもさっきは本当に助かったよ」


 ちらり、と意識を失ったファウマスに目をやりつつそう言ってみせる。


「べ、別にそんな僕は何も……」


 ヘルマとしては何となく浮足立っていたような気がしたので座ったのだが、セイプルもそれに釣られるようにヘルマのすぐ隣に膝を抱えてしゃがみ込んだ。


 未だ気を失っている男を目の前に地面に腰かけ話をしている二人の少女。


 穏やかなようでもあり、異様な光景でもあったがしかしそれを見咎めるものは他には誰もいなかった。


「で、何で来てくれたの?」


「うっ」


「う?」


「……ちゃ、ちゃんとヘルマちゃん行けてるかなって、その、気になったから」


 気まずそうに視線を逸らしながらもそう言ったセイプル。


 話や性格にはまるで自信がなさそうでありながら随分と律義なところや人のことをいきなり“ちゃん”付けで呼んでくるところなど、どこかズレたような、変わっているようなところがヘルマには少し面白かった。


 もちろん、“ヘルマちゃん”と呼ばれることは嫌な気持ちはしなかった。


 というよりもそんな風に自分を呼んでくれたのは思えば両親だけであり、その響きには何か胸に込み上げてくるものも感じてしまった。


 しかし、否、だからこそ――


「……ごめんね」


 この少女には謝らなければいけない。


「私、ここの人じゃないんだ。えっと、さっきこの人が言ってたのは本当で、昨日の夜の侵入者ってのは私のことなんだ」


 まっすぐに視線を交わしながらはっきりとそう言った。


 それは事実を隠している罪悪感から――ではなく、己の思いに従ってここにやってきて、そして一度は自分を庇うようなことを言ってくれたセイプルという人物にそれだけは自分の口で伝えなければならないと思っただけだ。


「……」


 ヘルマの言葉と視線をセイプルは受け止めている。


 いつもの調子なら『うぅ』だの『あぅ』だの唸って目線を逸らしそうなものなのにどうしてかこういう時にはしっかりと物事を受け止める姿を見せてくるのもこの少女の変わった部分なように感じられた。


「うん」


 実のところ言いたいことだけを伝えてそれ以上の言葉を失っていたのはヘルマの方だったのだがその沈黙をセイプルは静かな頷きで破った。


「でも……ヘルマちゃんは悪い人じゃないって思うから……僕は、うん」


 ヘルマの目を見つめ返しながらセイプルはもう一度頷いた。


 その言葉もその目も本当にまっすぐなものであり、何となくこれがこの少女の本当の姿なのだろうとふと一人そんな納得をしてしまう。


「……わ、悪い人じゃないよね?」


 ――と、いつまでも見つめたまま何も言い返してこないヘルマに再び不安が勝ってきたのか一転先ほどまでのような困り顔でセイプルが尋ねてきた。


「ぷっ」


 ころころと表情の変わる百面相は小さな子供のようであり、ついおかしくて吹き出してしまう。


「うーん、多分私はそんなに悪い人じゃないと思うんだけど」


 先ほどまでの真摯な態度はどこへやら、小さく口角を上げながらついこの純朴な少女をからかってしまいたくなる気持ちが湧いてきてしまう。


「け、けど……?」


 そんなヘルマの言葉が本気か冗談かわからず、セイプルは実に不安げな表情で続きを促してくる。


「私の仲間はちょっと悪い人かもしれなくてー」


「えぇ……」


 あはっ、と笑いながらそう言ってくるヘルマにセイプルはいよいよ目を回しそうな表情で困惑を示す。


「冗談だって! でも本当にはぐれちゃったから会いに行かなきゃいけないの。ねぇ、連れてってくれる?」


 そんなセイプルの肩を軽く叩きながらヘルマは勢いよく立ち上がるとその手をセイプルへと伸ばす。


「え? あっ、う、うん」


 その勢いに押されるように差し出された手を掴むとぐいっと引き上げられセイプルも立ち上がる。


「ありがと、いろいろあったけどさ、セイプルに会えてよかったよ」


 これは本当、とその手を掴みながら少女が笑って見せるともう一人の少女も小さく口角を上げて応えた。


 それは少しぎこちないような不慣れな笑顔であったように見えたが、しかしそれが何となく似合っているような気がして思わずもう一度小さく吹き出してしまった。

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