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怯え-Side:H-

「むむむ……」


 ちらり、と曲がり角から顔だけを出し様子を伺う。


 真っすぐに貫かれた通りには人影もなく静かなものだ。


 さっ、と素早く角から出ると背中を建物の外壁に貼り付けるような体勢を取る。


 通りには視界を遮るようなものはなく、こんなことをしていても見つかるときは直ぐに見つかるとわかってはいるのだが姿()()()()()()()という安心感が自分でも欲しく、ついそうしてしまった。


「……」


 静かに耳を澄ませる。


 自分を追ってくる足音は聞こえない。


 ()()()ということがあっさりと看破され反射的に逃げ出してしまったヘルマであったが、しかし結果的には正解だったとも思っている。


 逃げ出したヘルマを眼鏡の男は見逃すことなく追ってきた。


 走るでもなく、何やら色々と喋りながらゆっくりと、それでもヘルマを見失うこともなくどこまでも追ってきた。


 どこまでも――と言いながら実際には追われ始めてからはまだ数分も経ってはいないだろうが追われているヘルマにとっては参ってしまう程の時間にも感じられたのだが。


 一見穏やかにも見える表情を浮かべていた男がヘルマを捕らえどうするつもりなのかはわからない。


 しかし、侵入者として認識をしている相手を追っている以上、捕まえたら外まで送り届けてくれる、などということは流石に期待はできないだろう。


「……」


 静かに、足音をたてないように歩を進める。


「早くメルク達に会わないと……」


 ぽつり、とどこかにいる二人のことを思う。


 二人は無事なのだろうか、あのヴァンデルハミッシュという男はどうしたのだろうか、などと気になることが色々と出てくるがそれらは全て直接会えばわかること。


 今は少しでも早く合流しなければ――


「メルクさん、というのがお嬢さんのお友達ですか?」


 と、進めていた足が背後からかけられた声に射抜かれたように止まる。


「メルク、メルク……んんー聞き覚えはありませんね。いや、いやいや確か幼い頃に飼っていた星鳥(スターバード)にそんな名前を付けていたような。まさかあの鳥めが賊にでも一味になりましたか? 飼い主に歯向かうとはずいぶんと偉くなったものと褒めてやりたいですね」


 いやはや、とよくわからないことをぺらぺらと喋りながらわざとらしく靴音を立てながら近寄ってくる気配にゆっくりと振り返る。


「……」


「さて、追いかけっこはお終いですね。無邪気な子供は好きですが、賢い子供はもっと好きですよ私は」


 当然そこにいたのはあの男であった。


 丸い眼鏡の奥の瞳はわからず穏やかに細められ、言葉通り子供と戯れる優し気な人、という印象であるが、しかし一方で語られるその言葉の端々にはどこかうっすらと背筋が冷たくなるような、そんな薄気味悪さが感じられた。


「ちなみに貴女が侵入者である、というのは私の推測でしかありませんので悪しからず。何か異議申し立てがあれば審議官にお申し付けください。私は野蛮な兵士局の人間とは違い公正公平を貴びますので」


 にこり、と笑いながらその足とその手が近づいてくる。


 この男の言うことが本当かどうかはわからないが、捕らえるという目的には変わりはないようだった。


 逃げなければ、と思いつつも足が上手く動かない。


 逃げ続けたことで体力が失われたか。


 あるいは独りでいることで気力が削がれたか。


 自分自身何かをあっさりと諦めるという性格ではない、と思っていたのだが、この状況に抵抗する意思が少しずつ薄くなってくる。


「ヘ、ヘルマちゃん……?」


 ――それを、声が引き留める。


 名を呼ばれ意識が覚醒するように、はっ、と目が覚めたかのように反射的に一歩後退して男と距離を取る。


「おや?」


 そのヘルマの行動――ではなく、今の声に男が背後を振り返る。


「あっ」


 それを追うようにしてヘルマもその視線を男の背後に向ける。


 真っすぐに貫かれた通路。


 その奥に小さな影が一つ立っていた。


 つい今しがた別れたばかりのその姿と声は忘れていない。


 何より、今この場で自分の名前を呼ぶ人物など悩むほどもいない。


「セ、セイプル!?」


 飛来してきたヘルマを助け、地図を授け別れたはずのセイプルが一人、通路の向こう側からこちらを見ていた。


「あぅ……」


 その呼びかけに伏し目がちに声を漏らすセイプル。


 急に名を呼ばれたことに対する反応なのか、それとも何か他に理由があるのかわからないが、その姿は見慣れたもののような気がして何となく心に重く沈んでいたものがなくなっていく感覚を覚えた。


「おやおやおや」


 突如現れた乱入者に男は慌てた様子もなく、しかし僅かに驚いたように眉を上げた表情を見せた。


「あ、あの……僕、その……ヘルマちゃんがちゃんと……大丈夫かって……気になって」


 ぽつぽつと呟くように言いながらヘルマたちの方へと近づいてくるセイプル。


 その目が自分と――その前方に立つ男とを交互に見ていることにヘルマは気が付いた。


「おやおや、誰かと思えばセイプル・グニム女史ではありませんか。月光熊(ルナ・ベア)のように静かな貴女がこんなところにいるとは驚きましたよ。いやいや、ご自身の生活習慣を見直すのは良いことですからね」


 近づいてくるセイプルに対し男はやはり大仰に両手を広げながらそう言った。


「あぅ、こっこんにちは……あ、あの……僕……」


「はいこんにちは、セイプル・グニム。どうかしましたか? 何か問題でも発生したのならいつでも聞きますよ」


 ね、と穏やかな口調を変えない男にセイプルはちらちらと視線を向けたり外したりを繰り返す。


 不安げな様子――ようにも見えるが正直なところそれはいつもと変わりがないようにも見えその内心まではわからない。


 しかし、目の前の男はまるで神父か何かのように優しさと親しみを込めた口調で語る一方、やはりその言葉の中にはどこか有無を言わせぬ威圧のようなものがある、ということは後ろで聞いているヘルマにも感じられた。


「さ、何か悩みがあればこのファウマス・アン・ガジュールに相談なさい。何しろ私は貴女の直属の上司なのですから」


 そう言って男――ファウマスが一歩近づくとセイプルの小さな体がぴくっ、と跳ねる。


 その様子にまるで自分とセイプルの立場が入れ替わったかのような錯覚をヘルマは覚えた。


 そして同時に、セイプルはこの男に怯えているのだ、とふとそんな確信をした。

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