セイプル・グニムの心と言葉
セイプル・グニムの性別は女である。
まだ幼い顔立ちに肩程までの長さの髪型などから外見では判別がしにくいが事実はそうである。
「僕」という一人称がその誤解に拍車をかけている側面もあるのだが、それは生まれ持っての口癖のようなものであり、別にセイプルには何かを隠そうという目的はない。
生まれてから家族の庇護のもとに育ち、ほんの少しの才能を買われ幼くして王国直属の部隊に所属することになってもセイプル自身には何か大きな変化があったわけではない。
いつも何に対しても不安が付きまとい、自信が持てないということも今に始まったことではないのだ。
「何しろ私は貴女の直属の上司なのですから」
にこり、と眼鏡の奥の眼を細めて笑うその人物のことも決して得意な人間ではなかった。
優しい口調と柔和な表情に対しても中々心が開けないでいるのは自分自身の性質のせいなのか、と自己嫌悪に陥ることもあるがしかしどうにもこの人物と仲良く話ができる姿、というものは自分でも想像ができない。
否、そういう意味で言えばセイプル・グニムという人間には得意な相手など在りはしない。
誰かと話をするということは非常に心にのしかかるものがあり億劫な行為であった。
しかし人間嫌いの厭世家として振舞える程に世界から孤立していられる程自分の芯といったものがあるわけでもなく、孤独ということに対しては年相応の嫌悪を感じる程の感性もまた持ち合わせているのだから質が悪い。
「あ、いえ……別に何も……」
顔色を窺うようにして反応を示す。
目の前の人物――ファウマスが良い人間かどうか、というのは色々と思う所もあるが、決して彼から何か酷い仕打ちを受けた過去がある、というわけではない。
むしろまだ幼い自分に対しても親身に接してくれるのはこの王城内でも数少なくそう言う意味では感謝しなければならない相手なのかもしれないが、そんな相手にも苦手意識を持ってしまっている、ということがまたセイプルを重たい気持ちにさせる要素の一つなのであった。
しかしそれでもファウマスを前にしたとき、胸の一番深いところから何か苦くて淀んだものが滲み出てくるような、そんな忌避感は拭い去ることが出来ないでいた。
「そうですか。いえいえ、悩みがないということは結構なことです。そんなものを無理やり捻りだす何て仕事をするために問題を探しているようなものですからね」
「は、はい……」
笑顔のまま何やらよくわからないことを一方的に喋られるのはいつものことなのでもう慣れていたのでとりあえずそう相槌だけを返すと、ただ、とファウマスは言葉を止めなかった。
「ただ、私の方は少し困っておりましてね」
その視線をちらり、と後ろに向ける。
ファウマスの身体で隠れてしまっていたがそこにいるものこそが今こうしてセイプルが外へと出てきた理由でもある人物。
「ヘルマ――と呼んでいましたね? お知り合いですか? セイプル・グニム」
すっ、と道を開けるようにファウマスが半歩ずれるとその少女と目が合う。
どこからともなく空から落ちてきた少女ヘルマ。
たまたま保護して、少し話をして、直ぐに別れた少女の旅路がどうしてか気にかかり、こうしてその後を追って来たのだが状況は全く自分の想像しているものとは異なっていた。
「あのっ……ヘ、ヘルマちゃん、あっ、ヘルマさんは……あの、魔法局庁に行くって……」
目を細めながらもファウマスの言葉には回答を求める威圧が感じられただ事実を告げる。
たどたどしい言葉にファウマスはじっと耳を傾けながら、ほう、と小さく頷くとその視線を今度はその少女へと向けた。
「なるほど、セイプルとお知り合いだったのではあれば私も自己紹介をさせていただきましょうか。私はファウマス。ファウマス・アン・ガジュール。僭越ながら保安局魔獣管理室室長を務めさせていただいているおります」
どうぞお見知りおきを、と恭しく頭を下げるファウマスをヘルマはじっと見つめていた。
実に丁寧な名乗り。
ヘルマがファウマスのことを知らない前提であるかのような口ぶりであることもさることながら、それを聞くヘルマの表情に明らかな警戒の色があるように感じセイプルは僅かに疑問を覚えた。
「で、早速で申し訳ないのですがセイプルさん。こちらのヘルマさんは王城への侵入者だということはご存じで?」
頭を上げ姿勢を正すとファウマスは再びセイプルに向き直りそう問いかけを投げた。
それが実にあっさりとした口調だったので、セイプルの思考はしばらくの間それを理解することに制止をしてしまった。
「…………え?」
そしてようやく出たのは言葉にもなっていない、小さな空気が漏れたような音だった。
「おやおや、まぁ生まれたての双子鹿のように無垢な貴女ですので知らないのも無理はないことでしょう。ですが、よく覚えておきなさいセイプル。この城壁内には貴女程幼い人物などいないのです。そして何より、意味もなく外を出歩く人物など尚のこといるはずもないのですから」
まっすぐにこちらを見つめながら向けられたその言葉。
人を虚仮にしているようにも聞こえるがそういう言い方自体は元からだとわかっているのであまり気にしてはいない。
ただ、一方的に投げつけられたその言葉に理解するために飲み込むよりも先に頭が力ずくで納得させられたような感覚を覚える。
侵入者があった、ということは人付き合いの薄いセイプルでも知っている程の周知の情報。
それと少女とを結びつけることはしなかったのはファウマスの言う通り無知ゆえとしか言いようがない。
しかしもしこれが事実であったのならば決して見逃してはいけない、ということぐらいはわかる。
――王国に、王に逆らってはいけない、ということは何も知らないセイプルでも判っていることなのだから。
「あ、あの……」
それ故にファウマスが対処していたのだな、と今更ながらに悟る。
「あのっ、し、室長……」
となればここはファウマスが処理すれば間違いはないだろう。
一時は賊をかくまっていた、とも捉えられかねないが、きっとファウマスなら理解をしてくれるはずだ。
「えっと……ヘ、ヘルマちゃんは……その」
なので、自分は大人しく静かに自分の部屋へと戻ればいいのだ。
「わ、悪い人じゃ、な、ないと思うので……ゆ、許してあげてください……」
それなのに、口は意に反してそんな言葉を紡いでいた。
否――自らの意が何であるかなんてことは今はまだセイプル自身にもわかっていないことなのであった。




